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三日目の夜・領主の息子


 ハクローは小熊亭に個室での食事を予約した後、一旦住み込みで働いている店の、自分の部屋へ戻って来た。


店の様子を見る。今晩は予約も無いので問題はないだろう。


そこへ下働きである犬の獣人の少年が通りかかったので呼び止める。トラットはこの店で一番ハートと仲が良い。


「トラット。ハートがいる借家を知っているな?」


「あ、はい」


そこへ適当な時間に馬車をまわすように手配を頼んだ。


この店の裏と、湯屋との間には御者たちが休憩している馬車溜まりがあるのでそこで依頼することが出来る。


ハクローは金と地図を渡す。


「ついでにサナリの家に、あまり遅くない時間にお嬢様を馬車で返すと伝言も頼む」


「承知しました」


開店準備が始まっているため、トラットは急いで使いに出て行った。



◆ ◆ ◆



 ギードは初めてこの借家に入ったサナリに結界のことを話した。


裏手のお手洗いは関係ないが、そこ以外で家から出入りするには必ずタミリアと手をつなぐように指導しておく。


「それじゃ、出かけて来るので、何かあれば連絡を」


食卓に数種類の料理を並べてギードは振り返った。


「エルフなのに」   


美味しそうな匂いの皿に、ぼそりと呟いのはサナリだった。


 彼女はこの町でエルフといえば『神の代理』といわれる神々しいエルフしか見たことがない。


そのエルフが家事までこなすとは思ってもみなかったようだ。


タミリアとハートはこの三日間で当然のように家事をしているギードの姿を何度も見ているので、そこまで驚いてはいなかった。




「でも、連絡ってどうやって?」


「ああ、そうですね。ここは町から遠いですし、簡単に誰かに頼むわけにもいきませんから」


サナリとハートは困った顔をした。


 ギードはそっとタミリアの手を取り、


「そのためにこれがあるのです」


と指輪に触れた。


「この対になっている指輪は魔道具です。どんなに離れていても相手を呼び寄せることが出来ます」


ギードは少し離れて指輪に語り掛けた。


「うわっ、なんか頭の中に聞こえた」


「え?、なになに」


タミリアの声にサナリが興味深そうに訊ねた。


「なんか、『伴侶が傍に移転することを希望しています。承諾しますか?』って」


「ええ、それです。承諾すれば自分がすぐに飛んで来ます」


なにそれ、とハートは唖然としている。


「でも、傍に移転すると言っても危険な場合もありますよね?」


壁の中や、崖の上などに移転してはたまらない。ちゃんとした場所に出るのは難しいのではないかとハートは思った。


「あー、そういう時はちゃんと安全な場所に移転しますから大丈夫ですよ」


魔道具なので、返答さえあればある程度は相手の状況もわかるようになっている。

 

タミリアは発動した指輪に承諾を出さずに魔力を停止させた。


ギードは少し寂しそうな顔をして、「では、行ってきます」と外に出て行った。



◆ ◆ ◆



 ギードが小熊亭に着くと女将に三階の部屋へ案内される。


そこにはすでにハクローが待機していた。


「お待たせして申し訳ありません」


「いえ、こちらが早く来ただけですので」


相変わらず堅苦しい挨拶を交わす。


 すぐに女将の指示で給仕係が料理を運んで来た。


食卓に並び終えると、カップに高級そうな果実酒を注ぎ、


「何か御用がございましたら、こちらの鐘でお呼びください」


と言って、机の上に小さな銀色の鐘を置いて下がって行った。




 ギードは元から小食だ。


それに知らない料理に興味があり、小さく切って味を確かめたり、器までじっと見ていたりする。


ハクローはそれに合わせようと苦労しているようだ。


「あー、こちらのことは気にしないでください。何かお話があったんでしょう?」


ギードは普通に食事をするようにお願いする。


「自分はただの他国の商人です。それに今は胡散臭い漂流者ですよ」


気を使われると逆に恐縮する。エルフだからと特別扱いは止めて欲しい。


「……わかった」


ハクローはようやく決心したように身体の力を抜いた。




「ギード。この町に一体何をしに来た」


いきなりため口になったハクローに、ギードは苦笑いを浮かべる。


「特に何も。それより、自分たちは被害者ですよ」


「被害者?」


ギードは商談のために『大神』の元を訪ね、そして飛ばされてここに来たことを話した。


ハクローはそんな話は信じられないと、ふんっと鼻息を吐いた。


(まあ、そうだろうね)


ギードは自分でも胡散臭い話だとわかっていたので、特に相手をとがめる気もない。




「じゃ、どういう話なら信じてくれるのかな?」


逆に質問を返すギードは、一つ一つの皿をゆっくりと吟味しながら食べている。


ハクローはすでに食べ終わって、酒を自分で瓶からカップにぎ足した。


「神殿のエルフ様は『どうせいつもの大神からの嫌がらせだ』と言っていた」


「嫌がらせですか」


料理に添えられていた葉っぱを広げて形を調べながら、ギードは適当に相槌を打つ。


「ああ、この町の『女神』様と『大神』様は対立しているからな」


(へえ、女神なんだ)


ギードは驚きを顔には出さずに会話を続ける。


「それじゃあ、ご領主様も大変でしょうね」


教会関係者ということは、単にこの町の神だけを祀っているわけではないはずだ。


『大神』はすべての神の頂点なのだから。




 ハクローは一瞬迷った。そして苦い顔をして、


「代々の領主は漂流者を保護してきた」


と、話し始める。


何年かごとに現れる漂流者は、ほとんどがハートのように記憶を失っている。


その漂流者の中には、嵐での怪我や病気で命を落とす者も少なくない。


「それら全てが嫌がらせだとは思わない。しかし、お前は記憶がある」


今までと違う何かがあるのではと疑っていた。


「ふう、そう言われてもこちらは何もありませんけどね」


ギードは水で口の中を一旦洗い流し、また違う味を確認し始める。




「しかし、肉が少ないですね」


ギードは煮込み料理を木のさじですすりながら確かめている。


干し肉が出汁に使われているようだが、普通に肉料理は出て来ない。


「もしかしたら、今頃、ご領主様が買い付けに行ってるんでしょうか」


ハクローが酒に咽せる。


「な、何をー」


「町の外から誰も入れなくても、中から出られないという訳ではないでしょう?」


「それはー」


ハクローが笑いながら否定しようとすると、ギードは懐からこの町で貰った金の一部を取り出した。


「これ、王国内で普通に流通している金貨ですよね。しかもごく最近発行されたものだ」


それは誰かが外と交易をしているという証拠だった。




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