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エルフの旦那と変わった従業員  作者: さつき けい


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五日目の朝・注文品


 気が付くと朝だった。


ハートは身体を起こそうと思ったが、気力がなく、再び毛布を被った。


(魔法、使ってみたかったな)


ぼんやりと考え事をしていると、突然、ハートの部屋の扉が開いた。


「ハートさん!、剣術の稽古に遅れるよ」


元気そうなタミリアの声が家中に響く。


開いた扉からパンケーキの甘い匂いが流れ込んできた。




「はい。 今、行きます」


ハートは弱々しい声で答える。


(私が悩もうが、死のうが世界は変わらないよねえ)


何だか思考がおかしな方に向いているハート。 やはり昨夜の話には衝撃を受けたのだろう。


「それでは今日もよろしくお願いしますね」


朝食が終わり、いつものようにギードがハートにお金の入った袋を渡そうとすると、ハートは目が泳いでいる。


「あのー、今日は休んでもいいでしょうか?」


とタミリアを上目遣いで見た。


「うーん、構わないけど」


その様子を見ていたギードは、


「ではハートさん。 今日は自分の買い物に付き合ってもらえませんか?」


と提案した。


「あ、はい」


笑顔で頷いたハートにタミリアが少々がっかりしている。




 男性ふたりでタミリアを剣術の稽古をしている場所まで送り届け、そこで別れる。


「タミちゃん、お昼頃には一度戻って来るから食事は一緒に」


「うん。 わかった」


ギードはタミリアにそう約束した。


 トラットとサイガがタミリアに恐る恐る近づいて来る。


あねさん、今日は何をしますか」


「あ、姐さんって」


タミリアが年上の禿げ頭の獣人に丁寧に声をかけられて引いている。


「あれなら大丈夫そうですね」


ハートがほっとしていると、ギードが笑った。


「まあ、昨日あれだけ強さを見せつけましたし、当然ですよ」


獣人という種族は一度相手を上と認めると従順になる。


(さすが脳筋同士だな)


ギードは妻の剣術のことについては全く心配していない。


「じゃあ、行きましょうか」


「はい」


ハートはギードと一緒に高台にある高級品を扱う商店街に向かうことになった。




 以前に服を作ってもらった仕立て屋に着くと、さっそく奥から店主が現れて会釈する。


「いらっしゃいませ。 ご注文の品が出来ておりますよ」


「助かります」


ハートは何のことかわからないので、ただギードの後についていく。


ほわほわの寝具が二組置いてあった。


「これ?、布団ですか」


「布団というものが何か知りませんが、身体の下に敷く寝具ですね」


店主は、なかなか手に入らないものだと自慢そうに胸を張る。


王都では上流家庭用に売られているものだが、ここでは欲しがる者がいないのだ。


「肌が丈夫な獣人の皆さんには必要が無いものでしょうが、妻はにくそうでしたから」


そういえば、ハートもこの町に来てから背中が痛いと思うことがあり、寝る時は毛布をたくさん敷いている。


ギードは品を確かめると、地図を渡して夕方ごろにまでに届くように手配をお願いした。




「それともう一つ作っていただきたいものがあるのですが」


「なんでしょう」


店主は上客相手に大袈裟おおげさな笑みを浮かべている。


「枕なんですが」


「ええ、ええ、たくさんございますよ」


店主は従業員の女性に枕を何点か持ってこさせた。


ギードは一つ一つの枕を手で抑えて確かめている。


「魔石はありますか?」


「はあ。どんな用途でお使いになる魔石でしょうか?」


思いがけない注文に店主が首を傾げる。


「いえ、すでに魔力を使い切って、魔力を充填する予定のものが欲しいのですが」


からになっている魔石、ですか」


ますます訳がわけがわからないと店主は眉を寄せる。




 ギードは手に持っていた鞄から小袋をいくつか取り出した。


従業員も怪しげな注文に首を傾げながら、小さな魔石が数十個入った箱を持って来た。


家庭や店舗では明かりや調理用、汚水処理などに広く魔道具が使われている。


魔石はその魔道具を動かすための燃料となる魔力が込められており、無くなると神殿に持って行って補充してもらうそうだ。


「たくさんありますね」


ギードが魔石を手に取って見ている。


ハートは初めて見るたくさんの魔石が入った箱を興味深そうに覗き込んでいた。


「ハクローさんが最近魔石の消費量が増えていて、なかなか充填出来ていないと言ってました」


ハートの言葉に店主も頷いている。


「ええ、そうです。 今ある魔石を節約して使っています」


ここにある魔石は全て充填を待っている状態のものらしい。




「店主、この魔石に自分が魔力を充填すると言ったらご迷惑ですかね」


「充填ですか?、本当によろしいので?」


てんのような獣人の店主は目を白黒させる。


ギードからの申し出は正直ありがたい。 だが、もし神殿に知られるとまずいのではないだろうか。


「申請すれば充填してもらえるとはいえ、最近神殿から一向に充填の案内が来ませんで。 ご覧の通り何日分も溜まってしまっているのです」


店主は神殿や領主の悪口が言いたいわけではないと何度も繰り返した。


 ギードは小袋に魔石を数個入れて口を縛り、縫製していない枕の中に埋める。


「我々のような魔法を使う種族は定期的に魔力を発散させないと体内に籠って熱を出します」


ハートは昨夜のタミリアの様子を思い出す。


「こうやって空の魔石が入ったものを身近に持っていれば、自然に魔力を放出して充填出来るのではないかと思いまして」


一つの枕で何日かかるかはやってみないとわからない。


「な、なるほど」


とりあえずやってみましょうということになった。




 仕立て職人がやって来て、ギードと打ち合わせを始める。


「枕は二つ合わせたくらいの、長いものを一つです」


うんうんと頷く職人に、ギードは魔石の小袋とは違う、もう少し大き目の袋も渡した。


「これはよく眠れる薬草が入っています。 これも枕の中に入れて欲しいのです」


そして懐から紙の束と細い筆を取り出し、枕のどの部分に小袋を入れるかを紙に書き始める。


「枕の両端に薬草を。 中心辺りは避けて、少し左右にずらした場所に魔石の袋を」


魔石は触ってもごつごつとしないように厳重に布にくるんでもらえるように頼んだ。


夕方に配達される寝具と一緒に持ってきてくれるようにお願いする。


「かしこまりました」


さらに細かい打ち合わせを終え、お昼近くにふたりは店を出た。




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