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一日目の昼・衝撃


 ギードは清潔になった寝台にそろりとタミリアの身体を横たえた。


寝具はいまいち薄いようだ。ギードは顔をしかめる。


「んー」


タミリアが動いた。寝台に寄り添い、ギードは妻が目覚めるのを待った。


 ぱちりと開いた目が、ギードを確かに見ている。


「おはよう、タミちゃん。大丈夫?」


ギードがやさしく微笑みかける。


しかし、何故かいつもの返事が返って来ない。


怪訝けげんな顔になったギードが首を傾げ、同じようにタミリアもこてんと首を傾げる。




 そこへばたばたと足音が階段を上がって来る気配がした。


漁師のグリオが扉を開け、先ほどの人族の青年ハートと、白い狼の獣人の青年を招き入れた。


周りに人が増えたことにタミリアが驚き、


「え?、何、ここ、どこ?」


と声を上げ、きょろきょろと見回す。


「ああ、どう説明しようかな。あのね、タミちゃん。ふたりしてさっき海に落ちて流されたんだよ」


タミリアの視線が、声を発したギードの顔に集中した。


「……エルフだ。黒髪なんて珍しい」


ギードは、いつもと違うタミリアの様子に顔をしかめた。




「あの、先輩を連れて来ました」


微妙な空気の中、ハートが恐る恐る声をかける。


白狼の獣人の青年が、ギードにうやうやしく礼を取った。


「エルフ様。私はこの町の領主の五男で、ハクローと申します」


ギードは、相手がたかがエルフ一人にここまでへりくだる意味がわからない。


「自分はエルフの商人でギードといいます。ギード、と呼び捨てになさってください」


相手は領主の息子である。こちらはただの商人なのだからこちらの方が下になるはずだ。


「この女性は私の妻でタミリアです」


ギードは寝台に横になっている妻を紹介する。


「えーーーーー」


その声は獣人たちからではなく、ギードのすぐ傍から聞こえた。


「わ、わたし??」


タミリアが大声を出し、がばりと身体を起こしたのだ。


「私、この人、知りません。っていうかー、私は、えーっと……誰?」


頭を抱えたタミリアに、部屋の中が静まり返った。




 漁師のグリオと人族のハートが顔を見合わせ、納得したように頷く。


「記憶が無いようじゃな」


「ええ、私と同じですね」


その言葉にギードが反応した。


「記憶が、ない?」


「はい。実は私は三年前に、あなた方と同じように浜に打ち上げられていたんです。その時、以前の記憶を失くしていました」


ハートは自分の経歴を話した。


 ギードの顔がけわしくなっていく。


(ズメイの策略?。『大神』のせいなのか、これは)


ふつふつとギードの中に怒りが込み上げる。




 ギードは部屋にあった椅子に座り、領主の息子にも座るように促した。


「家族と連絡を取りたいのですが、ここは何という名前の町ですか?」


白い狼獣人はぐっと言葉に詰まった。


「えーっと、実はこの町には名前がありません」


他の町を知らない者ばかりなので、必要が無いらしい。


ギードは仕方なく、


「それでは、『商国』か『始まりの町』へ連絡をー」


顔を見合わせる獣人たちの様子を見て、ギードは嫌な予感がする。


「聞いたこともありません」


彼らは『王都』さえ知らなかった。


ギードは唖然とした。




 でもまだ望みはある。彼らが知らなくても、知っている者のところへ行けばいい。


「他の町へ連絡は?。船や、山越えで旅する商人などに頼むことは出来ませんか?」


「申し訳ありません、エルフ様。この町はすべて町の中で生産、消費いたしますので、他の町からの商人が出入りすることはないのです」

 

「そんな馬鹿な」


ギードは商人だ。いくらなんでも何もかも賄える町など在りえない。食物は自給自足出来ても、生活用品や薬などは土地によりどうしても手に入らない場合がある。


ハクローは、


「ああ、その、実はどうしても手に入らない場合は神殿で神様にお願いすると魔法で取り寄せていただけます」


と、他の者には聞こえないような小さな声で答えた。


それはギードにとっては絶望的な答えだった。




 ギードは考え込んだ。この町はおかしい。


しかし、獣人たちの姿は自分が良く知っている『商国』の者たちと変わりがない。


言葉も通じるし、建物や着ている服にも多少古臭くは感じるが違和感はない。


そうなると、これはもう『大神』の影響だとしか思えなかった。


(移動させないつもりか)


「わかりました。今日のところはお世話になります」


何とか町の外への連絡方法を考えなければならないが、少し時間がかかりそうだ。


「妻に記憶が無いとしても、自分たちが夫婦であることに変わりはありません。彼女の面倒は全て自分が見ます」


ギードは改めてこの場にいる者たちに力添えを頼んだ。




「ちょっと待って!。夫婦だっていう証拠はー」


と、声を荒げようとしたタミリアに、ギードはすっと片手を挙げて指輪を見せつけた。


「証拠はこの指輪です。どちらかが死ぬまで外れない。神に誓った証の、魔道具です」


金の豪華な装飾がされた指輪。タミリアは自分の指のそれを見て、確かめるように何度もはずそうと試みる。


ギードはその様子を苦笑いで眺めていた。


「自分たち夫婦には子供が三人います」


タミリアがぎょっとした顔になる。


「自分には、子供たちのところへ母親を無事に連れ帰る義務がある」


ギードは絶対にタミリアの側を離れないと言い切った。  




 何やら考え込んでいる様子のハクローの目の前に、ギードは懐から短剣を取り出した。


警戒した顔になる白狼の獣人に、ギードは攻撃する意思は無いとそれを差し出す。


「これを当面の資金にするために買い取ってくださいませんか?」


ハクローはその短剣を丁寧に受け取り、詳しく見てみた。


「銀、ですか」


「ええ、祭礼用で装飾だけは豪華ですが、剣としては役に立ちません」


『大神』に会うために教会側から用意された物だ。


古来より『神』というのは望みを叶えるためには『対価』を要求すると言われている。今回のように『神』に会う機会がある者は『供物』として、それ相当の物を用意することが慣例となっていた。


今回はそれを提示する暇もなかった訳だが。




「そのお金で、まずは」


ギードは女将にお願いをする。


「申し訳ありませんが、妻に食事を運んでやってください」


女性用の量では足りないだろうから多めに、と付け加えた。




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