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二日目の昼・借家


 ハクローを先頭に大通りの、緩やかな坂道を上る。


ギードはその後ろをタミリアと共に歩き、ハートはその後ろにちょこまかと付いて歩いている感じだ。


ある程度上がったところで、枝道に入り、町の外れへと向かっていく。


静かな住宅地の、まだ新しい空き家の前で一同は立ち止まる。


「こちらが候補の一つです」


「なるほど、綺麗な物件ですね。でもまだ周りに家が多いな」


「そうですか。では次へ向かいましょう」


ハクローとギードは再び歩きだす。




 ハートは、たたたと早足でハクローの側へ駆け寄る。


「先輩、これは一体どういうことですか」


小さな声で訊ねる。


「昨日、家を借りたいと申し出があった。それだけだ」


「え?」


どんどんと郊外に出て、周りに家が少なくなっていく。


「だからって、なんで先輩がこんな商人のような真似を」


貸家の案内なら使用人か担当の商人が相手をするべきだ。


「ばかやろう。相手はエルフ様だぞ。何かあったらどうするんだ」


日頃、山の神殿で手伝いをしているハクローは、神の代理であるエルフの怖さを知っている。


力があるということは、気まぐれで弱者をどうにでも出来るということだ。


領主一族であるハクローにすれば、獣人の商人に任せておけない。


住人や町に被害が出てからでは遅いのだ。




「ここなどいかがでしょうか」


何軒か回ったが、ギードにすれば二人暮らしには大き過ぎたり、周りの目が気になったりでなかなか決まらない。


難しい注文にハクローもため息を吐く。


「本当はお薦め出来ない家なんですが」


最後だと言って案内したのは、うっそうとした雑木林の中にあり、本当に周りには何もない。


元はきこりの夫婦が住んでいた家で、絶対不便だというのがわかるくらい町から遠い。


「うん、いいな」


木々の緑が濃く、エルフの耳には小川の水音も聞こえる。


ギードは初めて中への案内を頼んだ。


 町中の石造りの家と違い、樵の家らしく頑丈で良い木材を使って造られている。


平屋で、部屋は広い居間と食堂、台所が一部屋になっており、寝室と客間、あとは風呂場がある。風呂場といっても大きな水瓶が置いてある程度だ。


「お手洗いは外にあります」


ハクローが窓から外を指さした。こじんまりとした小さな物置が見える。




 町の汚水事情は、すべて魔道具で処理されていた。


各家庭や店ごとに汚物処理の魔道具が配布されているそうだ。


「この家はそれが無いんです」


申し訳なさそうにハクローが言うと、ギードは、


「自分が魔法を使えますから問題ないですね」


と、こともなく言った。


そうだった、とハクローは小さく呟いた。


 以前、ここにいた樵の夫婦は幼い子供を亡くした。


それ以来、神を信じなくなり、この小屋に籠って生活していたらしい。


「魔道具は神殿が管理しておりまして、回収して修理や魔力の注入も請け負っています」


神を信じないということは神殿とも決別したのだろう。


魔道具や神殿を拒絶した夫婦はその後どうなったのか、ハートは何故か背筋が寒くなった。


「家の中にあるものはご自由に使っていただいて結構です」


ギードはこの家を借りることを決め、ハクローと値段の交渉に入ったようだ。




 ハートは家の中をうろうろしているタミリアの側へ行った。


「タミリアさんはここでいいんですか?」


「んー?。私はどこでもいいよー。だって家事するのは彼だし」


先ほど見た朝食の支度は手馴れていたし、掃除も魔法を使うとギードは言っていた。


タミリアは美味しい食事と眠れる場所があればそれでいいよと言う。


女性らしからぬ男前の発言にハートは顔が赤くなるのを感じた。


「タミちゃん」


ギードが呼んでいる。


「自分はこれからこの家の補修と掃除をやりたいから、夕方までハートさんと遊んで来て」


ギードはじゃらりとお金の入った袋を、何故かハートに渡した。


「わかった」


タミリアはハートの腕を掴んで、


「お腹空いたー。何か美味しい物、食べに行こう」


と、外へ連れ出した。


「あ、はい」


外にはハクローもいて、すでに一緒に町へ戻ることが決まっていた。


ギードは玄関先で、三人に向かって「いってらっしゃい」と手を振った。




 やはり町中からはだいぶ離れている場所だった。


それでもタミリアは平気そうに歩いている。


ハクローがお薦めの店に連れて行ってくれて、食後にその店の前で別れた。


「さて、夕方までどうする?」


タミリアがどこか面白いところはないかと聞いて来た。


「あー、面白いかどうかはわかりませんが」


ハートは彼女を知り合いの湯屋へ案内することにした。




「お風呂は入られますか?。この町は温泉が沸くんですよ」


「温泉?」

 

「はい。ちょっとぬるめですが、湯船に浸かれる大きなお風呂があるんです」


「大きなお風呂ー」


タミリアがうれしそうな顔になった。


ふたりで湯屋の前に到着して、ハートははたと困った。


「あー、女性と男性で中が分かれているんです。タミリアさん、一人になっちゃうな」


「私なら平気だよー」


とは言うが、何かあればギードに申し訳ない。


ハートは休憩所に向かい、自分の友人であるこの湯屋の若旦那の奥さんを探した。



 ぱたぱたと足音がして、いつものように小さなかわいい獣人の若妻が通りかかる。


「モモンちゃん」


ハートが声をかけると、友人であるその若妻獣人が笑顔でやって来た。


「こんにちは、ハートさん。お元気でしたか」


嵐の後、何かあるのではないかとずっと気にしていたそうだ。


「はい、今のところは」


ハートはそう言いながらちらりとタミリアを見る。


モモンも珍しい人族の女性を見上げる。


「こんにちは」


「はい、いらっしゃいませ」


女性というのは総じて、小さくてかわいいものが好きだ。


タミリアはかわいいかわいいとモモンの手を握り、頭を撫でる。


少し困ったモモンだが、一言二言、話しをしただけで彼女が大らかな性格で悪気がないことはわかったようだ。


ハートと同じように浜辺に打ち上げられ、記憶が無いと聞いて同情したのかも知れない。


 モモンに付き添ってもらってお風呂に入ったタミリアは、しばらくしてほかほかになって出て来た。


休憩所で待っていたハートはその笑顔にほっとした。



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