第3話
翌日、ウィルスの店を訪れたリットは驚いていた。
ウィルスが昨日店をたたむと言っていたのに店はオープンしていた。
それもあるが、店に子供の姿があったからだ。
リットがウィルスの店で子供の姿を見た事などこれまでに一度もない。
リットは店内にいた親子と入れ違い様に店に入る。店のカウンターにはウィルスが笑顔で待っていた。
「やぁリット」
「やぁ……って。昨日店やめるって言ってなかった?」
「うん、それ止めたんだ」
「店を止めることを止めたっていうの?」
「うん、そうだよ」
リットはため息とも取れる呼吸をしてから、カウンターに編みカゴを置いた。
「どういう心境の変化かは知らないけど……さっきの親子、何か買って行ったの?」
「木製の人形をね、三つくらい買っていったよ」
「ふーん……」
そこで、リットはレジの横に置いてある、一体のくまのぬいぐるみに目が行く。
そのくまのぬいぐるみは今まで見てきたどのくまのぬいぐるみよりも愛らしく、またリットの目を引き付けた。
「このぬいぐるみ……昨日まではなかったような気がするけど? どうしたの?」
「昨日徹夜で作ったから……」
「徹夜?! あんたねぇ……」
やはり呆れてしまうリットは、そのくまのぬいぐるみを手に取って、腕の中にしてから頭を撫でた。
「この子、かわいいじゃない」
ウィルスは苦笑しながらリットからぬいぐるみを受け取った。
「そりゃそうだよ、最後の作品にしようとありったけの魂をこめて作ったからね」
「それで、最後の作品にしようとしたのになんで店開けてるわけ?」
リットの言い方に、ウィルスはのほほんと返した。
「このぬいぐるみ作ってから、まだ僕にも出来る事があるんじゃないかって思って」
「へぇ……まぁ、お店に人が来るんならあたしも何も言わないけど」
リットは店内を見渡してから、どことなく違和感を覚えた。
何か視線をいろんなところから感じる。見られているような気がする。
「ウィルス……ここにいるのって、あんた1人よね?」
「そうだけど?」
リットは首を傾げながら思案していたが、考えても無駄だと悟ったのか、腰に手を当てた。
「明日もまた来るけど……」
「うん?」
リットはウィルスの腕の中にあるぬいぐるみを見てから、
「そのぬいぐるみ、欲しいな。ダメ?」
ウィルスは困ったような笑みを浮かべて、首を横に振った。
「ごめんリット。これだけは手離せないんだ。僕の魂だから」
「そう……まぁそのうち他のものでも作ってもらおうかな」
空になった昨日の編みカゴを受け取ると、店のドアを半分開けて振り返った。
「お店、また人が来るといいね」
「うん、僕もそう願っているよ」
じゃあね、と言ってリットが帰ってしまうと、腕の中のテディがみじろぎした。
「今のは?」
「あぁ、僕の幼馴染。学校がずっと一緒だったんだ」
「ふぅん……」
テディはウィルスを見上げながら、はふっと息をつく。
「それにしても、効果がもう出てきているみたいね」
久しく使われる事のなかった店のレジを見て、テディは満足そうに言った。
ウィルスは不思議いっぱいにテディを見やる。
「一体何をしたんだい? 僕には見当もつかないよ」
「そのうち教えてあげるわ」
そしてまた、ドアベルが鳴る。
子供に手を引かれて、母親が入ってくる。ウィルスは笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませ」
***
気が付くと、ウィルスの店はほぼ毎日お客が来るようになっていた。
それもなぜか、来る人来る人、みんなが子供に手を引かれてやってくるのだ。
ウィルスの商品の出来栄えは語るまでもなく緻密で繊細な作りであったため、噂は広がり、店のドアベルは鳴りっぱなしだった。
昼間は店に立ってお客の対応に追われるウィルスは、夜になると工房にこもって新しいおもちゃを作る。工房で夜を明かす事も少なくなかった。
ウィルスが寝たのを見計らって、テディは作業机から飛び降り、トコトコと店の方に歩く。
店のおもちゃがテディを見下ろして飛んだり跳ねたりした。
テディは片手を挙げてから店内のおもちゃ達に言い放った。
「さぁみんな、今日も張り切っていくわよ!」
テディの合図をもとに、おもちゃ達はそれまでの喧騒をなくし、静まり返る。
テディも店のカウンターによじ登ってからレジに身を預けると、目を閉じた。
翌朝。ウィルスが起きると、やはりテディがいない。
最近目を覚ますとテディは決まって作業机からいなくなっている。
そして、店をのぞくとそこですやすやと眠っているのだ。
ウィルスの気配に気づいたのだろう、テディは眠たげに目をこすりながら、あくびを一つした。
「あぁおはようウィルス」
「おはようテディ。……君は毎晩何をやっているの?」
胸に閉じ込めておいた疑問をぶつけるが、テディは悪戯っぽく笑うだけだった。
***
ウィルスの眼の下のくまを見て、リットが店番をかって出てくれた。
おもちゃ作りが間に合わなくなってきたのだ。
夜通し作り続けても翌日にはまた売れてしまう。
うれしい悲鳴だが、ウィルス一人では限界があった。
「ウィルス、お昼ご飯にしない?」
店を一旦閉めたリットが工房を除くが、ウィルスは手を休めずに言ってくる。
「何か適当につまめるもの、お願い出来るかな?」
「はいはい」
ウィルスの片隅を見る。やはりそこにはあのくまのぬいぐるみがいた。
心なしか、先日よりも一段と笑顔になっている気がした。