星の王子さまだった
一人の青年が寂れたアパートの立て付けの悪い窓を開け夜空を見上げた。
7月7日の七夕の咽返る様に暑く、気怠い夜だった。
こんな所からは天の川など見えるはずも無く大して期待もしてはいなかったが『つい』見えるはずもないかと小声に出していた。
こんな行為に意味などないが、あるはずも無いのだが敢えて行動に起こすことで彼は彼の7月7日を自ら演出してみせるのであった。
天の川、星、という単語を連想しながら窓を閉めた彼は昔読んだサン=テグジュペリの星の王子様を思い出していた。
稚拙で、些か少女趣味の様に取れる考えにうんざりしながら古びたカウチに腰掛け、深い溜息を付きながら体重をそれに任せた。
もし自分が星の王子様なのだとしたらこの狭苦しい部屋が我が星であるのだろうか。
それともしばらく帰ってはいない母が暮らす家がそうなのだろうか?
彼はくだらない思案に自問自答していた。
しかし自分には操縦士の友人も、優しき狐もいやしない。それどころか在るのは自身を噛み殺さんとする現実という蛇だけだろう。きっと笑って星になんぞなれるもんじゃ無い。
けれど、それでも、きっと星の王子様だったのだ。
目には見えない大切なもなのがあると信じていた幼き、清き、愛らしい少年がいたのだ。当然自分だけではなくこの星空の下で、舗装された砂漠で今生きている人間たちもそうだろう。
高尚な上っ面だけの意見を述べる政治家、自らに自惚れているナルシスト、現実から目を逸らす為飲んだくれている中年男、日々を切磋琢磨と生きて高級ブランドスーツを着ているサラリーマン、昼夜問わず屋外で仕事をする作業員、教鞭を取り続ける勤勉な教師。
皆、誰も彼もが星の王子様だった時期があったのだ。
もちろん、今現在『星の王子さま』の子供達もいる。けれども彼らもいずれは大人になる。股座には毛が生え、顔には髭が生え、自慰を覚え、女を知る。
染みだらけになるかもしれないし腹が出るか痩せこけるかもしれない。
そんな彼らがもし今の自分の様な思案に耽る事が将来来たらどう思うだろうか?
絶望するだろうか?それとも成長したと考えるだろうか?汚れたと思うだろうか?それとも…それとも…。
彼は思った。笑っていられる、帰るれる星や大切だと思える薔薇がきっとあってくれればいいだろう。
自分も残念ながらまだ蛇に噛まれる訳にはいかない。こんな現実になんか殺されてたまるものか。
そうだ、薔薇を見つけよう。何だっていいだろう。どんな形でもどんな色でも大切に育てよう。いつか笑っていられるように、涙で濁らない様に。
−僕は星の王子さまだった−
七夕という事から星の王子さまを思い出し執筆しました。
読んで頂けたら嬉しいです。