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竜の卵が孵るとき [ラグナノール戦記1]   作者: 猫吉
第四章 狂王子の帰還
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第3話

 前日の雨は明け方には止んで、今日の空は薄っすら残る雲間に綺麗な青空が広がっていた。窓から差し込む陽射しが、つい沈みがちになる少年の心を励ますかのようにキラキラと輝いていた。

 朝の陽射しに誘われるようにしてテラスへと出たラグは、庭園へと続く道の方に見知った男たちの姿を見つけた。

 ラウルとベセルドである。声をかけようと口を開きかけた彼は、それを思いとどまった。なんだか、二人の雰囲気が、友好、とはかけ離れた緊張感のあるものに思えたのだ。


「ギー、おいで」


 後をついてテラスに出てきていたギーを呼んだ少年は、テラスから小道へと通じる階段を下り、ぴょこん、と緑の芝生の上に降り立つと、気づかれないように彼らの後を追った。

 小さな追跡者のことには気づいていない二人は、やがて、庭園内の小さな噴水池へと辿り着き、足を止める。


「こんなところに、わざわざ呼び出して、何の用だ」

「……お前、ディセルバだろう。なぜ、偽る?」

「俺はラウルだ。そいつとは、本当に良く間違われるんで困ってるんだ」


 いい加減うんざりしたように、ラウルはベセルドの問いを一蹴し、金色の髪をわさわさと掻き上げた。が、ベセルドはそれでは引き下がらなかった。元々厳しかった目つきが、ますます厳しい色を帯びる。


「確かに、似た人物、というのはいるかもしれん。が、果たして癖まで似るものなのか?……話に詰まったり、都合が悪くなって誤魔化そうとすると、そうやって髪を掻き上げるのは、ディセルバがよくやる癖だった」


 ピタリ、とラウルの髪を掻く手が止まった。すう、と細められた琥珀の眼が、気のせいか次第に黄金の輝きを宿らせる。剣呑な空気をはらみ、緊張がピリピリと張り詰めていく中、ベセルドが一気に剣を抜き放った。


「ディセルバは死んだ!それとも、それは偽装か?いったい、貴様は何の魂胆があって殿下に近づいた!……答えろ!」


 じりじりと間合いを詰める間、ベセルドはラウルの返答を待つ。が、彼は無言を貫いた。ついにベセルドがラウルに向かって鋭い斬撃を放つ。銀の残光が弧を描いて、ラウルの右肩に叩き込まれた。


「……何⁉」


 剣を抜くことも、ましてや、避けることもしない男に不信を感じつつも、ベセルドは速度を緩めることなく剣を一閃させた。が、次の瞬間、彼は信じられぬ光景に目を剥いた。

 ラウルを貫くはずの刃が、いつの間にかその寸前で男の手につかまれて止められている。それも素手によって、だ。

 普通ならば、こんなことをすれば指どころが、手のひらまで切り飛ばされて然るべきはずだ。……あり得ない。鋼の剣を素手で受け止めるなど、そんな馬鹿なことが……。


 キ、キキキ、キ


 軋るような音が手元で鳴る。混乱するベセルドの剣に、さらに彼の混乱に拍車をかける事態が起こりつつあった。


 パキン。


 澄んだ音が辺りに響く。驚愕に見開かれたベセルドの目が、これ以上ないほどに見開かれる。


「……馬鹿な」


 まるで硝子のように脆く砕け散った己の剣を目の当たりにし、ベセルドは掠れた声を吐き出した。素手で鋼の剣を止めるだけでなく、それを折り砕くとは、いったい、この男、どれほど非常識な力を持っていると言うのだ?ベセルドは目を瞬かせて、ラウルを名乗る男を愕然と見返した。


「……お前は、いったい…………?」 

「ラウルは、もしかして、あの子なの?」


 愕然としたベセルドの問いに、木々の間から、大山猫とともに飛び出してきた十歳くらいの少年の問いが被さる。少年の問いに、ラウルが困ったように笑う。


「もう少し様子を見守ってから、と思ってたんだが、ばれちまったなあ」

「お前たちは、いったい……」


 人と関わることが昔から苦手な王太子が、珍しく気にかけていた少年にまで登場されて、ベセルドはますます困惑の度を深めた。


「ベセルド!こんなところにいたのか!」


 彼の名を呼ぶ緊迫した声に、ベセルドだけでなく、二人と一匹も振り向いた。小さな庭園に血相を変えた将官たちが、慌てて駆け込んでくる。


「リアノ殿か。そんなに慌ててどうした?」


 リアノ、と呼ばれた青年将官は、何を呑気な、とゼイゼイと荒い息を吐きながらベセルドを睨んだ。


「呑気に構えている場合か!殿下とフィルダート公が、王宮内でジルナーシュ王子派の連中に捕らえられたぞ!」

「なんだと⁉」


 驚愕の声を上げたベセルドが、リアノの胸倉のつかまんばかりに詰め寄った。それを制して、脇に控えていた将兵が補足する。


「イゼリア公が殿下の不在理由に難癖をつけて、査問会を開くと申しまして、それが急遽三日後と決まったのです。王宮におられた殿下たちは、逃亡の恐れありと彼らに捕らえられて軟禁状態に……」


「おのれ、弟君の剣授の儀の前に、邪魔な殿下にあることないこと難癖をつけて、王位継承権を放棄させる腹だな。悪知恵ばかりに長けおって!」


「とりあえず、同志たちには声をかけておいたが、殿下の身柄を押さえられていては身動きが取れん。どうする、ベセルド?」


 先手を打たれた悔しさにぎりぎりと歯軋りするベセルドに、将官たちの必死の視線が集中する。が、彼にしたところでいい知恵があるわけでもない。下手な手を打てば、最悪、内乱を引き起こしかねないし、そうなれば、むしろ、王宮を牛耳っている奴らにリュシオン派を粛正する好機を与えることになりかねない。

