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四日目の昼・釣果


 この町はどうも神殿の影響が強過ぎて、狩りも自由に出来ない。


何しろ、山には入れるのに、野獣の気配がない。


結界のせいで獣の繁殖も制限されているようだ。


小さな獣や家畜もいるにはいるが、とてもこの町の住人たちの食卓に上るような数ではない。


(領主一族の交易待ちなんだろうけど)


昨日、風呂見学にお邪魔した館には人の気配があまりにも少なかった。


おそらく、領主が配下を連れて出かけているのだろうと感じた。


その帰りをただ待っているだけでは心許ない。 今のタミリアの我慢の限界がわからないのだ。


 ギードはタミリアのためにもぜひとも早く肉を入手したいと思っていた。


その機会は思ったよりも早く来たようだ。




「グリオさん。 あれの肉は食用になりますか?」


入り江を囲む岩場の先端近くに灰色の海獣の群れの姿があった。


「まさかあれを?」


老漁師の言葉に、ギードが黒い笑顔を浮かべる。


「ええ、妻が肉を待っているので」


今までこの町の獣人たちに襲われたことがないのか、人族の大人よりも大きな身体でのんびりと日光浴をしている。


ごろごろと丸太のように太った海獣は、ギードにはもう肉の塊にしか見えなかった。


グリオはその獲物を見ながら考え込んでいる。




 昔は漁師たちも血気盛んな者が多く居た。


強い海獣に怪我もかえりみずいどんだものだ。


しかし今では無理をしなくても魚は一定数が獲れ、生活に不自由のない金が入る。


時間はかかるが、いい肉などの食材は神殿に頼めば買うことが出来る。


誰もわざわざ危険な漁などしなくなっていた。


 年老いたとはいえ、グリオはまだまだ漁師としての腕は衰えてはいないと自負している。


「わかった。 手を貸そう。 だが、どうやって?」


群れは十頭ほどの成獣と、まだ子供らしいのが数頭いるようだ。


「釣り竿で、はぐれた子供を狙いましょうか」


群れごと相手などしていられない。


タミリア一人分なら幼獣で十分だろう。


グリオが頷き、ギードと共に気配を消して海獣の群れに近づいて行く。



◆ ◆ ◆



 タミリアとハートは稽古が終わると広場の屋台で昼食を取っていた。


ここも肉不足で、野菜や魚ばかりで、わずかに燻製肉などがある程度だ。


料理人たちはそれぞれ工夫していて、味もそれなりに美味しいのだが、不満そうなタミリアの横顔にハートは苦笑いを抑える。


「仕方ないですよ。 ついこの間大きなお祭りがあって、それで一気に町中の食材が消費されてしまったので」


そんなことは自分には関係ないと、タミリアはますますふくれっ面になってしまう。


かわいい人だとハートは思う。


くすくすと笑っているとタミリアに睨まれた。




 にわかに港のほうが騒がしくなった。


「何でしょう」


町の獣人が何人もばたばたと走って行く。


「見に行こう!」


タミリアが目を輝かせて住人たちと一緒に走り出す。 それを追いかけてハートも駆け出した。


 二人が辿り着いたのは入り江を囲む岩場の根本辺りだった。


「あれ、おじいさん」


漁師のグリオを見つけてハートが近寄ると、彼はにかっと歯を見せて笑った。


「見てくれ。 立派なもんだろう」


「おー」


浜に横たわっていたのは灰色の海獣である。 大きな雄で体長は軽くハートの二倍はある。


だが、ほとんど血の匂いがしない。




「血抜きはこれからだよ」


側にいたことに気づかなかったが、ギードの声がした。


「タミちゃん。 首の辺りを頼むよ」


「え、いいの?」


ギードが海獣の解体のために風魔法で運んで来たのだが、皮が厚くて普通の刃物では切れなかったのだ。


「その剣なら簡単に切れるよ」


ギードが促し、タミリアが腰の愛剣を抜いた。


一閃した剣によって、綺麗に大きな海獣の頭と胴体が分かれる。


おおっと見物人からどよめきが起きる。




 グリオは大きな包丁を持った料理人たちに後の解体を頼んでいた。


「エルフの旦那。 皮も使えるぞ。どうするかね」


いつの間にかギードは、グリオに旦那と呼ばれていた。


「ああ、そうだね。 出来れば彼女用の装備にしたいな」


ギードの視線はタミリアに向いている。


「わかった。 女性用なら軽く一人分の雨具が作れるな」


「じゃあ、それで頼む」


血の匂いがきつくなってきたので、ギードはタミリアとハートを連れてその場を離れた。




「どうしたの、あれ?」


タミリアがちらちらと解体作業を見ながらギードの服を引っ張る。


「ああ、あれ」


ギードは自分たちの晩飯用に魚でも釣ろうと思い海岸に来た。 そこで海獣を見つけたので狩ったという話をした。


「あんな大きな海獣……」


ハートが呆れていると、


「いや、狙ってたのは子供だったんだけど、あれが邪魔してきたんだよ」


ギードはついでに倒してしまったのだ。


「ついでって」


「もう、なんでもいいわ。 あれの肉は美味しいの?」


タミリアの目が早く食べたいと訴えている。


「えっと、陸の魔獣には劣るらしいけど、美味しいそうだよ。 すぐには食べられないけどね」


実は海獣の肉はかなり臭みがあるそうで、解体したあと、しっかりとした血抜きとしたごしらえが必要なのだそうだ。


「えー」


タミリアが、がっかりして肩を落とす。




 するとギードはこっそりと鞄から何かを取り出した。


「だけど、幼獣は臭みもなく柔らかいので、すぐに調理出来るらしい」


周りが大きな海獣の解体に目を奪われて、こちらを見ていないことを確認して、こっそりと包みを開いて見せてくれた。


「これ、幼獣の肉?」


「そうだよ。 家に帰ったら料理しようと思ってる」


「肉だああああ」


涙を流さんばかりに喜んだタミリアが、思わずギードに抱き付いた。


「ありがとう!。 うれしいぃ」


そしてハートの目の前でタミリアはギードの頬に口づけをした。




「あっ」


そこでタミリアが我に返った。


「きゃあああ」


真っ赤になったタミリアがギードを思いっきり突き飛ばす。


「ぐえっ」


ギードは近くの家の壁に叩きつけられた。


「だ、大丈夫ですか?」


ハートが慌てて駆け寄ると、案外元気そうに笑いながら立ち上がった。


「慣れてるから大丈夫だよ」


ぱんぱんと服に着いた砂を落とし、ギードはタミリアの側へ戻る。


「ごめんなさい」


ばつが悪そうに俯いているタミリアに、ギードは何かを考えるふりをする。


「じゃ、罰として一つだけ頼みを聞いてもらってもいいかな?」


顔を上げたタミリアは少し嫌そうな顔をしていた。


「簡単だよ。 自分のことは『ギドちゃん』と呼んで欲しい」


「そんなことでいいの?」


とタミリアが戸惑っている。


「うん。 気が向いたらで構わないよ」


黒髪のエルフはそう言って微笑んだ。



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