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1. 唐突+逃走



「ハァ……!ハァ……!ハァ……!」


その少年は走っていた

疚しいことをして逃げているわけではない

走らなければならないから走っているのだ

汗とも涙とも判然としないものが頬を伝って地面を湿らせる

心臓が今にも破裂にしそうなくらいに煩い

走っているのは少年だけではない

その場にいる人間の誰もかもが必死の形相で走っていた

立ち止まればたちまち死んでしまうとばかりに走っていた

実際に動きを止めた者は死んだ

少年は足を止めずに首を後ろに向ける

死の塊がいた

大蛇だ

ただの大蛇ではない

大蛇は一口で人間を胃袋に詰めれるほどに巨大だった

現実的ではないサイズに誰もが作り物と思った

大蛇が動きだし不運にも近いにいた人を丸飲みする一連を見るまでは

大蛇は餌を咀嚼しながら次の獲物を見定めていた

大蛇は咀嚼など必要としていない

ならば必要のない咀嚼を何故しているか

決まっている

獲物に恐怖を与えるためだ

狩りを愉しんでいるのだ

蛇の表情などわかるものではないが大蛇の口角が上がっているように見えた

逃げ惑う獲物のあまりの滑稽さを大蛇は嘲笑しているかのようだった

少年は荒い息で唾を飲み込み走る


脳に酸素が回らなくなってきた少年は自問する

そもそも自分は何のために走っている?

死にたくないから

本当に?

別に

なら、どうして走る?

怖いのは嫌だから

苦しいのは嫌だから

痛いのは嫌だから

なんで大蛇なんかに追いかけられてるの?

知らない

どうして薄暗い洞窟にいるの?

ぼーっ、としてたらいつの間にかここにいた


少年の体力はとうに尽きていた

体も限界で意識も気を抜けば霞む

自問でもしていないと倒れてしまいそうだ


「助けてッ!!」


後ろで誰かが転んだ

今度は女の声だ

無意味だと分かっていても人間は藁にもすがる

誰も倒れた人を助けない

寧ろ、少しではあるが時間稼ぎになる

助けにいくような馬鹿はとっくの昔に大蛇の腹の中だ

少年も助けの声を気にかけない

もう何度も聞いたのだから


「助けてよォ!――八尋ッ!!」


女の声は少年の名を呼んだ

あぁ、と少年は思い出す

この声は


「ごめん」


もう二度と聞くことはないだろう

声の主は少年へと手を伸ばすが少年は止まることなく姿が遠ざかっていく

彼女は昏い絶望をその目に灯し絶望したまま大蛇に呑まれた

最後に覚えていろ、と誰にも届かない虚ろな怨嗟を残して

その最期を少年は見届けはしなかった

少年は一心不乱に走る

機械的に動く足は別の生き物になったかのように感じる

涙は出なかった

泣いている余裕などありはしない

あるいはもう泣いているのかもしれない

助けを求めた彼女を見殺しにした罪深き自分が彼女を悼むことを許されるはずがない

彼女だけではない

助けを求める人をどれほど見殺しにしたのかわからない

仲には年端もいかぬ子供もいた

無残にも大蛇に食われた

子供を助けようと無謀にも大蛇に立ち向かった大人もいた

当たり前ではあるが現実は漫画ほど優しくなかった

いっそ一思いに食われて楽になってしまおうかという考えが頭をよぎった

そのときだ


「おい!出口だ!出口が見えたぞ!」


「助かるのか!?」


少年の前を走る者達が洞窟の果てに届いた

光が見える

大の大人が余裕に通れるほどの穴

しかし大蛇は通れるほどではない

彼等は続々と光へと飛び込み姿を消していく

少年は地獄の終わりが見えたことで安心した

気を抜いてしまった

少年は後ろを振り返る

誰もいなかった

冷たい汗が背を伝う

大蛇と目が会った

順当にいけば大蛇が次に喰らうのは少年だ

前を見る

光の中に消えていく人が少年を見ていた

その目にすまないと謝っているようだった

残りは少年だけだ

出口まではまだ距離がある

大蛇は少年を追い越し出口を塞いだ

いままでにない速度だ

始めからこの速度を出されていればと思うゾっとしない

大蛇の急激な移動によって起きた風圧に抗う気力も体力も少年にはすでにない

駅で電車が通り過ぎるときに起こる風圧より強いそれに少年は容易く吹き飛ばされる


「カハ……ッ!?」


少年は洞窟の壁に叩きつけられる

しかし暴風はいまだ止まず、否、寧ろ強さを増していく

見えない風の壁と岩の壁に挟み込まれ肺から容赦なく酸素を搾り取られ激しく咳き込む


「……疲れた」


少年は薄れゆく意識の中で自分に訪れる最期を受け入れた

もう十分生き足掻いただろう

これだけ頑張ったのは人生で初めてだ

意識を失う分他の人のよりマシじゃないか

少年の目蓋が落ちる

動きを止めた少年を前に大蛇は口を開く

ただ獲物を捕食するためではなかった


『互いに惨めよな風の』


掠れた声が少年の耳朶を打つ

それが大蛇の声だと気付く前に少年の意識は途絶えた


〆 〆 〆


『おめでとうございます。貴方は|《勇者の加護》を会得しました。ようこそ異世界へ』


後に続く無機質な声は少年には届かない



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