 どうするか。眉間にしわ寄せて考えあぐねるベセルドの服の裾が、不意に誰かに引っ張られた。見れば、先ほどの少年が彼の服の裾をつかみ、見上げていた。


「……少年。今は、君の相手をしている暇は……」


 ない。とすげなくその小さな手を振り払おうとしたベセルドは、ぐい、とさらに服を強く引っ張られた。


「シオンが危ないんでしょ?だったら、僕にも手伝わせて!」


 小さな少年とベセルドとを見比べて、リアノと将兵たちが不思議そうに首を傾げる。そんな彼らに向かって、少年は人懐こい笑みを浮かべて、ちょいちょい、と手招きをする。不思議な少年に戸惑いつつも、彼らは輪になって、とりあえず提案を聞いてみることにした。

 やがて。

 話に夢中になりだした彼らの輪がきゅっと縮まる。頭をくっつけあうほどに夢中になった彼らに、途中からラウルも加わって、場はさながら戦場の軍議の様相を見せ始めた。

 一刻の後、彼らは満足そうに頬を紅潮させて、にやりと笑うと、それぞれの方向へと散っていった。その様子をこれまた満足そうに眺めるラグに、ラウルが聞く。


「なあ、お前、これでいいのか?」


「うん。これが、今の僕が出来る、精一杯のことだから。……それにね、シェルだったら、絶対、こうしなさいって言うと思うんだ」

 ラウルの大きな手が、彼の黒髪をくしゃくしゃと撫で、その小さい身体を抱き寄せた。ラウルの力強い温かさを感じながら、こてん、と彼の腰の辺りに頭を置いて、ラグは晴天の空を見上げる。


(……シェル。僕、頑張るから、見ていてね)


 身体から離れてしまったけれど、シェリルの魂は、きっと自分の側にいて見守ってくれている。彼はそんな気がした。






 査問会を明日に控えた午後、ラグたちはベセルドの案内で、郊外にある古びた精霊祭殿を訪れていた。


「会わせたい人って、誰?」

「明日の件で協力して下さる、一番の立役者ですよ」


 ラグは首を傾げたが、ベセルドはそれ以上何も言わず、祭殿の奥へと案内された。小さく簡素な祭殿だが、手入れが隅々までなされていて、信仰する者たちの深い愛情が感じられる。ラグにはその雰囲気がとても心地よかった。

 ふと、気がつくと、奥まった薄暗い祭壇の側に、ラグと同じくらいの背丈の小さな人影が佇み、こちらを見ていた。その人物に、ベセルドが驚きの声を上げる。


「ジルナーシュ殿下……!なぜ、このようなところに……」


 シオンと反目する立場にある異母弟ジルナーシュの登場に、一瞬、罠かと思ったベセルドが慌てて周囲を見回した。


「大事ない。私一人だ」


 慌てるベセルドに静かに笑いかけた齢十二になる王子は、祭壇を下りてこちらに近づいてきた。

 あまりシオンと似ているところは見受けられない。明るい栗色の髪が縁取る細面の顔は少女のように繊細で、武を貴ぶ国の王子というより、祭殿の司祭や学者のような雰囲気を漂わせる少年だった。


「私がお連れしたのだ。殿下がどうしても、とおっしゃるのでな」

「大神官様。計画を前に、危険なことを……」


 王子に続いて現れた白髪の老人に、ベセルドが咎めるような声を出した。


「大神官様を責めるな。私が無理を言ったのだから」


 そうして、落ち着いた黒目がちの瞳が、ラグに向かう。彼は深々と頭を下げた。


「光皇陛下。この度は、我が国の醜い争いに尊い御身を煩わせることとなり申し訳ございません。すべては母や廷臣どもを諫めることの出来ぬ私の非力さゆえ。お許しください」


 十二という年頃の少年とは思えぬ口上に、ラウルがロセッタに耳打ちする。


「おい、ありゃあ、どう見ても、シオンより王子様っぽいぜ。剣だ、力だって騒いでるジャドレックじゃなきゃ、賢君の器と持て囃されるだろうに」


 あまりに不遜な物言いに、ベセルドが横からさりげなく肘鉄をかました。


「あの、顔を上げてくれる。実は、僕、まだ、光皇じゃないんだ。でも、シオンが困ってるっていうから助けたくって……」


 あまりに立派な少年の態度に辟易したラグの顔を、ジルナーシュはきょとん、と見上げた。二人の視線が重なり、彼らはお互いを改めて見つめた。そうしてから、恐る恐る二、三言、言葉を交わす。

 それぞれの立場や事情から、年の近い友人などいなかった彼らは、たちまちのうちに垣根を取り払い意気投合した。二人はどちらからともなく手を取り合うと、ロセッタやギーを伴って、祭殿の中庭へと入っていった。程なくして中庭から少年たちの明るい笑い声が届く。


「……どちらも良い御子だ。醜い大人の争いになど、これ以上関わらせたくはないと思わんか?」


 老いた大神官の言葉に、ベセルドとラウルが頷いた。


「さて、と。じゃあ、その醜い大人は、あの子らのために、明日の査問会とやらをぶっ潰す算段をするとしようじゃねえか」


 悪戯を仕掛ける子どものような眼をして、ラウルがにやりと笑った。











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