八日目の日中・風呂の設置
翌朝は三人とも疲れが溜まっていたようで、遅めの起床となった。
「そういえばさー」
タミリアがパンケーキを突きながらギードに話しかける。
「お風呂はどうなったの?。でっかい温泉風呂」
「あー、そうだったね」
忙しくて忘れていた。ギードは自分の頭をくしゃっと掻きながら、
「早めに何とかするよ」
と答えた。
「うん。まかせるー」
タミリアは楽しみだとにっこり笑う。
ギードが夜中に何かしていることを知っているハートは、
「無理しないでくださいね」
と心配してくれた。
今日はおそらく剣術の稽古もお休みだろうということで、皆で家でのんびりすることにした。
「何かやることない?」
とタミリアが聞くので、風呂場の概略図を描いていたギードは少し考えた。
「じゃ、庭の掃除をお願いしようかな」
掃除と聞いて嫌な顔をしているタミリアの背中をハートが押す。
皆で一緒に裏口から出た。
「ここからお手洗いまでの間のどこかで、温泉を掘ろうと思うんだ」
ギードは紙を見せながらタミリアとハートに掃除をする範囲を教える。
(眷属精霊たちがいれば簡単なんだがな。整地から基礎や地下水汲み上げまで全部やってくれるし)
そしてこれまでどれだけ眷属たちに甘えていたのかを実感していた。
ハートは地道に小石や枝などを拾っているが、タミリアは邪魔くさそうに剣で草を刈り払っている。
「魔法でさー、こー、ぱーっとやっちゃえば?」
土魔法を得意とするギードなら出来ないことではない。
「やってもいいよ。魔力が無くなって風呂の完成が遅れるけどね」
むぅと口をとがらせるタミリアも子供っぽくてかわいいなと思うが、ほだされてはいけない。
余分な魔力は使いたくないのだ。この先も突然、何が起きるかわからない。
タミリアを宥めながらギードも地面にしゃがみ込んで草をむしろうとした。
その時、足元に何かを感じた。
それは先日の夜にギードが姿を与えた精霊たちだった。
(お前たち、何してるんだ)
ギードはそっと声をかける。気が付くと借家の周りにぽつぽつと光の玉が姿を現している。
幸いまだ魔力が弱いのか、妖精族ではないタミリアやハートには見えていないようだ。
(手伝ってくれるのか?)
ギードが顔を近づけると、それらは楽しそうにわさわさと動き回る。
おそらくギードの魔力に惹かれて集まって来たのだろう。
地面に少し魔力を流してやると、ギードの足元で時々くるくる回りながら指示を待っている。
離れた場所に魔法で簡単な椅子を作り、タミリアとハートを呼ぶ。
「そろそろ休憩にしよう」「はーい」
二人を休ませ、ギードは風呂場予定の場所に立つ。
ギードがあらかじめ指定して線を引いた場所は、わずかに草が残っている程度だ。
しゃがみ込んで簡単に描いた紙を広げて精霊に見せる。
(ここにこういうのを作る予定なんだ)
ギードが思い描いたのは、旅の間、眷属のコンが造ってくれた休憩所の風呂場だ。
土魔法で造られた四角い建物に、中は脱衣用の部屋と四角に掘られた浴槽と洗い場。
二、三人が入れればそれでいいので、そんなに大きくはない。
外扉は後で木で造ってもらおう。中の脱衣場と浴室の扉は丈夫な布程度でもいいかなとギードは思う。
(あの時は近くの小川から水を引いて温めたけど、今回は地下からお湯が出るらしいからな)
浴槽にお湯を取り込む箇所には、見学させてもらった湯屋の構造を参考にした。
精霊の玉はくるくるとギードの周りを回り、やがて他の精霊も集まってその輪が広がって行く。
ざわりと風が吹き、土が動き出す。
「え、何してるんですか?」
ハートとタミリアは目を見張っている。
ギードは精霊を驚かせないよう、二人にはこちらに来るなと手で示す。
土壁が立ち上がり、ギードの姿を隠す。
「ギードさん!」
ハートが立ち上がろうとするが、タミリアはそれを止める。
「ギードさんの精霊魔法ね。見せていただきましょ」
タミリアは悠然と座ったままだ。
「はあ」
ハートもおとなしく座り直す。
昼食時間の前には作業は終わったようだ。
ギードの周りでくるくると回っていた土の精霊は、やがてその姿を消した。
普通はそのままギードの側に残るはずの精霊が、魔力を使い果たして消滅したのだ。
やはり何らかの力が働いているのだろう。
(ありがとうな)
ギードは感謝を祈りの言葉に変えて、精霊に捧げた。
「終わったの?」
静かになったので心配になった二人が、扉の無い入り口から顔を覗かせた。
「うん」
寂しそうな笑顔のギードがひとり佇んでいた。
浴槽の壁からこぽりとこぼれるようにお湯が落ち始める。
「なんじゃこりゃ」
外で大きな声を上げたのはグリオだった。
今日は小熊亭や、その他の飲食店もお休みらしく、昼食を運んで来てくれたそうだ。
「昨日のお礼も兼ねてな」
「ありがとう」
タミリアは遠慮なくそれを受け取る。
グリオは目をぱちくりさせながら出来上がったばかりの風呂場に入って見回す。
「すごいですな。旦那が造ったんで?」
「まあね」
ギードは適当に誤魔化しながら皆を外に出す。
後は湯量の調節や排水の魔道具を設置し、扉や窓を作ってもらわなければならない。
「大工なら知り合いがおるので頼んでおこう。エルフの旦那のためなら皆喜んで手伝ってくれるじゃろ」
昼食を取りながら、必要なものをグリオやハートに教えてもらう。
それを元に手配をお願いし、ハートがグリオと共に町に買い物に行くことになった。
ギードはハートにお金の入った袋を渡す。
「タミちゃんを護衛に連れてってくださいな」
すでに出かける支度をしている妻に、
「今日は屋台もお休みだと思うよ」
と言うとあらかさまにがっかりしていた。
三人を送り出し、ギードは再び風呂場の作業に戻る。
お湯は浴槽の上の壁から入り、そのまま排出されていく。
底の排水口を塞ぐものを作り、領主館の風呂場で足を浸けた程度の高さに違う排水口を開ける。
ギードは裸足になってその中に足を浸けたままにして浴槽の縁に腰掛けた。
「いいお湯だ」
魔法で作った水とは違った自然のものだ。
「やはり地中深くにまでは魔力は浸透していないようだな」
結界の壁近くで地中深くに沈めたギードの魔力線の効果が期待出来そうな気がしてきた。
その頃、町の広場に着いたタミリアは、きれいさっぱり屋台の消えた町にがっくりと膝を付いていた。
「仕方ないじゃろ。昨日あれだけ食って騒いでおったんだから」
「今日一日だけですよ。また明日には復活してますから」
グリオとハートが慰めていた。




