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三日目の午前・剣術修行


「どこかに出かける予定?」


玄関前で、一晩で出来上がった道に立ちすくんでいたふたりにギードが声をかけた。


「あ、はい。タミリアさんが剣を持っていらしたので、剣術の稽古を一緒にと思って」


ハートは勤めている店の方針で剣術を習っているらしい。


「へえ、それはいいね。タミちゃん、いってらっしゃい」


にっこり笑ってギードはふたりを送り出す。 




 ハートはふたりで昼食を取るようにと、またしてもギードから革袋に入った金を渡された。


白く続く石畳の細い道をタミリアと共に歩く。


「ギードさんって、いい人なのか悪い人なのか、わかりませんね」


ハートは判断に困っている。どうしてここまで自分を信用してくれているのか。


大切なはずの妻の面倒を見させたり、大金をぽんっと預けたり。


「あんまり気にしないほうがいいわよ。絶対エルフなんて禄なもんじゃないし」


何故かタミリアからは悪口が出て来た。


そのはずなのよ、とぶつぶつ呟いているので、ハートは首を傾げて見ていた。


 


 大通りから入った一本裏に、石造りの飲食店が並ぶ一角。


その中に大きな両開きの扉を持つ、落ち着いた高級感のある外観。ハートが勤めているという店は、昨日訪れた湯屋のすぐ近くにあった。


「飲食店?」


には見えない。看板もないし、人の出入りもない。


「あー、この時間はまだ営業していないんです」


ハートはそう言いながら、店の裏手に回る。


 そこから湯屋はすぐ目の前だ。


湯屋の入り口には目印である大きな門があり、その横に馬車を停めるための広場があった。


昨日のうちに事情を説明して、ハートはトラットたちとそこで待ち合わせをしている。




「こんにちは」


緊張した犬の少年獣人のトラットと、


「ん、来たか」


剣術の師匠であるさいのような獣人で、禿げ頭のサイガだ。


「よろしくー」


タミリアは片手を上げて気さくに挨拶をする。


 サイガがタミリアの腰の剣に興味を持ったようだ。


「見せてもらえるか?」


「ああ、いいですよ」


鞘ごと外して渡す。先日のギードの短剣もそうだったが、実に見事な細工である。


「ふぇ、きれいだねえ」


ハートとトラットは美しい鞘に見とれる。


しかし、すらりと抜いたその抜き身にもほれぼれとするほどの美しさがあった。




「これは、ミスリルか」


「みたいねー」


薄い青に光る剣を熱心に見ているサイガに、のんびりとタミリアが答える。


「ミスリルって、珍しいの?」


ハートの言葉にタミリアが答える。


「私はよくわからないんだけど、ギードさんが魔法を使う剣士が使う剣だよって」


魔法剣士であるタミリアの剣には攻撃力はあまり重視されない。


魔法との相性、如何いかに付与される魔法に耐えるかが問題なのである。


「そうか。あんたも記憶が無いらしいな」


サイガは名残り惜しそうにタミリアに剣を返す。


「そそ。だからなるべく以前の生活と同じようにしてたほうがいいって」


愛用の剣なので手放さないようにと言われている。



 

 剣術の鍛錬が始まった。


サイガはタミリアの姿勢、女性らしからぬ硬そうな手を見てすぐに「慣れている」ことに気づく。


トラットとハートにいつもの素振りや筋肉を鍛える運動を言いつけ、タミリアに模擬用の木剣を渡す。


「なあ、お手合わせ願えるか」


「いーよー」


うれしそうにタミリアが応じた。


 いつも稽古をしているのは朝食前だが、今日はタミリアとの待ち合わせで遅くなった。


店に住み込んでいる従業員がそろそろ起きだして、窓から顔を覗かせている。


「なんだありゃ」


かんかん、と打ち合う木剣の音。


「サイガさんが押されてるな」


「白狼先輩」


いつの間にかハクローも店から出て来て、ハートたちの近くで見物している。




 元兵士であるというサイガは、その固い皮膚が鎧の代わりとなっている。


腕力があるので一撃が重い。


しかし、タミリアはするりとその剣を避け、何度も同じ所を狙って来る。


ふたりが時間を忘れ何度か打ち合う内に、周りに人垣が出来ていた。


「まいった」


サイガが木剣を取り落とし、タミリアに降参する。


「え、もう?」と、タミリアはきょとんとしている。 


「でも楽しかった」


そう言って笑うタミリアに周りの見物人から声が上がる。


「すごいな、お嬢さん。あのサイガをやっつけちまった」


「おい、そこ。変なこと言いふらすんじゃねえぞ」


笑い声やタミリアを褒めたたえる声が聞こえる。


いつの間にか数人程度の獣人に囲まれていた。




 タミリアはその人垣を抜け、一人の男性に近づく。


「見てた?」


「うん。さすがタミちゃん。相変わらず強いね」


いつものようににっこりと笑い、ギードはタミリアに汗を拭う布を渡す。


ギードは気配を消していたが、やはりタミリアには気づかれた。


「ギードさん、来てたんですね」


ハートも人垣から出てふたりの側に来た。


「ええ。温泉というものを見せていただきたくて」


「そうでしたね。わかりました。聞いてきます」


ハートが湯屋に入って行った。




「ついでに入ってく?。おっきなお風呂」


タミリアが湯屋を指さす。


「中は男女で分かれてるよ」


タミリアがそう言うと、ギードは彼女の顔を見ながら呟く。


「へえ、そうなんだ。それは残念だ」


その言葉にタミリアは何故か少し赤くなった。


 ハートが戻って来て、ギードに湯屋の若旦那を紹介した。


「ユールってもんだ。親父がこの湯屋を経営してる」


灰青色の毛並みの、猫のような獣人の若者だ。


「色々教えてください」


ギードが手を差し出し、ふたりが握手をする。




 湯屋は残念ながらまだ営業している時間ではない。


そのほうが都合がいい、とギードは女性用の風呂場や着替える部屋も見せてもらえた。


「なるほど、男性用と女性用ではやはり雰囲気が違いますね」


「ああ、置いてる小物も多少変えてる」


商売人の会話だった。


 裏へ回ってお風呂の温度を調節している場所も見せてもらう。


建物の中に大きな水槽がある。


「地下から熱い湯が上がって来る。あんまり温度は高くねえが、たまに冷たくなったりするんだ」


雨上がりなどは特に注意しないと急に温度が下がったりするそうだ。


ユールはこの水槽に一旦お湯を入れ、そこの温度が変わらないように調整して、店の浴槽に回している。


「お湯の出口に魔石がありますね。汚れ落としですか」


「そうだ。湯以外の泥とかが混じらないようにしてる」


ギードは頷きながら興味深そうに話を聞いている。


「家庭用の温泉も楽しみですね」


ギードたちはユールにお礼を言って湯屋を出た。




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