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竜の卵が孵るとき [ラグナノール戦記1]   作者: 猫吉
第五章 竜の卵が孵るとき
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第5話

「すげえ……」


 聖天の城ノルティンハーンを前にして、シオンはその威容に感嘆の声を上げた。巨大な円錐形をした浮き島の上部は、ほぼ正確な円形の大地の中央にすらりとした白亜の巨大な塔が周囲の六つの塔を従えるようにして聳え立ち、さらにそれらを取り囲むようにして城壁と巨大な四つの門が存在し、その外側には城下町のような石造りの建造物群と田園が放射状に広がっている。

 六つの塔はそれぞれ自然を司る六つの精霊を象徴し、中央にある白亜の塔が光皇の居城なのだと、シェリルが説明をする。それを横で聞きながら、シオンは感心しきりである。もっとも、六百年もの間、主どころか住民すら不在であったため、そここに植物の浸食や倒壊の跡なども見受けられたが、それでもその威容は少しも損なわれてはいない。

 どことなくジャドレック王都ホルデアークにも似ているのは、ここを真似たものかもしれないな。そんなことをシオンは呑気に考えていた。


「名前からして城だけがあるのかと思ってたら、こりゃあ、小さいが立派な王国じゃないか」


 同じく感心しているディセルバの感想に、シェリルがぽつりと呟く。


「……誰もいない国なんて、お墓と一緒よ」


 彼女の重たい一言に、はしゃいでいたシオンとディセルバは押し黙った。ここには、六百年前に死んでしまった主君の死を認めることのできない、最凶の墓守が彼らを待ち構えているのだ。


「ディセルバ、あそこに降りて」


 シェリルが指し示す、すらりと優美な白亜の塔の中ほどにある広いテラスに、彼らは降り立った。そこは、騎獣の発着場らしく、手すりなどが多少痛んではいたが、長き歳月を経たとは思えぬほど、石組みは強固で頑丈そうに見えた。


「なあ、シオン」

「ん?」


 辺りを物珍し気にきょろきょろと見回しているシオンに、翼竜姿のディセルバが頭上から声をかける。


「奴に遭っちまう前に、戦力の確認をしておきたいんだが……」


 うん、そうだな。頷きはしたものの、言い澱むディセルバの口調と渋い表情から、あまり良い予感がしない。


「俺はこいつの力、雷と炎の術力を使役できる。それと傭兵としてやってきた経験かな。……が、言いたくはないが、奴の方が数段上だ。奴は元術士だった。精霊術全般はもとより、この気の遠くなるような歳月の間に武術にも磨きをかけてきた」

「……うわあ、なにそれ?精霊剣士?それとも、精霊闘士っての?そんなのありかよ」


 昨今の術士のほぼほとんどが、どこかの王国や大祭殿の管理の許で生活している。普段は安全な都市に囲われ、戦に出るといっても、その貴重さゆえに後衛に控えるのが常だ。術士が武術や剣術を学ぶくらいなら、もっと精霊術の研究に精進しろと言われるのが、今のルオンノータルの風潮だ。だからこそ、精霊術を使う剣士など、今、この世界には存在しない。

 存在しないはずの存在に、どう対策をしろというのか。


「……それと」

「まだ、あんのか⁉」

「……ああ。これは推測なんだが、普通の聖天騎士は、一人の人間と一頭の魔獣との融合体だが、さっきの手合わせで、あいつ以外の複数の魂の力を感じた。おそらく、この六百年の間に、優秀な人間だか魔獣だかを喰らって、再融合でもしてるんじゃないかと思うんだよ」

「……やばいなあ、無敵ってことかよ?俺も神剣取られちまってるから、決定打に欠けるし、どうするか」


 眉間に皴寄せて考え込んでいるシオンの耳朶を、ディセルバの警告が打つ。


「おい、噂をすればなんとやら、だ。奴がこっちに気づいたようだぞ」

「ええ?ちょっと、待て、心の準備が……」


 その時、城のどこかから彼らの耳に、ロセッタの絶叫が伝わった。


「ロセッタ!先に来てたのか!くそっ、おい、シェリル!ここは俺たちが足止めする!その間に、ラグを助けてこい!いいな!」


 シオンの言葉に、シェリルは強く頷いた。そうして、ディセルバとともにゼフィアスのところへ向かおうとする彼に、彼女はたたっと駆け寄った。


「シオン!」


 彼女の呼びかけに振り返った彼の頬に、柔らかい彼女の唇が触れた。シェリルの唐突な行為に、キスを受けた当人のシオンだけでなく、ディセルバまでもが目を丸くした。


「…………!」


 火を噴きそうなほど赤い顔をして、酸欠の魚みたいに口をぱくぱくさせるシオンに、シェリルは軽く片目を瞑ってみせた。


「二人とも、あたしが戻るまで、無茶しちゃだめだからね!」


 ひゅ、と光と風が軽く交錯し、空間転移術を駆使した彼女が消えた場を、しばし、ポカンと眺めていたシオンを、ディセルバが早速からかう。


「さて、と。参りましょうか、色男の王太子殿下」

「てめえ、喧嘩売る気か!」


 今度は怒りに頬を赤く染めて憤然とするシオンの声が終わらぬうちに、彼らの横の壁がガラガラと音を立てて崩れ落ち、その穴から風の精霊力である見えざる真空の刃が襲いかかった。


