十一日目の午後・本心
「おーい、お昼にしよう」
ギードは片手を上げてタミリアと、彼女に付き添っていたハートを呼ぶ。
「何か屋台で買って来るかね?」
「いえ、準備はしてありますので、グリオさんは魚をさばいていただけませんか」
グリオに一言頼むと、ギードは岩場の中に持ち込んでいた荷物から数本の鉄の串を出す。
「これに刺すのか?」
「はい。お願いします」
「わかった」
グリオの足元にはすでに多くの海産物が置いてあった。さすが漁師である。
ギードは適当な窪みのある岩の上に、鞄の中から点火用の炭を置いた。
簡易の竈のように火をつけた焚火を中心にしてギードが土魔法で囲い、そこにグリオが魚を刺した鉄串を差し込んでいく。
余っている鉄串を数本並べて網代わりにし、グリオが釣りの合間に獲って来た海老や貝を乗せて焼いた。
すぐに美味しそうな匂いがしてきた。
「今日は魔力の心配はしなくていいからね」
ギードはタミリアに好きなだけ食べていいよと許可を出す。
「獣人のグリオさんも魔力の心配はいいんですか?」
「うん。ここの魚はいつも町の人たちが食べてるものだからね」
「なるほど」
ハートに心配させてしまったが、普段この町で売り買いされているものは基本的に獣人たちの魔力には影響はない。
「お待たせしました」
そこへ小熊亭からパンや野菜が届いた。
「わあい」
配達の少年からタミリアが喜んで受け取っている。
「いつの間に頼んだんですか?」
驚いているハートに、運んで来た獣人の少年トラットがにへらっと笑った。
「えっと。早朝ギードさんから伝言をお預かりしました」
ギードが早朝の散歩の帰りに、すでに仕事を始めていた馬車溜まりで伝言を頼んでおいたのだ。
そしていつの間にかトラットは、ちゃっかりとギードの隣に座って魚を食べ始めていた。
「おいひい」
あれだけ魚料理に文句を言っていたタミリアが、うれしそうに魚介類を頬張っている。
その横で、ギードは彼女のために延々と魚や貝を焼いていた。
「私が焼きます。ギードさんも食べてください」
ハートが交代を申し出るがギードは首を横に振った。
「大丈夫、気にしないで。自分は元々小食なんですよ」
ギードはそう言ってタミリアの食べっぷりをうれしそうに見ている。
(あー、タミリアさんに魚を食べさせるための釣りだったのか)
ハートは、ギードがタミリアに新鮮な美味しい魚を食べさせたかったのだと気づく。
「はー、お腹いっぱい」
「良かったね。じゃ、運動もしないと」
ギードの荷物から何故か稽古用の木剣が二本出て来た。
にやりとタミリアが笑い、一本を受け取る。
そしてもう一本を握らされたのはトラット少年だ。
「へっ」
「今日の稽古がまだだろ?」
「は、はいー。姐さん」
美味しい話には裏があることを少年は学んだようだ。
ギードとグリオが後片付けをしている間、トラットとハートはタミリアに稽古を付けてもらっていた。
「さて、商店街で買い物しながら帰ろうか」
ギードは余った海産物の袋をトラットに「サイガさんにお土産です」と渡した。
店に戻るトラット少年に手を振り、ギードたちは歩き出す。
「ハートもタミリアさんも、ずっといてくれたらいいのに」
小さな声が届いたのはエルフの耳だけである。
竿や大きな荷物はグリオの漁師小屋に預けることになった。
そして四人でそのまま広場に向かう。
「屋台出てるー」
タミリアがうれしそうに駆け出した。
まだ食べるらしいタミリアにグリオは呆れながら、
「奥さんはわしが見とるよ。旦那は買い物に行ってきな」
と広場の椅子にどかりと座った。
「それはどうも。じゃあ、遠慮なく」
グリオに金の入った袋を渡すと驚かれたが、これが普通なんですとハートが説明してくれた。
ギードの買い物にはハートが同行する。
商人であるギードの買い物は如才なく済んだ。
ハートは店の者とおしゃべりをしたり、値切ったりするが、ギードはそれを見ているだけだ。すべてハートに駆け引きを任せた。
ギードとしては良い物にはお金を惜しまず、気に入らなければ買わない。
ただそれだけである。
そんなギードの姿にハートが何気なく聞いた。
「えっと。ギードさんの商会ってどんな品物を扱ってるんですか?」
ギードはハートが何でもこちらに話してくれるので、少しはこちらの話もしようかと思った。
「土産物店です。お菓子や簡単な魔道具とかですね。品物には店の印を付けて、『この店で買った』と宣伝してもらっています」
エルフ用の品も多いが説明が邪魔くさくて省略した。
「へー、面白そうですね」
「田舎町の教会前通りに本店があって、あとは他の町にも売店が二つあります」
「それって結構大きな商会じゃないですか?」
ハートはギードが案外大きな店を持っていたことに驚いた。
「無事に戻れたら王都にも売店を出す予定です」
「戻れたら……」
ハートはギードと並んで歩きながら話していたが、その足どりが少し遅くなる。
「ギードさんは、戻れると思っているんですね」
「もちろんですよ」
ギードの声は確信に満ちていた。
ハートは戻りたいとは思うが戻れるとは思ったことがなかった。
(そうだよね。店もあるし、子供さんもいるんだし)
うらやましいような、寂しいような思いがハートの胸を締め付けた。
すっかり馴染みになった仕立て屋に着いた。
ギードはタミリアの枕から抜いた魔石が入った袋を取り出す。
慌てて店員が箱を持って来て、その中へざらざらと落としていく。
「ギード様。これは充填済みの魔石でしょうか」
「ええ、確認してくださって結構ですよ」
店の者が調べている間、奥に通されたギードたちは椅子に座ってお茶をいただく。今日はお菓子付きだ。
「先日の広場での肉祭りも好評でした。あの時、住民の多くが自宅の魔石に魔力を補充出来て、感謝しております」
店長が恭しく感謝を表す礼を取る。
住民たちは神殿に要望は出せるが、それに「早く」だの「もっと」だの文句を言うことは出来ない。
代理のエルフに睨まれたら厄介なのだ。
ハートは神殿の銀青の髪のエルフの姿を思い出す。
(綺麗だけど陰険そうだったもんなあ)
それに比べてギードは、黒い髪も、整い過ぎていない顔も親しみやすい感じがする。
「もし神殿から苦情が来たら教えてください」
「はい、かしこまりました。では、このまま補充は続けていただけるのでしょうか」
ギードが頷くと、また大量の空の魔石が入った箱が出てきた。
遠慮のなさに呆れながら、袋に詰め替えてもらい鞄にしまうと、二人は広場へと戻って行った。




