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おもちゃの魔法が呼び覚ますキーコネクトっ  作者: くろろん
第1章 歯車が動き出す
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第5話

 ドアベルが鳴る。リットは笑顔で「いらっしゃいませ」と出迎えた。

 だが、やってきたのは大の大人二人で子供の姿はない。

 片方はまだ若年と言えるべき年齢の男で、ステッキを持ち高尚な衣装で身を包んでいる。一括りにした茶髪と、どことなく氷河を思わせる水色の双眸。

 もう片方の男は帽子を手に持ち、辺りを落ち着きなくキョロキョロと見渡していた。

 そんな二人の珍客にリットの顔が曇る。嫌な予感がしたのだ。

「ここの店主はどこにいる?」

 男のよく通る声が高圧的に問いただす。リットはしかしながら、毅然と対応した。

「どのようなご用件でしょうか?」

「何の事はない、話しがしたいだけだ」

 水色の両眼を見上げていたが、リットは強張った顔をそのままに、「少々お待ちくださいませ」と言って工房に駆けた。

 あの顔……どこかで見たことがある。どこで?

「ウィルス!」

 工房を覗いたリットは、革を縫い合わせているウィルスの方に向かって散乱する材料やらなんやらを器用に避けながら近づいた。

「あんたに会いたいって人が表に来てるよ」

「僕に会いたい? 誰だろう……」

「とにかく来て。なんか嫌な感じがして」

 ウィルスはその言葉に、もしかしたらアーティクトの嫌がらせではないだろうかと思い至ったが、それは日常茶飯事の出来事だったので、慣れていた。

 しかしながら、アーティクトの嫌がらせにしては訪問が丁寧だ。一体誰なんだろうか?

 リットに手を引かれながら、ウィルスは考えを巡らせた。

 店に入ると、背の高い男と視線が合う。ウィルスの灰褐色の眼と男の水色の眼が交差した。

 男とウィルスの年齢はさほど変わらぬように見える。

「お待たせしてすみません。僕がここの店主で、ウィルス=シュパンサーと申します」

 男はウィルスのなりを上から下まで見た。

 ウィルスは普段から着る物に頓着していないので、今日も薄汚れた前掛けに洗いざらしの白シャツ姿だ。

 男はステッキを一度床に打ち鳴らしてから口を開いた。

「私はジョバンニ=リー=ミスティ。アーティクトのオーナーだ」

「!!」

 リットはハッとした。やっぱりこの顔、どこかで見たはずだ。

 評論家との対談やら何やらで新聞の記事に何度か載っていた。

 この人物がジョバンニ……あの大規模なおもちゃ屋、アーティクトのオーナー。

 ウィルスは目の前にいる男を凝視した。

 まず貴族様がこんな街中の小さな店に出向いてきた事、あのアーティクトの一切を取り仕切る能力を持つ実業家が自分と年が近そうな事、そんな人物がわざわざ自分からやってこようとは夢にも思わなかった。

 ジョバンニは背後を顎で示した。

「後ろのはアーティクトの店長をやっているヒューイという」

 ウィルスは手を差し出しながら、

「あの……初めまして」

 と言ったが、ジョバンニはその手には目もくれなかった。

「ここ最近、貴殿の製品が売れているのは私の耳にも届いている」

「はぁ……」

 ウィルスの後ろで、リットは拳を作っていた。

(大体ウィルスの商品が売れなかったのって、あんたのせいじゃない!)

 ウィルスは気にしないといつも笑っていたが、リットの方がジョバンニに対して如何ともしがたい感情を持っているようだ。

 毎日売れないおもちゃを作り続けてきたウィルスの背中を見てきた分、感情的になるのも致し方ないものだった。

 ジョバンニはウィルスを見やりながら店内に目をやった。

 自分の店の十分の一にも満たないであろう店内にはそれぞれサンプルの商品しか置いていない。

 そこには「予約待ち」の札がいくつも貼られていた。

(おかしい……こんな店がいきなり店の売り上げの半分をかっさらっていくとは)

 ジョバンニが眉間に皺を寄せていると、ウィルスは人懐っこい笑顔で言った。

「それで今日は、こんな小さな店に足をお運びくださってどういったご用件でしょうか」

「何……宣戦布告をしに来たまでよ」

 ジョバンニの双眸が鋭く光る。

「商品が売れ出したからといい気になっているのも今のうちだ。今までのように手緩くはしない。容赦なく対応する」

「何が容赦なくよ! これまでだって散々ひどい目に遭わせてきたくせに!」

 リットが気丈に叫ぶが、ウィルスはリットをなだめてジョバンニに向き合った。

「僕に何をしても一向に構いません。ですが、あなたは大事な事を忘れている」

「何?」

 ジョバンニが片眉を上げる。ウィルスは一度深呼吸をすると、カウンターのテディを胸に抱いていつもは優しい目を厳しさで染めた。

「おもちゃは子供に夢と希望を与える物だ。あなたの店のおもちゃ達は僕から言わせればどれもが欠陥商品、おもちゃ達が泣いています」

 それを聞いたジョバンニは、ウィルスの胸を杖で突き飛ばした。ウィルスはリットにぶつかる。

「ドブネズミが偉そうにほざくな。下等な生き物は卑しく泥でもすすって生きていろ」

 ジョバンニは踵を返すと、ウィルスの店から足音高く出て行く。その後を店長のヒューイが急いで追いかけていった。

 ウィルスは突き飛ばされた胸を撫でながら「やれやれ」と首をすくめた。

「またとんでもないのに睨まれちゃったなぁ」

「睨まれているのは昔っからじゃない、今回のは挑戦状を叩きつけにやってきたのよ」

 リットはそこで胸をそらす。

「要するに、やっと対等に勝負出来るって思わせられたんじゃない?」

「……それ、喜んでいいのかな」

「……喜ぶべきかどうかは分からないけど」

 ウィルスの腕の中で、テディは表情を変えなかったけれども、頭の中では思案に明け暮れていた。


***


 夜になって、工房に革を縫い合わせるしゅるしゅるという音が響く。

 テディは作業机に寝そべりながら頬杖をついていた。

「昼間の男、ジョバンニっていう男」

「うん? あいつがどうかした?」

 テディは目の間を寄せながら口を開いた。

「あの男、気を付けた方がいいわ」

 ウィルスは縫いかけの革を置いてから背伸びをする。

「まぁ昔っから気を付けてはいるけど、嫌がらせも今に始まったことじゃないし」

「嫌がらせっていうよりも、ジョバンニ自身に気を付けた方がいい」

 テディの言い草に、ウィルスは不思議そうに目をやった。

「ジョバンニについて、何か知っているのかい?」

「知っているというか……まぁ、ほんの少し情報を持ってるくらいよ」

 テディは立ち上がると、ウィルスの肩の上にぴょんと飛び乗る。

「ウィルス、せっかくだし、わたしをアーティクトに連れて行ってよ」

「えぇ? アーティクトに?」

「そこでいろいろと分かると思うの。ね?」

 ウィルスは苦笑して肩のテディを撫でながら「分かった」と頷いた。

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