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エルフの旦那と変わった従業員  作者: さつき けい


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十四日目の昼・眷属参上


 昼近くの時間になり、客が訪れる。


「これはいったい……」


「あ、先輩」


玄関に誰も出なかったので裏へ回ったのだろう。


今日の昼食を約束していたハクローが、悲惨な場面を目撃していた。


「女性らしく参ったと言うでござるよ」


「ばっかじゃない!。あんたこそ主の妻に対して配慮がないの?」


ぜえはあと息を切らしながら剣を打ち合ってはいるものの、言葉だけを聞いているとまるで子供の痴話げんかである。




 ハートは、ハクローをギードの側まで連れてくると自分の椅子を勧めて座らせた。


「あれは誰だ」


ハクローは黒い獣人を指さしてハートに聞いた。


「さあ?」


ハートは今朝会ったばかりなのでわからないと、首を傾げる。


ハクローは、何故か黒い狼獣人から目が離せなかった。


「どっかで見たような……」


同じ狼の獣人ではあるが、一族にあんな漆黒の毛並みはいないはずだった。




「よおし、止め」


ギードの一言で睨み合っていた二人の動きが止まる。


同時に地面にごろりと倒れた。


精霊に体力というものはないはずだが、おそらく身体を構成している魔力を消耗したのだろう。


ギードは子狼獣人に魔力を少し渡す。


「かたじけない」


そして、タミリアには、


「お昼だよ」


とだけ声をかける。


「はあい」


すぐに立ち上がるのは疲れより食欲が勝るからである。


「その前に風呂だね。タミちゃん、温泉風呂に入っておいで」


「うん」


タミリアは素直に風呂の小屋へ入って行った。




「やあ、ハクローさん。いらっしゃい」


ギードは子狼獣人のザンを連れて借家のほうに戻って来た。


「ご招待いただき、ありがとうございます」「いえいえ」


おざなりな挨拶を交わし、家の中へ入る。


ギードの後ろに付き従うザンを、ハクローはじっと見ている。


「心配いりませんよ。自分の知り合いなので」


軽く両方に紹介した。


これ以上突っ込まれたくないギードは色々無視して昼食の用意を始めた。


そしてザンには長椅子を示して「あそこで休んでいなさい」と指示した。


ハートが部屋から椅子を持って来てザンを食卓につかせようとしたが、ギードが首を横に振った。




 ザンは精霊だが、精霊ではない。


魔力の塊であることは確かだが、その中に人族や獣人族の意志が入り込んでいる。


その証拠に、精霊なら形としては玉になるはずが、ザンはうようよとした粘液のような塊になっていた。


しかもギードが魔力を与えただけで獣人の姿にまで実体化している。


漆黒の毛並みはどうみてもギードと同じ闇属性だ。




「それよりハートさん、タミちゃんに着替えを持っていってあげて欲しいんだけど」


「はい」


ハートがばたばたと家の中を走り、裏口から出て行った。


「あの、ギード、さん。あの子は?」


一応子狼の手前、ハクローは丁寧に話しかけて来た。


長椅子で寝転がった狼獣人の子供はこちらからは見えない位置にいる。


「あー、お気になさらず」


ギードにはそれ以上教える気はないのだということがわかっただけだった。




 ハクローはもやもやとしながら、椅子に座っていた。


ハートが戻り、タミリアも着替えて部屋から出て来る頃には料理が並んでいた。


 食卓の中央にはパンケーキの山。


そして、ハムや薄切り肉に味を付けたものを別々の皿に並べ、葉野菜も大きめで置いてある。


タミリアの前には樹液のシロップや蜂蜜。


各自で自分の皿に自由に取ってもらう形式にした。


「果物もありますので、お好きにどうぞ」


ギードは隣に座るタミリアの皿に、パンケーキを乗せるなどして世話を焼く。


「ありがとう」


その熱々ぶりにハクローは戸惑い、ハートはまたかと頬を染めている。


「お前、いつもこんなところ見てるのか?」


こっそり隣のハクローから小声で聞かれ、ハートはこくりと首を縦に振る。




 ハクローがタミリアの食欲に驚いているうちに食卓の上の物がほとんどなくなる。


ハートが後片付けを手伝い、ギードはお茶を淹れて配った。


食卓の上に四人分のお茶のカップだけが残った。


「それで、わざわざ俺だけを呼んだのは何かあるんですよね」


ハクローは少し緊張しているらしかった。


ギードはいつものように胡散臭い笑顔を浮かべ、小さく何かを呟いた。


ぞわりと周りの空気が張り詰める。


「失礼。盗聴除けの防音結界を張らせてもらいました」


ここから本格的な話が始まる、とハートは姿勢を正す。




 前提として、この町に張られている『神の結界』のことをハクローが知っているかを確認した。


頷くハクローを見て、ギードは話を続ける。


「この結界の外へ出るための目途がつきまして」


ギードは食卓の上に両手を乗せて、手を組んでいた。


「それは、あとどれくらいですか」


「それはまだわからないけど」


ギードは声を落とした。


「こちらだけの問題ではないので」


二人の会話に、タミリアもハートも口を挟むことが出来ない。


「神殿の動きも関係あるということですか?」


「いいえ」


ハクローの言葉に、ギードの唇がおかしそうに歪む。


「何もしない、何も出来ない『女神』や代理に今さら何も期待してませんよ」


ハクローの気配がはっきりと剣呑なものになった。




 領主の一族であるハクローは、子供のころから神殿の手伝いをしており、『女神』や代理のエルフは絶対の存在だった。


「こっちが色々動いても全く口も出さないし、傍観しているだけですしね」


何か反応があればギードも話し合いくらいはするつもりだった。


「だから勝手にやらせてもらっているんですよ」


ギードは顔を窓に向けた。


「ほら、そろそろやって来ます」


「な、何が?」


森のように黒く盛り上がった雑木林の奥が揺れている。


「この結界の中にいる自分は何も出来ませんので、外へ連絡を取らせてもらいました」


ハクローの顔は驚きの表情になった。


「そんなこと出来るはずがない。領主でも『女神』様の許可がなければ外には出られないのだぞ」


声には少しばかりあざけりが混じる。


 長椅子に寝ていた子狼獣人の姿をしたザンが、がばっと身体を起こす。


ギードが黒い笑みを浮かべ、タミリアが警戒の顔で窓を見た。


皆の雰囲気が変わったことに、ハートはただおろおろしている。




 ぱりんっとギードの防音結界が壊れる音がした。


「ギード様、こんなところにられましたか」


白い騎士装備を身に着けたエルフの男性が、いつの間にかギードの後ろに立っていた。


「やあ、コン。久しぶり」


ギードが振り向くと、騎士は跪いた。


「ご無事で何よりでございます」


その様子を他の者たちは唖然とした顔で見ていた。




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