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竜の卵が孵るとき [ラグナノール戦記1]   作者: 猫吉
序章 時に忘れられた村
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第2話 

 日が完全に沈み切る前に、峠の岩屋までたどり着かなくてはならなかった。

 急な山道と石くれのゴロゴロした悪路に足を取られつつ、彼女は歩を進めた。

 辺りはどんどん闇の中に沈んでいくというのに、彼女の歩みは本人の意思に反して遅々として進まない。焦る気持ちだけが募っていくばかりだ。


「いつもだと、ここいらでティルトが出てくるのよね」


 彼女、シェリルはふうっと息を吐き出しつつ呟くと、まだ幼さの残る少女の顔に苦い笑いを浮かべた。

 村の外には魔獣と戦乱で荒れ果てた大地しかないと村の古老や大人たちは言う。

 でも、自分は若い。かつて、村を離れていった若者たちのように旅に出たっていいではないか。古臭い考え方ばかり押し付ける大人たちに反発して、彼女は何度も家出を企てては失敗していた。

 彼女より二つ年上のティルトは、ひょろりとした頼りなげな若者なのに、村の誰よりも付近の地理に詳しい。おかげで彼女の「家出」は、いつも彼の邪魔が入って終わりを告げるのだ。

 ティルトは嫌いではない。が、何の疑問もなく村が好きだと言ってしまえる彼に見つけられるのは、彼女の外への熱い想いが負けたようで癪に障る。

 辺りに迫りくる闇は、過去の嫌な思い出を蘇らせ、彼女の気分を陰鬱なものにする。暗い考えを振り落としたくて頭をぶるりと振ると、彼女はなんとか歩調を早めようと努めだした。

 その時である。目の前の針葉樹の蔭から見慣れた人物が姿を現した。


「あんまり世話を焼かせないでくれよ。さ、帰ろう」


 汗と埃とに塗れた姿は、暗い森の中を必死に彼女に追いつこうとした彼の努力を如実に語っていた。

 しかし、それに対する彼女の態度は、彼の想像に反する意外なものだった。


「なんで、ティルトが来るの?」

「……なんで、って」


 だって、お前、いつもの家出だろう?彼女にとっての禁句を言いかけたティルトは、もごもごとそれを口の中に飲み込んだ。どうも、いつものやつとは様子が違うようだ。

 汗まみれの額を袖でぬぐい取ると、彼は鳶色の髪の少女を改めて見据えた。


「いつもの気まぐれが起きたんだろ?だから、俺が……」

「いつもの、気まぐれ?」

「あっ、いや、その……」


 ああ、これもまずかったか。むすっとして腕を組んだシェリルの様子に、面倒なことになったなあ、とティルトは頭を抱えたくなった。しどもどする彼をしばし、じいっと半眼で睨みつけていた彼女は、怒ると思いきや、逆ににんまりと頬を緩ませた。


「ふふっ。残念でした。今日はオランジュに頼まれた用事を果たしに行くのよ!」

「オランジュの?」


 それは、天地がひっくり返ってもあり得ないだろう。今度はティルトの方が、疑わし気な半眼を彼女に向けた。

 村外れの庵に村人に畏敬の念をもって賢女と呼ばれる老婆が住んでいる。賢女オランジュは、村人の病や怪我を癒し、村をまとめ上げる役目を、長年に渡って古老たちと共に担ってきた。

 幼くして両親を病で立て続けに亡くしたシェリルを引き取り、ここまで育ててきたのも彼女である。その彼女がシェリルの悪癖を彼以上に知らないわけがない。

 村の外への用事をシェリルに言いつけるなんて、暴れ馬の手綱を自ら外すようなものだ。オランジュは一体、何を考えてそんな馬鹿げたことを命じたのか。


「本当なんだってば‼」


 どんどんと疑わし気に目を細めていくティルトに、シェリルは自分がどれだけ信用がないのかを自覚させられ、恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染めて声を最大限に叫んだ。

 しかし、それもこれも必要以上に彼を煩わせてきた彼女の今までの行動が原因なので、仕方がない。かと言って、自分が悪いと素直に認めるわけにもいかないシェリルは、ううう、と小さく不機嫌な呻きを洩らし、なんとか心の折り合いをつけると、はふ、とため息を吐き出した。


「……今朝早く、薬草小屋に野鹿が入り込んで滅茶苦茶にしたのよ。時季外れの薬草なんて採れないし、いつ来るかわからない行商人を待っているわけにもいかないし、その間に怪我人や病人が出ても困るしで、必要な物だけでも私が買いに行くことになったってわけ」

「……しかし、こんな時間にか?」

「しょうがないでしょう‼朝から片付けに追われてたし、オランジュはあたしが戸を開けっ放しにしたからだって、かんかんだし。あたしがいくら戸は閉めたって言っても、聞く耳なんか持たないんだから、あの年寄りはっ!」


 どうにも信じがたいことだが、彼女の言うことは本当らしい。確かにあの老婆は下手に機嫌を損ねると、とんでもなく意固地になることがあった。

 しかし、それにしても、いくら激怒していたからと言って、こんな刻限に若い娘をたった一人で山を二つも越えていく隣村に行かせるなんて。

 ティルトは、もう一度、オランジュは何を考えているんだろうと心の中で愚痴ると、ため息をついた。


「わかったよ。でも、一人で大丈夫か?この辺りだって変な獣が出ないわけじゃないんだぞ」


 オランジュへの悪態をつくことに夢中になっていたシェリルは、それを聞いて、いたずらっ子のように顔をにんまりとさせた。


「もちろんよ!あたしなら、大丈夫に決まってるでしょ!それに、あたしには昔っから頼もしい相棒がいるんだもの」


 彼女の言葉に応じるように、暗がりの中からティルトの背後に音もなく、白い影がするりと近づき、彼の足元に擦り寄った。


「ギー!」


ギーと呼ばれたのは、この辺りに生息する黄土色の毛並みをした大山猫とは異なる色を持った白地に黒虎模様をした大山猫だった。同族種とは異なる色を持ったゆえに、親に見捨てられ死ぬしかなかったところをシェリルに拾われた大山猫は、以来、ずっと彼女に寄り添い、どこに行くにもついていく。

 ティルトの足に擦り寄ってごろごろと低く喉を鳴らす甘えた様子からは想像できないが、十歳の子どもとほぼ変わらぬ大きく白い身体は、実にしなやかな敏捷性と鋭い攻撃力を持っていて、狙った獲物を着実に仕留める素晴らしい狩人でもあった。

 シェリルの自信はともかく、ギーがいるのなら、まあ、大丈夫だろう。ほっとして落ち着いてみると、汗まみれになって森の中を探し回っていた自分が馬鹿みたいだ。後でオランジュに文句の一つも言ってやろう。


「まあ、そういうことなら、気を付けて行ってくるんだぞ。絶対に、寄り道しないで帰って来いよ」

「失礼ね。そんなことしないわよ!行くわよ、ギー」


 最後まで信用のない幼馴染みの言葉に、年頃の娘らしからぬ仕草で、ぷうっと頬を膨らませて、シェリルはずんずんと暗闇のますます迫る峠道を歩き出した。

 その後ろ姿を眺めながら、ティルトは思う。常に変化を求め、外の世界を夢見るシェリル。いつか、彼女にもわかる日来るだろうか。

 ここ以上に優しい場所など、世界にありはしないことを。











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