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一日目の朝・浜辺の出来事


「わああああああああ」


 どぼんっ!


風に煽られた白銀の騎士が、盛大に水しぶきを上げて海に落下した。


 何かあるだろうとは予想していたギードは意外と冷静だった。


すぐに正装のまま『泉の神』と入れ替わり、伸ばした手の袖口から闇の触手を伸ばしてタミリアを捕らえる。


飛ばされた空中で抱き寄せ、安心した直後に稲妻の光が目に入り、ばりばりという音が耳をつんざく。


「くっ」


様々な防御系の魔法を付与している装備でも『大神』の力には及ぶはずはなく、衝撃が身体を走る。


それでも少しは抵抗出来たのかも知れない。


タミリアは気を失っているようだが、鼓動を感じてギードはほっとする。ふたりとも生きていることは間違いなかった。


薄れゆく意識の中で、ギードは海に向かって落下していることに気づく。


ぎゅっと最愛の女性の身体を抱き締めた。




 ズメイは雲行きが怪しくなった時点で小島を離れていた。


人化を解き、巨大なドラゴンの姿となって海の遥か上空に留まって、彼らの様子を眺めている。

 

「ちっ」


ギードがタミリアを引き寄せる姿を見て舌打ちをする。


そして、ふたりが海に落ちる直前に、ふいに姿が消えるのを見た。


「な、なんだ。どうなったんだー」




 動揺しているドラゴンの、その遥か下の海の中。


ズメイと同じように動揺している存在がいた。


水の最上位精霊で、ギードの眷属の一体であるルンは主の姿が突然消えたことに驚いていた。


「ど、どど、どうしよう」


水に落ちた時点で彼女はすぐに助けるつもりで待機していた。


それが空振りに終わった。


思考が定まらないまま、とりあえず目の前で沈みかけていた白銀色の鎧の騎士を救い上げた。


意識は無いが、水もそんなに飲んでおらず、このまま移動しても大丈夫そうだった。


ルンはズメイに見つからないよう、海水にその身をまぎらわせる。


騎士の身体がそれ以上沈まないように、波に揺らせながら静かに連れ去った。




 浮島の神殿で『大神』は全てを見ていた。


先ほどの人族の聖職者の祝詞は、その者の心を表し、清く美しいものだった。


しかし、内容はハイエルフの商人の願い。


『大神』は、ある事情からハイエルフという存在を嫌っていた。


ズメイから持ち掛けられた話に乗ったのは、嫌がらせの一つでもすれば少しは気が晴れるかと思ったからだ。


しかし、『泉の神』と同化している姿を見て気が変わった。


「闇のハイエルフよ。我の試練に耐えて見せよ」


そう呟くとその姿は珠へと変わり、そして空間に溶けるように消えた。



◆ ◆ ◆



 先に目を覚ましたのは、ギードだった。正装を着たままだったが、『泉の神』の反応がない。


じゃりっと砂を噛む。波の音に、ここが砂浜だと知れる。


「うう……」


金色の髪のエルフがうごめいた。


「こ、ここは一体どこだ」


自分の身を確かめたギードは、自分の眷属たちとの間が切れていることに気づいた。


細い紐のような繋がりは感じるが、その先が途切れ、今までのように声をかけても届かない。


当然、影の中にあるはずのギードの荷物も取り出すことが出来なかった。




 不思議に思い顔を上げると、少し離れた所に誰かの気配を感じた。


「大丈夫ですか?」


ギードは痛む身体を無理矢理起こし、声のするほうを見た。


 そこにいたのは、灰色熊の獣人と、人族の青年だった。


かがみ込む二人が見ているのはギードではなく、自分が探しているモノだ。


急いで起き上がり、二人に声をかける。


「申し訳ないが、どいてくれ。それは私の妻だ」


不機嫌な声に驚く二人を押しのけ、ギードはその姿を確認する。


「タミちゃん。良かった、無事で」


ギードはタミリアの側に跪き、正装を脱いでまだ目覚めていないタミリアの身体に掛ける。




「あ、あのー」


人族の青年が恐る恐る声を掛けてくる。


(目の錯覚だったの?。美しい金髪だと思ったら、いつの間にかぼさぼさの黒髪になってる)


青年は困惑の目をギードに向けていた。


はあっと大きく息を吐き、ギードは彼らに身体を向けた。


「決して怪しい者ではありません。自分はエルフの商人でギードという者です。これは妻です」


無理やり商売用の笑みを浮かべる。


エルフであるギードが先に名乗ったので、慌てて老獣人が挨拶する。


「ワシは漁師でグリオ。この若いのはハートだ」


紹介された人族の青年がぺこりと頭を下げた。


ここでは何だからと移動することになった。




「出来れば宿を取りたいのですが」


落ち着く場所をというギードの言葉に「そうだな」と熊の老人が答える。


「付いて来てください」


と言って歩き出した熊の漁師は、かたわらの人族の青年に小声で話し掛けた。


「知り合いに領主の息子がいただろ。あれを連れて来い。ワシらは小熊亭に行く」


青年は頷き、こちらをちらちらと見ながら、家が建ち並ぶ方角へと駆けて行った。


エルフの耳はそのひそひそ話もちゃんと捉えていた。


領主という言葉にギードの身体は少し強張ったが、ここは仕方がないと諦め、タミリアを抱き上げる。


海水で濡れた身体を魔法で洗浄し、タミリアの腰まである長い藍色の髪にまとわりつく砂を落とす。




 ギードたちは裏通りにある宿屋兼食堂の裏口に着いた。


老漁師が中に入り、少し待っていると、小柄な黒い熊の中年女性が出て来た。


おそらく半信半疑だったのだろう。確かめるようにギードたちをじろじろ見る。


人族にも獣人にも多い黒髪だが、確かにエルフの耳が見える。


突然、熊の女性獣人は恐れ多いと平伏ひれふすように膝を付いた。


この町ではエルフは珍しいのだろうとギードは思ったが、これはさすがに過剰な対応ではないか。


女将おかみ、今はまだ他の者に知られるのはまずい」


熊の漁師がそう言って彼女を立ち上がらせる。


「そ、そうですね。失礼しました。こちらへどうぞ」


この店の女将だという熊の女性の後について、裏口から静かに中へ入る。




「ここなら滅多に他の客は来ませんので」


階段を三階まで上がり、廊下の一番奥の部屋へ案内される。


二人部屋で寝台が二つと、作り付けの収納。食卓用の机と椅子に、長椅子まである。


他にも洗面所やお手洗いもそなえられた、この辺りでは高級な部屋だという。


しかし、あまり使われた形跡がなく、ほこりっぽい。


「失礼して掃除をさせてもらいます」


ギードは有無を言わさず、魔法を発動させた。


一瞬で綺麗になった室内に、熊の漁師と宿屋の女将はただ呆然としていた。



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