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ミスティ・レコード  作者: 杁山流
第一章 あなたの秘密
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1-1 追憶:通歴925年1月18日

《追憶:通歴925年1月18日》

 草木は枯れ、頭上には曇天が広がるどこか寒々しい街を北風が走り去った。

 門前広場に設えられた木製の台座。今にも雪が降りそうな空模様にも関わらず、その周囲には人だかりができていた。

 集まった民衆の面持ちはやけに暗い。瞳の奥にほの暗い怒りの感情を仄めかせながらも、その顔にはわずかな後悔が見え隠れしている。

 皆一様に、これから眼前で繰り広げられるである光景を思い浮かべては、悪夢を振り払うように目を閉じた。しかし、その場から離れようとするものは一人として存在しない。

 やがて、雲の向こうの日が傾き始めた頃、王城の門は開かれた。

門の向こうから姿を現した物々しい装いの集団に、人々の体は自然と動き、道を作り出す。鎧を身にまとい武器を携えた屈強な男たちの列の中央には、即位したばかりの王の姿も見えた。

 兵は台座を囲むように並び立ち、人々はその背に隠れるようにして様子をうかがっている。

雑踏の中にぽっかりと空いた丸い空白。その中央にあり人々の視線を一身に集めている台座は、何かの儀式のための祭壇のようだった。

 王はそのほど近くに用意された椅子に腰かけ、人差し指で相図を出した。群衆の視線が、その指の動きにつられるように隊列の一部へ向く。

 視線の先、武装した者たちの合間を縫うように、黒い影が動いた。

 影が揺らめく度、鉄と石が擦れ合い何かを削るような音が生まれる。

 影は人の形をしていた。ボロ布をまとい、その両手足には鉄の鎖。罪人の装いをしたその影は、冷ややかな視線を台座に向けていた。

 それは、罪人を断罪するための処刑台だった。

 罪人は静かに台座を見上げ、放心したかのように微動だにしない。しばらくすると、まるで動こうとしないその様子に苛立ったのだろうか、誰か石を投げつけた。

 石は罪人の肩に命中し、その衝撃でだろうか。我に返ったかのように、わずかにその頭が揺れた。首を巡らせ、興味なさげに石が投げられたであろう方角を一瞥すると、ようやく動き出す。

 顔も知らぬ誰かから与えられた痛みなどなかったかのように平然と進むその姿はまるで、痛覚などもう無意味だとでもいうようだった。

 壇上へと続く階段に鎖につながれた足が乗る。一段一段、やせ細った小さな体がゆっくりと壇上に登ってゆく。その背に、かつての栄光は欠片も見受けられなかった。

 彼は、ほんの少し前までこの国の統治者として人々を導いてきたはずだった。誰にも届かない至高の地位に君臨し、人々を見下ろしていたはずだった。

 しかし今や、木の軋む鈍い音の響く処刑台が彼に許された唯一の居場所。最底辺の存在として人々の憎悪の視線にさらされることが彼の役目。 

 ほどなくして、罪状が読み上げられ始める。

 暴虐の限りを尽くして民を苦しめた愚王。王としての役目を放棄し、不要な戦火を熾した兇徒。終いには神より授けられた至宝を消失させ、王族の威信を地に落とした反逆者。

 並べられる言葉は、まぎれもない大罪人の烙印。

 どれもが事実であり、故に彼はそのすべてを背負い消えてゆく。

 しかし、ある人は思った。その汚名は果たして、たった一人の命で雪げるものなのだろうか、本当に雪いでよいものなのだろうか、と。悪政の下で甘い蜜を啜ったものは巨万といる。その者たちの罪もまた、彼は一人で背負っていた。

 しかし、その思いは意味をなさない。罪の重さなど、この際さして重要なことではなかった。

 これは見せしめ、一種の儀式なのだ。論理的な思考が入り込む余地などどこにもない。彼が処刑されるというその事実だけが、必要だった。

 だから、誰にもこの処刑を止めることはできない。誰も望まなくとも、世界は生贄を必要とする。正しさを、正義を示すためには悪が必要なのだ。

 処刑の時は刻一刻と迫り、それを示すかのように雲の切れ間から漏れ出した西日が、罪人の影を浮かび上がらせた。夕暮れの赤にくっきりと刻まれた黒。

 その時、儀式の祭壇に捧げられたかつての王は民を仰ぎ、口を開いた。

「民よ。この名を忘れること勿れ。我が名はユディト。サムエル王ユディト。厄災を生む愚王なり」

 決して強くはない口調。その表情は影になって民衆からは見えない。しかし、深々と降り積もる雪のように、その言葉は静かに世界に沁みてゆく。

 処刑場は静寂に満たされた。暗く濁った憤怒でさえも浄化されてしまう静謐な世界の中で、罪人は地に膝をつき処刑人にその身をゆだねた。

 断罪の刃が夕陽を反射し、閃く。

 一瞬。

 その情景が心に刻み込まれ、人々は囚われた。目を背ける者、涙を流すもの、悲鳴をこらえる者。王だけはどこかつまらなさそうにその光景を見ている。

 しかし、罪人は何も語らない。最後の言葉を刻み付けるように、まっさらな沈黙を後に残した。

 故に人々は囚われ、生涯この瞬間を胸の奥にしまい込む。


 雲が再び光を閉ざし、雪が降りだした。

 罪人と処刑台。赤く染まった二つの影が、静かに人々を見下ろしている。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

毎週水曜更新予定なので、これからも読んでいただけると嬉しいです。

次話もよろしくお願いします。

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