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竜の卵が孵るとき [ラグナノール戦記1]   作者: 猫吉
第五章 竜の卵が孵るとき
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第1話

実質的な最終章、開幕です。キリが悪いので、2話連続投稿します。2話目は1時間後に投下予定。

 部屋の斜め側面一面に透明度の高い貴重な硝子を張り巡らせたサンルームに、真冬の寒さを柔らかく打ち消す、穏やかな小春日の陽射しが差し込んでいた。

 彼を呼びつけたその人は、薄絹の紗幕に遮られて、さらに優しさを見せる陽射しの下で寝椅子に横たわり、彼の到着を待っていた。


「……よく来てくれた。忙しいのに、無理を言って済まない」


 彼の到着に気づいたその人は、穏やかな声で彼に労いの言葉をかけた。


「お加減はよろしいのですか?また、お痩せになったように見えます。無理せず、養生を……」

「今日はだいぶ加減が良い。あまり心配するな」


 体の心配をするあまり、ともすれば説教になりそうな彼の言葉を途中で遮り、寝椅子のその人は苦笑を返した。しかし、言葉とは裏腹に、その具合はどんどん深刻なものになりつつあるように見えた。ふと目を離すと消えてしまいそうな儚げな気配が、この人から付きまとって離れない。


「今日、来てもらったのは、他でもない。君に会わせたい人がいる」

「……?どなたですか?」


 その人は寝椅子の横に置かれた小卓の上から呼び鈴を取り上げると、それを軽く振った。ちりん、と小さくかわいらしい音が、静まり返った室内に心地良く響き渡る。その音を受けて、隣室から一人の少年が姿を現した。

 闇のごとき漆黒の髪に、翡翠の瞳が美しい十歳くらいの少年である。その姿は、目の前にいる彼の主君であるこの御方の少年の頃かと思うくらい、主君と少年は酷似していた。


(……ラグ!)


「この方は……?」

「次代の光皇となる方だ。……私の力はもう尽きかけている。この際、早めに彼に位を譲り、世界の混乱を収めなければならない」


 新光皇の誕生は、旧光皇の死を意味する。


「……今日は、君にお別れを言いたかった。聖天騎士として長きに渡り、私を支えてくれたこと、言い尽くせぬほど感謝している。私の死後、君を縛るものは何もない。どうか、後は、君の心のままに生きて欲しい」


 淡々とした口調で語る主君の言葉に、彼はただただ茫然とした。いつか来ると恐れていた瞬間が、とうとう訪れてしまった。彼は拳をきつく握り、唇の端をぎり、と強く噛みしめた。

 この世界は、不条理だ。ここまで身を削り血を吐くような思いをしてまで、世界を、人を慈しんできたこの御方を、なぜ、世界のためにと死に追いやろうとするのか。止めきれぬ憤りが煮え滾り、彼の心を支配する。

 その時、彼の氷水晶のような色彩薄い水色の瞳と、次代光皇たる少年の翡翠の瞳の視線が交錯した。主君と同じ翡翠の色でありながら、微妙に異なる光を湛えた瞳で見返す少年は、無邪気ににこりと笑う。


 光皇は、いつの時代も、唯一、唯一人。


(……やめて。お願いだから、そんなこと、考えないで) 


 彼の瞳に、ゆらり、と狂気が宿る。

 なぜ、こんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。


 これガいるカラ、この御方ハ、死なナクてはならナイ。

 コレヲ殺せバ、こノ御方ハ、死ナなイ。

 イツマデモ、死ナナイ。

 エイエンニ、シナナイ。


(だめ!やめて‼やめて!殺さないで‼)


「ゼフィアス⁉」

 

 光皇が彼の異変に気づいた時には、すでに事は終わっていた。彼の右手には、いつの間にか冷たく光る刀身が握られ、そこ先端からは真紅の滴が、ぽたり、ぽたり、と幾筋も滴り落ちる。そして、彼の足元には、何も言わぬ骸と成り果てた小さな少年が、血の海に横たわっていた。


「なんということを……!気でも狂ったか、ゼフィアス!」


 無残な少年の死体を前にして、光皇が今まで彼が聞いたこともないような、鋭い非難の声を浴びせる。が、それに対して、彼は笑う、くつくつといかにも楽しげに。


「……そうだ。そうだとも。なぜ、こんな簡単なことに、誰も気づかなかった」

「ゼフィアス……?」

 

 静かな笑いを続ける彼のあまりに狂気に満ちた不穏な様子に、光皇の足が無意識に一歩下がる。その踵にいつの間にか落ちていた呼び鈴が当たって、ちりり、と微かな音を立てた。

 笑いがぴた、と止んだ。

 焦点を失っていた水色の瞳が、すう、と光皇に視点を結ぶ。しん、と静まり返った室内に、光皇の、こくりと息を飲む音だけが、やけに大きく聞こえた。

 彼はおもむろに主君たる光皇の胸倉を乱暴につかんだかと思うと、その痩せた身体を強引に引き寄せる。


「なぜ、死ぬことしか考えない!あなたは死んではならない!こんな雛になど命をくれてやる必要などない‼」

「ゼフィアス……!」


 狂気に歪んだゼフィアスの顔に、光皇は初めて彼に対して恐怖を覚えた。長い歳月、どんな苦労もともに乗り越えてきた。子どもの頃から見守り、その喜び、悲しみ、すべてを知っていたはずの聖天騎士であり、愛しい養い子であった彼の心の内が、この時の光皇には、ついに理解することができなかった。

 呼吸することすら辛いのは、胸倉をつかまれているからなのか、心の痛みから発するものなのかすらも、光皇にはもうわからない。

 苦しげな光皇の瞳を見据えて、ゼフィアスは冷え冷えとした声で、非情な宣誓を行う。


「我が唯一の主君、ディスクード様。あなたを生かすためならば、千人でも、万人でも雛を屠りましょう」






「いやああああああっっ!」


 そうして、彼女・・はようやく悲鳴を上げることを許された。










 

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