第3話
その日の一日が終わって、ウィルスは肩をならした。
まだまだ予約待ちの商品は山ほどあり、少しずつでも消化しないと次から次へと注文が降ってくる。
立ち上がって思いっきり伸びをしたウィルスは、リットが工房にこないので、自ら店の方に顔を出した。
「リット、今日はどうだった?」
「……」
「リット?」
リットはウィルスに振り向きざま、黒鞄を渡した。
「何だい?これは」
リットが何も言わないので、ウィルスは訝しがってカウンターの上に鞄を置き、留め金を外した。
「なっ……」
ウィルスは唖然とした。
これだけのお金があればアーティクト並の店だって出せるだろう。
だが、なぜリットがこんな大金を?
「このお金……どうしたんだいリット?」
「……くまのぬいぐるみを、どうしてもほしいという貴族の娘さんがいらして」
「えっ……」
ウィルスは大金を前に固まる。
テディが……売られてしまった?
「一応、断ったよ? でもこの大金を渡されて、断れる状況じゃなかったし。あのお嬢さんならぬいぐるみを大事にしてくれそうだったから」
「…………」
「か、勝手に売った事は謝るよ? でもおもちゃだって子供の手に渡った方が幸せだと思ったから。それに、このお金があればお店、もっと大きく出来るんじゃないかと思って」
ウィルスは大金を前にしてしばらくの間、無言だった。
***
リットが帰った後も、食卓のパンに手を付けず、黒の革鞄を見つめ続けた。
……確かに、このお金があれば、店を大きく出来る。職人を雇える。アーティクトに対抗出来る。
だけど……だけど?
テディがいなくなったこの喪失感はなんだろう。
いつもそこにいたテディがいない。テディの声が聞こえない、テディのボアのついた手が頬を撫でてくることもない。
テディ……
お金と……くまのぬいぐるみ一体。
たかが一体だと……人々は笑うかもしれないが。
(僕にとっては……)
何よりも、大切な一体。
精魂込めて、魂を込めて作り上げたかけがえのない一体。
命を宿した一体。
ウィルスは黒鞄を横に退けると、パンにかじりついた。
そして、黒鞄を片手に工房に行くとテディと同じボアの生地を出して、型を取っていく。
作業は夜を徹して行われた。