第7話
おもちゃ達の言葉は、現実のものとなった。
アーティクトから帰ってきたウィルスは、通りがやけに騒がしい事に気付く。
しかも、自分の店の前で。
「なんだろう……」
「嫌な予感しかしないわね」
走るウィルスのカバンの中で近づいてくる人ごみを見たテディは、人々をすり抜けようとするウィルスの腰付近で押し潰された。
痛かったがそうも言ってられない状況だと言う事は分かった。
ウィルスが人垣をようやく抜けて前に出てみれば……
「な……」
ウィルスすら絶句した。テディはカバンの中から「うそ…」と言っていた。
ノイスラックのショーウィンドウが破壊されていた。
店内には投石した跡の名残だろう、大小様々な石が無数に転がっている。
ウィルスは店内に入り、そして工房を覗く。
おもちゃ達が無事だったのにホッとすると、石を払いのけてテディの入ったカバンをカウンターに置いた。
「今日店を閉じたのが不幸中の幸いというかなんというか……」
「そういう問題じゃないような気が……」
店の中を見回しため息をつくと、奥からほうきとちりとりを持ってきて掃き始めた。
ガラスも散乱しているので、掃除は思うように捗らない。
「わたくしも手伝えればいいんだけど……」
テディの申し訳なさそうな言い分に、ウィルスは微笑んだ。
「その気持ちだけで十分だよ、テディ」
そうして頭を撫でる。テディは撫でられながら今が昼なのを悔やんだ。夜だったらおもちゃを総動員出来るのに。
まばらになってきた人ごみから駆けてきたリットは、ウィルスと同じく息を呑んだ。
そうして、半壊している扉を押し開いて店内に入る。
「ちょ……これ、どういう事?!」
「どうもこうも……嫌がらせとしかいいようが」
ほうきを片手に、もはや開き直ったウィルスは黙々と片づけをする。
リットはそんなウィルスの手伝いを始めたが、石もガラスの破片も無尽蔵に転がっておりなかなか片付かない。
「あぁリット。すまないけど、ちょっとここ任せていい?」
ウィルスは顔を上げてカウンターのカバンを取った。
「新しいガラスの発注をしてくるから。……あ、でも僕が残ったほうがいいのか。また嫌がらせがくるかもしれないし」
「そういう事なら任せて、あたしが発注しに行ってくるから」
エプロンを外したリットは半壊した扉を開けて、俊敏に通りの向こうに消えて行った。
「行動力のある子ねぇ」
テディがカバンの中から感心した声を出す。ウィルスは「あはは」と笑って、再びカバンをカウンターに置いた。
「あぁいう行動力が僕にはないから、いつもうらやましいと思っているよ」
「ウィルスも十分行動力あると思うけれど」
「そうかなぁ」
「そうよ」
麻袋にちりとりで拾い集めた石とガラスを入れながら、ウィルスは珍しく長い溜息を吐き出した。
後で壊れた扉の修理もやらなければならない。これではおもちゃを作っているどころではない。
こんなことが延々と続かないでほしいと願うばかりであった。
***
なんとか店の修復を終えた頃にはすっかり夜になっていた。
ショーウィンドウも新しく変えてもらって、半壊していた扉の修理も終わらせた。
店内の石やガラスの破片も綺麗に掃除出来た。
「にしても、ほんと、今日店にいなくてよかったよ」
夜飯のパンを頬張りながらウィルスはミルクを流し込む。
テディはテーブルの端に座って両手で体を支えていた。
「今日、アーティクトのおもちゃ達と話をしてきたんだけど」
「うん?」
テディは嘆息しながら、首を振った。
「痛々しくて聞いていられなかったわ。ウィルスの言ったとおり、欠陥商品が多すぎて、おもちゃ達が泣いていたわ」
「やっぱり……」
ウィルスはパンをちぎりながらスープにつけた。
「予想はしてたけど、その声、僕に聞こえていたらたまらず店を飛び出していたかも」
「わたくしも耳を塞ぎたいくらいだったから」
テディはテーブルの上を歩いてスープ皿のふちに手をつく。
「それでね、分かった事があるの」
「分かったこと? なんだい?」
テディは頭を傾けながら腕を上げた。
「一つは、ジョバンニはほとんど店にやってこない事。もう一つは、工房はジョバンニの屋敷の隣にあって、職人は三十人ほどいるってこと」
「さ、三十人?!」
思わずパンをそのまま呑み込んでむせ返るウィルスに、テディがミルクの入ったコップを押し出す。
ミルクを飲んで一息ついたウィルスは口を拭ってから長い溜息をついた。
「三十人か……そりゃ僕がどんなにがんばっても追いつかない訳だ」
「でもおもちゃ達言ってたわよ、職人たちはほとんど流れ作業で作っていくから感情すら込めてもらえないって」
最後のパンをスープにつけてから、ウィルスは思案気に片肘をつく。
「何がおもちゃにとって幸せなんだろうね……」
「そんなの決まってるじゃない」
テディはウィルスの腕に絡みついた。
「おもちゃは生み出してくれた職人が親なのよ。わたくしはわたくしを生み出してくれたウィルスの存在をとても誇らしく思うわ」
ウィルスは一瞬ぽかんと口を開けたが、次には照れたように後ろ頭を掻いた。
その様子があまりにもかわいいと思ってしまって、テディはくすくすと笑った。