第1話
それからしばらくは嵐の前の静けさのように何事もなく過ぎて行った。
ジョバンニが必死に裏工作としてノイスラックの商品の悪評や酷評を並べ立てていたが、焼け石に水とはこのことで、ノイスラックの商品の人気が落ちる事はなかった。
街中で在りもしない事を書かれた悪口のオンパレードチラシを撒かれても、ウィルスは気にすることなくおもちゃを作り続けた。
「ちょっとウィルス!」
チラシを片手に、リットが工房にやってくる。ウィルスはのこぎりを使う手を止めてリットに振り返った。
「こんなチラシが街中にばら撒かれてたわよ、なんとか言ってやりなさいよ!」
「無駄だって。あっちは金に物を言わせてやってくるんだから。僕はしがない一おもちゃ職人さ」
そんなウィルスに、リットは息をついて店の方に戻っていく。またドアベルが鳴ったのだ。
チラシを気にしてキャンセルしてくる客が相次いでいた。
しかしそれと同じくらい予約も殺到していたので、数にはそれほど変わりなかった。
「ウィルス……こんなこというのもあれだけど」
テディが作業机から言ってくる。
「ジョバンニだけには絶対に負けないでね」
ウィルスはテディにウィンクを送る。
「あぁ、負けないさ。おもちゃ作りに関してだけは絶対に負けない」
テディは安心したように作業机に座り直した。
入れ替わりでリットがやってくる。
「ねぇウィルス」
「なんだい?」
「お願いがあるんだけど」
リットは作業机のテディを指さして言った。
「この子、レジの横に置いてもいい?」
「え……どうして」
「かわいいから。だって本当にかわいいんだもん。見てるだけならいいでしょ? それに、お客も喜ぶと思うし」
ウィルスは迷ったが、いつも文句も言わず店番をかって出てくれているリットの願いは聞き入れてあげてもいいかなと思った。
本当はテディを片時も手放したくはなかったけれども。
「……そこまで言うなら、いいよ」
「本当?! やったー! ウィルスありがとー!」
首にまとわりついてくるリットに、のこぎりが危ないからとやんわりと遠ざける。
それが少し不服そうなリットだったが、作業机のテディを抱き上げるとその顔は嘘のように笑顔になった。
「じゃあ、この子、借りていくね」
「乱暴に扱わないでくれよ」
心の中でテディに謝罪しながら、ウィルスはリットの後姿を見送った。
***
げっそり。
テディからそんな効果音が聞こえてくる。
他のおもちゃ達が心配そうにテディを見上げていた。
「なんなのあのリットとかいう女……」
「……何が、あったんだい……?」
ウィルスはそろそろっと質問してみる。テディはウィルスの胸に飛び込みながらその胸をぽかすか叩いた。
「暇さえあれば頭は撫でるわ手は触るわ、体は持ち上げるわ」
「……それって、おもちゃにとってうれしい事……なんじゃないのかい?」
「時と場合によるわよ!」
テディはえーんと泣き真似をしてみせる。
「大体お客にわたくしを貸すから悪いのよ! ずーっと同じ姿勢でいなきゃならないし、投げられたら痛いし、引っ張られたら痛いし、お客の前だから最上級に微笑んでいなきゃならないし」
きっと客の子供にでも手痛い仕打ちを受けたのだろう。ウィルスはよしよしとあやしてやった。
「でも、それがおもちゃの宿命なんじゃないのかい?」
「それはそうだけど……痛いものは痛いもん」
「子供たちは喜んでいただろう?」
「……うん」
「なら、他のおもちゃと同じように、少しは我慢しなきゃ」
「……くすん。我慢するわよ。仕方ないから」
ウィルスはテディを優しく撫で続けた。この手があるのならどんなことでも我慢出来るとテディは思った。