「まず……っ!」


 予期していなかった不意打ちに、シオンは受け身も取れずに突っ立ったままだ。


「シオン!」


 ディセルバの叫びに、シオンは痛みを予測して目を瞑り、姿勢を落として身を固くする。が、真空の鋭い刃は、彼の体を切り裂こうとする寸前に、ふわっと柔らかなそよ風に変化して彼の体をすり抜けた。


「あれ……?」


 絶対、直撃だと思ったのに。傷一つ負うことなかった自分に首を傾げるシオンに、同じように首を傾げるディセルバが、あ、と声を上げた。

 先ほど、シェリルの唇が触れた彼の左頬に不可思議な紋様が、淡い光を帯びて浮かび上がっているのを見つけたのだ。

 先制攻撃に続けて、石壁の奥から現れたゼフィアスが、紋様の意図に気づいて大きく舌打ちする。


「精霊抗術呪紋……か!小娘のくせに、味な真似をしてくれる!」


 精霊抗術呪紋は精霊術を無力化する、精霊紋章術の数ある体系の一つである。すべての属性を防げるわけではなかったが、シェリルはシオンに、それでもできるだけの支援を施していったのだ。


「いいなあ、俺にはなんでしてくれなかったんだろ」

「……お前、最強の天然鎧を纏ってて、それ以上、まだ頑丈になる気かよ」


 二人は軽口を叩きながら、油断なくゼフィアスとの間合いを測る。黄金の翼竜の姿をしたディセルバが、爛々と朱金の眼を輝かせながら、彼を睨みつけた。


「ご自慢の精霊術が、これで半減したぜ。さあ、どう出る?」

「雑魚がいくら足掻こうと、雑魚であることには変わりがない。違うか?」

「言ってくれるじゃないか……!」


 ぐばあっと大きく開いたディセルバの顎から高温の竜炎が猛烈な勢いで吐き出され、ゼフィアスの体を瞬時に包み込む。が、それをあっさりと寸前で躱した彼は、空間の切れ目を作り、その中に手を突っ込むと、奇妙なものを取り出した。


「てめえ……、それは……!」


 恐れか、怒りか、それを見たシオンの剣を持つ右腕がカタカタと揺れた。


「そう、君の腕だよ」


 平然とそれを持ち上げたゼフィアスの手には、神剣を握りしめたままの状態で血の気を失い、青褪めたシオンの切断された右腕があった。


「……何をするつもりだ。神剣は剣帝の血を継ぐジャドレック王家の者しか使えないぞ」

「こうするんだよ」


 ゼフィアスは、額に汗を滲ませるシオンをせせら笑いながら、自らの腕をすとんと切り落とした。


「「な…………っ⁉」」


 ごとり。

 

 シオンとディセルバの驚愕の声と、乾いた音が床を叩く音とはほぼ同時だった。いや、腕の落ちる音の方が、やけに大きかったように思えた。

 ごくり、と息を飲む二人の前で、痛みなどまるで感じさせない涼しげな顔で、ゼフィアスは術を行使し続けた。綺麗な切り口に、ピタリとシオンの腕をあてがう。すると、土の高位精霊力「治癒」が急速に彼の腕を癒し、シオンの腕をゼフィアスの新たな右腕と成していく。

 信じがたい光景に、シオンの背中を冷たい汗が伝う。しかし、次の瞬間、彼の体は無意識のうちに培った本能に支配された。


「ディセルバ!伏せろぉッ‼」


 神剣の刀身に皓々とした白光が満ち、鍔の宝玉に紫の淡い光が立ち昇る。剣が起動してしまったことを本能で悟ったシオンは、次に来るであろう衝撃波を意識して、倒れるようにして床に伏せた。ディセルバも、シオンの警告に尋常ならざるものを感じたが、巨体に変化していたがゆえに、どうしても反応が一歩出遅れる。ゼフィアスはその隙を逃さず、剣の衝撃波がディセルバを襲った。


「ぐわあああああっ!」


 右の翼を皮膜を支える骨ごとざっくりと切り裂かれた彼は、苦悶の咆哮を発した。


「ディセルバ、こっちだ!」


 不利な体勢を立て直そうと、分厚い石扉を持つ部屋に目をつけたシオンは、そこに半ば飛び込むようにして駆け込んだ。同じく飛び込んできたディセルバと協力して分厚い石の扉を慌てて閉じる。

 ガコォン。重い音をさせて閉まった扉を、一時の盾代わりとして、彼らはなんとか一息をついた。


「やべえ、なんだよ、あれ。人の腕を盗むって、反則だろうが。ディセルバ、大丈夫か?」


 だらん、と上半分を切断されかけてぶら下がった右の翼を眺めるディセルバは、不満そうにため息のような唸りを上げた。


「……なんとかな。奴が魔獣化して空中戦にでもなったらまずいが。シオン、神剣なんとかならないか?あんな物騒なものぶんまわされ続けたら、ものの数分ともたないぜ」

「うーん。使えること自体、想定外だったからなあ」


 シオンは眉間に深く深く皴を寄せる。そうこうしているうちにも、背後から物凄い爆音と振動が伝わってくる。頼りにしている石扉が粉砕されるのは、もう時間の問題だろう。考えあぐねた彼は、ふう、とため息を吐き出すと、頭をくしゃくしゃ掻こうとして、ぴたりと右手を止めた。


「どうした?痛むのか?」


 再生された右腕をじっと凝視し続けるシオンに、ディセルバが竜の頭をゆらりと傾ける。


「ディセルバ、ちょっと、耳を貸せ」


 未だ己の腕を凝視しつつ、シオンはディセルバに手招きをした。











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