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竜の卵が孵るとき [ラグナノール戦記1]   作者: 猫吉
終章 はじまりの物語
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第1話

 書類が紙吹雪のように空中を舞う。窓をぴっちり締め切った室内ではあり得ない突然の突風に、しかし、室内の誰一人として、それを驚く者はいなかった。


「シオーン、大変、大変ーっ!」


 突然、巻き起こった風の乱流の中から、光の紋章陣が浮かび上がり、そこから一人の青年が姿を現した。職務を無理矢理中断させられた書記官たちは、彼の姿をちらりと見止めると、慣れた手つきで黙々と書類をかき集め、冷静に仕事を再開した。この一ヶ月もの間に、新光皇の不可思議な力と無軌道な行動を見せつけられてきた彼らは、もともとジャドレック特有の武人気質も相まってか、すっかり動じなくなっていた。

 ただし、彼らが主と仰ぐ王太子だけは、それに妥協する気は、これっぽっちもなかった。


「……ラグ、ここをどこだと思ってるんだ?」

「え、えーと、王太子執務室?」

「ほおお、さすがは光皇陛下、よーくご存じでいらっしゃる」


 瞳を半眼に細めた爆発寸前のシオンに、無軌道を地で行くさすがのラグも、息を飲んでたじろいだ。


「てめえ、何度言ったらわかる!ここに直接来ないで、手順ってものを踏んで、入口から入って来いといってるだろうが!」

「だって、面倒臭……って、痛い、痛い、痛ぁぁあいっっ!」


 ごつん、と最初に鈍い衝撃があり、そのまま置かれた拳に圧をかけて頭をごりごりとやられた光皇が悲鳴を上げる。

 書記官たちは押し隠せなくなった笑いを懸命に堪えた。王太子と光皇は、見た目はほぼ同年代の青年同士に見える。それなのに、この二人のやり取りはどう見ても、躾に厳しい父親と、悪戯をして叱られている小さな子どものそれにしか見えないのだ。光皇の突飛な行動には慣れさせられた彼らも、このなんとも奇妙かつ微笑ましいやり取りには、いつまで経っても慣れることができないでいた。


「……こんなとこ、父親に似なくてもいいのになあ」

「なに、わけわかんないこと言ってやがる」


 頭を擦りつつ、小声で何事かをぶつぶつと呟いているラグと、笑いを堪える書記官たちとに、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、シオンはラグを隣室へと招き入れる。


「……で、そっちは、少しは落ち着いたか?」


 現在、ノルティンハーンは、ジャドレック王都ホルデアーク近郊の上空を周回している。長い間、主が不在であったために廃墟に近い状態であることと、先のゼフィアス戦での破損を含めた修復をする必要があったし、何より、シオンの養父、ジャドレック国王ヴィルカノンが世界の各国に対応する外交窓口となることを快く引き受けてくれたことが大きな要因だった。


「うん、獣の子らの里の人たちとか、ジャドレックの職人さんたちのおかげでね。……でも、光皇の塔の修理が一番大変みたい。シオンが大分派手に壊したしね」

「……壊したのは、俺だけじゃねえだろ。こっちだって、大神殿、壊されてんだぞ」


 ああ、そうかぁ、と呑気に笑うラグに、シオンが不機嫌そうに唸る。


「今は、とりあえず、気候を安定させることに専念するよ。精霊力が不安定になっちゃってるせいで、あちこちに異常気象が起こってるしね。魔獣の方は……。かなり増えちゃってるけど、まあ、気長にやるしかないね。各国からは後二、三人聖天騎士を任じられないかってせっつかれてるんだけど、ゼフィアスの件もあるし、それは難しいから」


 それに……、と、言いかけたラグは口を噤んだ。その少々沈んだ表情に、シオンは気づかない。


「まあ、あんなに忠誠心が強すぎてもなあ。ディセルバみたいにのんびり構えてる奴で、ちょうどいいのかもな。……でも、まあ、お前、中身はガキのまんまかと思って心配してたら、意外とまともなこと考えてんだなあ」

「あっ!また、ひどいこと言った!」


 ぷくう、と頬を膨らませ、端正な顔に似合わぬ子どもっぽい表情を作ったラグに、シオンが、ぶは、と吹き出すと、ラグも一緒になってくつくつと笑いだした。そうして、二人がひとしきり笑っていると、少年特有の高い声とともに、シオンの弟、ジルナーシュが顔を出した。


「兄上、光皇陛下がいらしてるって…………ラグ!」

「やあ、ジル!久しぶりだね!」

「やっぱり来てたんだ。元気そうだね」


 挨拶もそこそこに、ラグの横に座り込んだジルナーシュが上機嫌に笑った。シオンの査問会の一件で知り合った二人は、いきなり青年の姿になってしまったラグに、当初ジルナーシュが大分戸惑っていたものの、今も変わらず仲の良い友人として続いている。


「……で、最近、降りてこなかったのに、今日はどうしたの?」


 友の言葉に、ラグはここに来た当初の目的を思い出し、がたんっ、と椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がった。


「ああっ!そうだよ、忘れてた。大変なんだよ!」

「何がだ?」


 シオンの問いに、ラグは彼を見、それから、天井を仰いで悩むように首を捻り、続いて、再び、椅子に座ったかと思うと、ちらちらとシオンに視線を投げかけながら、ジルナーシュの耳元にぼしょぼしょと何事かを語り始めた。ジルナーシュはそんな挙動不審なラグの話を、時折、相槌を交えながら聞いている。


「おい、お前ら、何の話を……」

「と、言うわけで、ちょっと、シオンをお借りします!」


 自分を除け者にして話をしていたかと思うと、ラグはシオンの言葉さえ遮っておもむろに立ち上がって宣言し、シオンの腕をひっつかむと、彼を引きずって応接室を出、書記官控える執務室の扉に手をかけた。


「おい、ちょっと、待て!説明なしかよ!」


 強引なラグに慌てるシオンに、ジルナーシュがにこにこと愛想良く笑って手を振った。


「兄上、頑張ってくださいね」


 だから、何の話だ!叫ぼうとした彼の声は、空間転移術の発動で生じた突風によってかき消された。虹色の不可思議な光の紋章陣の中に、王太子と光皇の姿が消えたと同時に、突風も止み、空中に舞った書類が、ひらりひらりと床に舞い落ちてくる。

 二人が消えた方向に向かって、にこにこと手を振り続ける弟王子を背に、書記官たちは黙々と書類を拾い集め始めた。











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