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呪縛かくれんぼ〜前篇〜

短編ホラーの前篇です。

まだまだ未熟なので、ぜひご感想などを頂ければ嬉しいです。

また、YouTubeでは【キューブリック・ムービー】というチャンネル名で活動しているので、そちらも是非ご覧ください。

「わたしを みつけたら、ココから だしてあげるね」


黄色いポシェットを提げた蒼眼の少女はそう言って、薄暗い廊下を駆けて行く。

腰まで伸びた金色の髪をなびかせながら。


「これまでのことは全てお前の仕業なのか?」


物部秀夫は去っていく少女にそう問いかけたが、突然降り出した雨の音がそれを虚しくかき消す。

そして、彼は一緒にこの廃墟に入ったナカムラとただ立ち尽くすだけであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ねぇ。この近くに肝試しスポットがあるの知ってる?」


S県O郡S町の田舎道を運転中、助手席に座っている幼馴染みのヒナコが突然そう言い出した。

窓が開いているため、ヒナコのよく手入れされた長い黒髪がなびく。

ヒナコはよく自分の顔を「昭和顔」と皮肉ったが、成人式に着ていた和服がよく似合う、いわゆる美形の顔立ちであった。


そんなヒナコと出会って二十年近くなるが、今までそんなオカルトめいたことを彼女の口から聞いたことがなかったため、俺は少し驚いた。


「ヒナって、そんなの好きだったっけ?」

と、ナカムラが後部座席から顔をのぞかした。

「だよな。今までお前の口から一回も聞いたことねぇよ」と俺も同調する。


「ホラッ。そこ。ヒデくん」

俺はヒナコが指示する場所に車を停めた。


運転席の窓を開けて、俺は目の前にそびえ立つ山を見上げた。

陽はまだ高い位置にあるというのに、麓は薄いカーテンに包まれたような暗さであった。


この山は「オソロシ山」といって、この辺りに住む人間は決して近寄らない。

というのも、山の麓は樹海となっており、幾人もの人たちがここで行方不明になっている。

そのため、数年前からこの地は立ち入ることすら禁止されていたのだ。


「ヒナ! ここはマズイって」

ナカムラは樹海の入り口へと続く階段をてくてく昇るヒナコを呼び止めた。

ヒナコは数段昇った場所で振り返り、

「ナカムラくん、ひょっとしてビビってる?」とあどけなく笑い、天衣無縫さを身にまとった彼女は樹海へ入って行く。


「ヒナコ待てよ!」

俺はナカムラに顎で「ついて来い」と合図して、彼女を追いかけた。


ヒナコに追いつくまではそう時間はかからなかった。

ぬかるんだ道無き道を楽しそうに先導するヒナコが不意に立ち止まったからである。

彼女の目の前には、そびえ立つ赤褐色の錆びついた門。


「ここよ。有名な肝試しスポットは」

ヒナコはバスガイドのように右手で門の奥にある二階建ての洋館を指した。

頭から血を被った赤黒いレンガの屋根、ツタをその身に纏った黒ずんだ壁は、それが廃墟であることを物語っていた。

所々割れた窓からは、くすんだレースのカーテンがゆらゆらと手招きする。


「ここは危ないからもう戻ろうぜ」

肩で息をするナカムラに俺は賛成だった。

別に「廃墟に入るのが怖いから」とかではない。

陽の光すらまばらなこの薄暗い樹海にこれ以上いると、「本当に遭難してしまうのでは」と感じていたからである。

スマホの《圏外》表示が俺をさらに焦らせていた。


ゴネるヒナコの腕を引き、いま歩いて来た道を引き返すことにしたのだが、樹海の入り口からほんの少ししか歩いて来ていないのにも関わらず、中々それが見えてこない。

気づけばヒナコが示す《肝試しスポット》に辿り着いてしまった。


生い茂る木々の隙間からのぞかせる曇天となった空に焦りを感じつつ、再び入り口を目指すが、「また廃墟……」と、目の前に姿を現わす洋館に俺は肩を落とす。


「おい、ヒナ。お前のせいで迷っちまったじゃねぇか」

とうとうナカムラの堪忍袋の緒が切れた。

俺は「まずい」と思い、ナカムラをなだめる。


「うるせぇよ、ヒデ! 元はといえば、お前がヒナの言うがままに、こんな所に車を停めるからだろ」

ナカムラは矛先を俺に向けた。


「イライラしてても何も解決しないだろ! 落ち着けよ」

