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三日目の午後・風呂見学


 自宅に温泉があるのは山の上のほうの家だけだ。


そちらのほうに向う前に、タミリアのお腹が心配になる。


「じゃあ、昨日とは違う屋台を見に行きましょう」 


ハートが提案し、昼食は屋台が多く出ている広場に寄って、色々と美味しい物を探して歩いた。


「ふー、美味しかった。よし、次は温泉ね」


タミリアが満足すると、ギードたちは坂道を登り始めた。


突然、夫婦がぴたりと足を止めて振り返った。ハートも同じように振り返る。


「あ、先輩」


ハクローが追いかけて来ていた。


「どうしたんですか?」


はぁはぁと息を切らせている。あちこち探し回っていたようだ。


「あー、案内がハートだけじゃちょっと不安でな」


えー、とハートが頬を膨らませる。




 ギードとしては神殿には出来るだけ近づきたくない。


すでに『大神』と関わりがあるのだから、これ以上厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだった。


しかし坂道を上っていけば、必然的に近づいてしまう。


(人数が多いほうが誤魔化せるか)


ギードはハクローにも同行してもうらことにした。


「家の中にある温泉に興味があるんです」


実は自分の家でも大きな浴槽を持っているという話は秘密だ。


「ああ、それなら我が家の自慢の温泉風呂にご案内いたします」


ハクローは「どうぞこちらへ」と先頭に立って歩き出した。




 ハートは、ハクローはまだ他の者たちにエルフの世話をさせることが不安なのだと感じた。しかし、そんなことより、


(先輩の家かあ。初めてだ、どんなだろう)


ハートはわくわくしている。


山の上の神殿におもむいた時は、その隣にある領主館は外観しか見ていない。


あの日は祭りだったため、使用人たちが忙しそうに神殿と館を往来していたのを見たくらいだ。


 今日の領主館は静かなたたずまいである。


ハクローと大きな正面玄関の前まで来ると、使用人が飛び出して来て礼を取る。


「お坊ちゃま、お珍しい。どうかなさいましたか?」


高齢の狸のような老婦人がハクローの前に進み出た。


「お客様だ。失礼のないように頼む」


(お坊ちゃま、ぷ)


顔を隠して肩を揺らしているハートを、ハクローが睨んだ。




 館の中に案内され、広い客間に通される。


「ただいまお茶をお持ちしますね」


老婦人の言葉にギードは手を振り、


「いや、自分たちはこちらの館にあるという温泉を見るために来たのです」


と言って接待は無用だと断った。


あらあらと口に手を当て、老婦人はハクローの顔を見た。


「そういうことだ。悪いが風呂の担当を呼んでくれないか」


「かしこまりました」


 呼ばれてやって来たのはいのしし獣人の、いかつい中年の男性だった。




「坊ちゃん、お久しぶりですな。お客人に自慢の風呂をお見せしたいとか」


どうぞどうぞと機嫌良さそうに母屋から渡り廊下を歩く。


そこから庭にある、こんもりと木が茂っている場所に続いていた。


 廊下の突き当たりに扉が見える。


扉を開けると着替えの部屋があり、そこから奥へと続く扉はガラスが使われている。


「さあどうぞ。この辺りじゃ一番の温泉ですぞ」


「わあ」


タミリアとギードは初めて見る光景に驚いている。


そこには壁が無く、四方にある柱で屋根が支えられていた。


庭の落ち着いた景色と、その先に町を見下ろせる眺望があった。


三方を人が入れないように高い塀と木々で覆い隠した庭になっており、坂に面した部分だけが外に続いているようだ。


浴槽は石で出来ており、もうもうと湯気が立ち、透明な美しいお湯が波打っている。


こぽりこぽりと壁にはまっている石の口からお湯が流れ出していた。




「露天風呂だ、すごい」


ハートは思わず声を漏らした。


「ろてん?」


ギードが首を傾げ、ハクローはハートのいつものやつが始まったと額に手を当てた。


「こいつの言うことはあまりお気になさいませんよう」


時々、意味不明な言葉を発するのだと説明した。


「ごめんなさい。あの、露天風呂っていうのは自然の中にあるお風呂のことです」


ギードはまるで子供を見るような穏やかな顔でハートを見る。


「なるほど、自然を取り入れた美しい風呂ということですね」


タミリアも気に入ったらしく、感心したように何度も頷いている。


「入ってみたい」


ぼそりとタミリアが呟いた。




 その言葉に猪獣人とハクローが顔を見合わせる。


「タミちゃん、今日初めて伺ったんだからご遠慮しよう。また後日、日を改めてー」


「えー」


領主館の者たちが困っている。さすがにハクローでは許可は出せないようだ。


「あ、あの。足を入れるだけならいいですか?」


ハートの突然の言葉に、全員がきょとんとしている。


「えーっとですね、椅子か何か濡れないように座る場所を作ってもらって、裸足になって足だけをお湯に浸けるんです」


「ほお」


ギードは目を細めた。


それくらいなら、とハクローが仕方なく許可を出し、すぐに準備された。


草で編まれた座椅子が持ち込まれ、浴槽のふちに並んで座る。


お湯の量を減らしてもらって、座るとちょうど足首が隠れるほどにしてもらった。


「お湯に入っている気分になれるね」


ぱしゃぱしゃと子供のように足を動かし、タミリアがはしゃいでいる。




 ギードは初めてドラゴンの領域へ入った時のことを思い出していた。


敵か味方かもわからないドラゴンに会うために長い旅をした。小さな子供たちを連れ、真冬の山を歩いた。


暗い森を抜けた先に広がる凍った湖の畔り。ドラゴンの住処を目の前にして、雪を見ながら湯船に浸かった時は、周囲を透明な結界で覆っていた。


(あの後、ニュンペーたちが出て来たり、パーン様に会ったり。大変だったけど、あのお風呂は気持ちが良かった)


「いいですね。景色を見ながらというのは」


何故かしみじみとしているギードに、ハートも安心してのんびりと風景を楽しむ。


「大きなお風呂場なら、壁にこんな風景を絵として描くのもいいですよ」


そしたら天候に関係なく楽しめます、とハートが言うと、


「それはいいな」


ギードは自分の館の地下にある風呂場を思い出して、帰ったらやってみようかと考える。


目を閉じて絵柄を想像していると、突然、ぞくりと寒気を感じた。


「どうやら長居をしてしまったようです。そろそろ失礼いたします」


ギードは「もうちょっとのんびりしたい」と言うタミリアをかし、館を辞去した。




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