生きがいとして
工房でやすりをかけながら、ウィルスは額の汗を甲で拭った。
今日は特別天気がよく、柔らかな夕日が窓ガラスの透度を限りなくゼロにしている。
開け放ったドアからは緑の匂いを乗せた風が汗を涼やかにしてくれた。
「よしっと……あとはニスを塗るだけかな」
湾曲する足で床を転がす木馬の握り手に、ウィルスはそっと指を添えた。
おもちゃに命を吹き込む事……こんなに楽しい事なんてない。
それを生業としていけるのなら、自分の人生、何も言う事はない。
その時、ドアベルが鳴る。時計を見るといつもの時間だった。そして、いつもの声。
「ウィルス! いるんでしょー?」
彼女の声に応える為、工房を出て隣の店の中に小走りで行く。
するとそこには、おさげ頭の彼女が、そばかすのある顔を呆れたようにしながら立っていた。
「まーた何か作ってたの~?」
「またって……ひどいな、僕はこれでもおもちゃ職人だよ?」
「貧乏職人がよく言うよ」
布を被せた編みカゴをウィルスに突き出して、リットはやはり呆れて溜息を吐いた。
「毎日毎日、うちの売れ残りのパン持ってきてあげないと食事すらまともにとれないくせに」
ウィルスは礼を言いつつも、笑顔でリットに向かって言う。
「僕の食費を出すくらいならおもちゃの材料費に回したいからね」
「はぁ……このおもちゃ馬鹿、死んでも治らないね」
ウィルスは悪びれた様子もなく、笑いながら、
「おもちゃはいいよ~、夢と希望がいっぱい詰まってるからね」
そんなウィルスの言葉にリットは引きつった顔で、ウィルスの鼻先に人差し指を押し当てた。
「こんな誰もこないおもちゃ屋を続けて、この先一体どうするつもりなの!」
店内は毎日すみずみまでウィルスがはたきをかけ、ほうきで掃くので、どの商品にも塵一つついていない。どれもおろしたての新品のようだ。
それは非常にいい事なのかもしれないが……売れていれば、の話。
「アーティクトの商品ばかりが売れているのはオーナーのジョバンニのせいなんでしょ?! あいつが嫌がらせするからウィルスの店の商品が売れてないのは目に見えてるじゃない……相手は貴族だし、勝ち目がないって分かってるなら早めに店たたんで、もっとまともに稼げる職に就きなさいよ」
ウィルスの店、ノイスラックの商品はここ数か月……いや、一年単位で、売れたのはわずか二、三個。
それでもウィルスは死んだ両親から受け継いだ店を守る為、なんとかやり繰りしてきた。
だが、両親が遺してくれた財産も底をつき始めたのも確か。
ウィルスは純粋におもちゃが好きな心と、現実との間で揺れ動きながら赤毛をポリポリと掻いた。
「僕は僕の作りたい物を作ってる、それが世間に認められないのはやっぱり僕のせいなんだよ」
「違うって、あんたってばほんっっとうに世間に疎いね」
リットはウィルスの灰褐色の眼を見上げながら、両手を腰に当てた。
「ジョバンニが新聞や広告で王室御用達とかデカデカと宣伝しまくってるのに、あんたの店はジョバンニのせいで欠陥商品が多いって逆の意味で有名よ。っていうか、そもそもあんた、ジョバンニの店に行ったことあるの?」
ウィルスは考える素振りをして、首を横に振った。
「ないかも」
「なら一度行ってみるといいよ」
リットはウィルスに続いて頭を振った。
「行ったらきっと、びっくりするから」
「うーん……なら、明日にでも行ってみるよ」
パンの入った編みカゴを片手にして、のほほんとしているウィルスにリットはため息が尽きなかった。