俺もつい口調が荒くなる。

ナカムラは俺の胸ぐらを掴み、

「俺はこんなトコに1秒もいたくねぇんだよ!こうなったのもお前らのせいだからな」と俺を突き飛ばした。


こいつは昔からそうだった。一度キレたら収拾がつかない。

小学生の頃、ナカムラが同じクラスのホソダと喧嘩した時もそうだった。

俺は何度も仲裁しようとしたが、ホソダが運動場に倒れ込むまで殴り続けた。


でも、この状況で殴り合いの喧嘩をしている場合じゃない。

日が暮れる前にこの樹海から抜け出さなければ。


しかし、そんな俺たちをよそ目にヒナコは錆びた門をじっと見つめている。

「ヒナ! いい加減にしろよ!」

ナカムラの目が血走る。

このままでは、ヒナコがナカムラに殴られる。


そう思った俺はナカムラの腕を掴み、

「こんな目に合わせてしまって、ホントごめん。申し訳なく思ってるよ。だから、三人で早くここから出よう。頼むから、冷静になってくれ」と懇願した。


尻もちをついたままの俺をナカムラはじっと睨む。

俺の思いが通じたのか、徐々に冷静さを取り戻し、

「……わかったよ」

そう言って、ナカムラは俺の手を取った。


俺が立ち上がると、「あれ? ヒナは?」とナカムラは辺りを見回した。


「ヒナコがいない」


俺が洋館に目を遣ると、ちょうど扉がゆっくり閉まっていくところであった。

俺たちは、ヒナコを追ってしぶしぶ中へ入ることにした。


薄暗い館内は息苦しさを感じるほどに湿気に満ちていた。

玄関に敷かれた真紅の絨毯には所々コケが生えており、それはどこまでも続く廊下とともに闇へと伸びている。

右手には二階へと螺旋を描いた階段があるが、手すりはすでに朽ちていた。


「ヒナコ!」と何度か呼びかけてみるが、虚しく反響するだけ。


「どこ行っちゃったんだろ?」

俺はナカムラの方に振り向くが、ナカムラはうつむいたまま。

唇は小刻みに震えている。

不審に思い、「おい、どうしたんだよ?」とナカムラに近づこうと一歩踏み出そうとした時だった。

履いていたズボンの裾が不意に引かれ、足元に目を遣った。


「うっ」


抑え切れない恐怖と共に声が漏れる。

そこには、小学生ほどの背丈の少女が俺のズボンの裾を掴んでいたのである。

少女の手から逃れようとするが、身体がいうことを聞かない。

俺はうつむいた少女の美しい金色の頭部をただ見ることしか出来なかった。


「うぐぐッ」

俺は力一杯「離せ」と叫んでみるが、声にならない声が漏れるだけ。


「あそぼ」

少女はうつむいたまま俺に言った。


「ねぇ。わたしとあそぼ」

そう言うと、少女は俺に蒼く澄んだ瞳を向けた。


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

ナカムラは独り言のように繰り返す。


「あのおねェちゃんはね。わたしとあそんでくれるってね。いってくれたもん」

頬を少し膨らませた少女は、肩から提げた黄色いポーチをまさぐり一枚の紙を取り出す。


「ヒナコ?」

少女のいう「おねェちゃん」がそうだと俺は直感した。


少女は俺たちの返答を待たず、紙を両手いっぱいに広げて言った。

「今からわたしはある場所に隠れます。おにィちゃんたちはわたしを探します。わたしを見つけたら《みィつけた》って言います」

そう言い終わると、少女は紙を再びポーチに入れた。


「でね。《たいむりみっと》もあるの。それはね……」

少女の口角がグッと上がる。


「おねェちゃんが しぬまでだよ」


「何言ってる? お前は何なんだ?」

俺は少女に向かって手を伸ばすが、

「わたしを みつけたら、ココから だしてあげるね」と言い残し、薄暗い廊下を駆けて行く。

腰まで伸びた金色の髪をなびかせながら。


「これまでのことは全てお前の仕業なのか?」


俺は去っていく少女にそう問いかけたが、突然降り出した雨の音がそれを虚しくかき消けす。

そして、俺は一緒にこの廃墟に入ったナカムラとただ立ち尽くすだけであった。


しかし、疑問だらけのこの状況に確証できることが一つある。

「ヒナコの命が危ない」


額から滴り落ちる汗が、この怖ろしい《あそび》の始まりを告げた。

(中篇へつづく)

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