第6話
翌日、店を閉めて再びアーティクトを訪れたウィルスは、カバンの中から顔だけ出しているテディに声をかけた。
「あまり長居は出来ないよ。僕の顔、もう店長にバレてるから」
「うん、分かってる」
テディの言葉を聞いて、とりあえずウィルスは店内をぶらつく。
そして、気付いた事がある。前に来た時より格段にお客が減っていたのだ。
前は店内をうろつくのすら子供に阻まれて自由が利かなかったのに、今では向こうの陳列棚まで見える。
テディはカバンの中から左右に首を動かし、目を閉じた。そして、ここにいるおもちゃ達に語りかける。すると、おもちゃ達は共鳴するようにテディに言い募ってきた。
(痛い……痛いよ……ちゃんと縫ってくれよ)
(関節がずれて痛いよ)
(あぁこんな姿……誰にも見られたくない)
テディは幾重にも聞こえる悲しい声にひたすら耳を傾けた。そして、問いかける。
(あなた達はジョバンニに会った事があるの?)
するとおもちゃ達は一斉に言ってくる。
(あるわけないよ)
(だってボク達、工房から直接ここに運ばれてくるんだもの)
(工房は地獄のようだよ。感情すらこめてくれない職人たちがただひたすらボクらを作り続けるんだ)
(欠陥商品を山のように作って、それでも売れそうにない商品は簡単に捨てるんだ)
テディが圧倒するくらい、おもちゃ達はそこら中から口火を切って止まらなかった。
テディは思わず耳を塞ぎたくなるのを我慢して、カバンの中から手近なぜんまい人形に問うた。
(ジョバンニの工房はどこにあるの?どれくらいの職人がいるの?)
(工房はジョバンニの屋敷の隣、職人は三十人くらいだよ)
(そう、ありがとう)
そして、おもちゃ達はテディに向かって羨望の眼差しを向ける。
(キミはいいなぁ……)
(大事にされて)
(キミを作った職人の愛が伝わってくるよ)
(うらやましいな)
テディはそれに対して、微笑した。
(わたくしは運がよかっただけ……あなた達もきっと大事にしてくれる買い主が現れるわよ)
店をぶらついていたウィルスの足がそこで止まる。店長のヒューイがこちらに気付いたのだ。
ウィルスは被っていた帽子を取りながらお辞儀をした。
「どうも先日は」
「こちらこそ。……今日は敵情視察ですかな? あれほどの売れ行きがあって大した余裕ですな」
口調はあくまで穏やかだったが、目は笑っていない。
ウィルスはそれでも笑顔で対応した。
「敵情視察なんてそんな大それたことは。気分転換に散歩をしていたら、偶然通りがかっただけですよ」
「今日はジョバンニ様もいらっしゃいませんし……まぁ、思う存分見て行って下さって構いませんよ。こちらは隠すものなど一切ありませんから」
そうして店長のヒューイは客の方に駆けて行く。
ウィルスはどっと溜息をついて、カバンのテディを見下ろした。
「テディ、そろそろいいかい? 店を出ても。どうも僕、ここは苦手なんだよ。おもちゃ達が泣いているようで」
テディは驚いてウィルスを見上げた。今のやり取りが聞こえるはずがないのに。
ウィルスにはおもちゃ達の聞こえないはずの声が無意識に聞こえているのだろうか?
「……うん、もういいわ。帰りましょう」
ウィルスは頷き、アーティクトの出入り口に向かう。
(気を付けて)
おもちゃ達がテディに言ってくる。
(今日、よくない事が起こる)
(よくない事?)
テディは聞き返すが、おもちゃ達はただそれだけを繰り返すのみだった。
言葉の意味がいまいち呑み込めず、テディは首を振った。