十四日目の早朝・発見
「じゃあ、一つがんばらせてもらいますかね」
ギードはタミリアに期待されているらしいことをこっそり知った。
(丸投げだけどな)
それでもギードのことを気にかけてもらえるだけでもうれしいことだ。
触手の調子は良い。はかなり結界の外側に近づいているはずである。
とりあえず、ギードとしては眷属たちと連絡が取りたい。
「絶対怒られるけどね」
生きているという事と、ここにいるという事を伝えたかった。
夜明け前の散歩に出る。
闇に紛れてはいるが、あの闇の精霊がついて来ているのが気配でわかった。
いつもの場所に腰を下ろすと、その精霊の塊がギードの足元に来た。
うようよと動き、何かを訴え始める。
「あー。昨夜、森へ行ってから聞くって言ったな」
純粋な精霊なら何となく意志の疎通は出来るのだが、この塊はギードが苦手としている人や獣人の意志が混ざっている。
「ほら、勝手に持ってけ」
ギードは手を差し出して、魔力を渡してやる。
せめて口だけでも動くようになれば話も通じるだろう。
今はギードの魔力は完全に回復している状態なので、多少なら大丈夫だろうと思った。
うれしそうにギードの手にからみついていた黒い塊が満足して離れる。
「さて、話は出来るかな?」
じっと見ていると、闇の精霊たちが周りからも集まって来た。
そしてそれは一つの形になっていく。
ギードの目の前で、まるで騎士が主君に対する礼のように片膝を付いた黒い影の姿になった。
「……獣人か」
はっきりとはしないがどうも狼の獣人のようだ。
(まずは我らに姿を与えていただいたことにお礼を申し上げる)
確実な声ではなく、何となくわかるという程度ではあるが、とにかく丁寧に話をしているのはわかる。
「まあ、それはいいよ。こっちが勝手にしたことだ」
もしかしたらすぐにまた霧散させられるかも知れないのに、下手に希望を持たせてしまったかも知れないと気にしていた。
(いいえ、我らはずっと形も持たぬまま漂い、子孫に何もしてやれず悔しい思いをしておりました)
顔を上げてギードを見る影には、しっかりと獣の金色の目が二つ光っていた。
(貴方様のお陰で、こうしてこの思いを吐露し、お手伝いをさせていただけることに喜びを感じておりまする)
黒い塊は、小さな子供くらいの大きさだった。
(我ら一同は、貴方様に忠誠をお誓いしたい)
「自分に主になれというのか」
ギードは、こんな精霊とは少しばかり違うモノに好かれるとは自分らしいなと自嘲の笑みを浮かべた。
しかし、主従契約というのはそれ相応の魔力が必要になる。
「悪いけど、今はまだ契約は出来ない。こっちの魔力量が足りなくてね」
(契約、というものが必要でござるか)
「まあ、そうだね。自分には眷属契約しているのが五体いるからねえ」
(おお、仲間がいるとは心強い)
「これ以上増やすとなると、どうしても先に契約してる眷属たちの魔力も借りないと」
近くにいれば魔力共有で借りられるが、今はそれが出来ない。
諦めてくれ、というつもりだった。
(お仲間にお会いすることが出来れば、主となっていただけるのござるな)
「いやいや、そうじゃなくて。魔力を借りれれば契約は可能だというだけで」
そう話したのだが、闇の精霊は、
(では早急にお仲間たちの力を借りれるよう、なお一層努力いたしまする)
という言葉を残し、闇の中へと消えた。
「……期待してるよ」
ギードは大きくため息を吐いた。
先ほど闇の精霊に魔力を渡したせいか、ギードはだるそうにただ座り込んでいた。
「くそ、あいつらどんだけ魔力持っていきやがったんだ」
あれは集合体だったことを忘れていた。
一体どれだけの数の精霊と、何年分の住民の想いがあったのか。
ギードはごっそりと奪われた魔力を回復するため、身体を休めていた。
「地中の魔力線だけでも確認しておくか」
ギードが足元の地中の気配を探っていると、闇の精霊たちの声が聞こえて来た。
(もうじきですぞ、主様)
「まだ主じゃないよ。それより、もう水脈に到達するのか?」
(水脈ではござらぬが、結界の壁の底が見えておりまする)
「おー、やったな」
ギードは自然に顔が緩んだ。
懐から小袋を取り出す。
中に入っているのは心配性の眷属からもらった防御用の魔道具だったが、すでに壊れている。
「もし結界の底を見つけたら、そのまま土の中を移動して結界の外へ出られるかやってみてくれ」
(承知いたした)
「そして、出来るなら抜けた場所にこの袋を置いて来て欲しい」
そう言って闇の中へ小袋を放り投げた。
(確かにお預かりいたしまする)
闇に吸い込まれるように消えた袋は、どうやら無事に届いたようだ。
確認は出来ないが彼らを信用するしかないだろう。
ギードは目を閉じ、夜が明けるまでに少しでも動けるように回復に専念した。
◆ ◆ ◆
海の上を一体のドラゴンが飛んでいた。
「この辺りか?」
海中を移動する水の精上位精霊ルンと、その腕の中に納まっている『泉の神』は、何度もこの場所を訪れていた。
炎のドラゴンであるユランには、妖精ガンコナー族のサガンと聖騎士エグザスが乗っている。
「はい。この辺りですが、浮島がありません」
「浮島だからな。移動したんだろう」
ルンと『泉の神』の会話が共有となっている思念で全員に聞こえる。
エグザスは周りをきょろきょろ見回しているが、全然わからない。
それ以前に、
「うぷっ、それより、うぇ、どっかで休もうぜぇ」
何故かドラゴンに乗り物酔いしていた。
今回はギードの防御結界が無く、ズメイのような骨板が無いため、頭部の角に無理矢理に身体を丈夫な縄で固定している。
「休もうにも降りる場所がありませんよ」
ガンコナーのサガンが無様な聖騎士の様子を見て、にやにやと笑う。
彼自身は元々実体がないため、宙に浮いているようなものだった。
「仕方ありませんね。ルン、どこか近くに島はありませんか」
「はい、ユラン様。一番近い島は」
ルンが海中から上に顔を出し、ユランが海面近くまで降りる。
「ん?」
「どうしましたか、『泉の神』様」
ルンの腕から浮き上がった『泉の神』は周辺をくるりと回る。
「ユラン、こちらへ来い」
「はい」
光の珠を追いかけてユランが動き出す。
「おおっとー」
縄を緩めて休んでいたエグザスが落ちそうになり、慌てて角に抱き付く。
「え?、何だあれ。今まであんなもの、見えなかったぞ」
エグザスがその光景に驚く。
はるか遠くではあるが、彼らの目には陸地が見えていた。