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1.

初投稿作品です。

魔法少女モノを書きたいなあとか思って書きだしましたが、どうしてかこうなりました。

宜しくお願いします。


「明日の仕事は?」

「座ってろ」


 私の端的な質問に、このオフィスの主人である巌本玄太は、これ以上はないという簡潔さでもって答えた。


「……明日の、仕事は?」


 しかしだからといって「はい、そうですか」と引き下がってやる理由はない。

 何しろ今日は一日中椅子に座っていただけなのだ。

 仕事のない無為な時間をデスクの前で過ごすのは、仕事がありすぎてデスクから動けないのと同じくらいに嫌いだ。もし明日も同じように過ごさなければならないのだとしたら、私は貧乏揺すりで床に穴を開ける自信がある。

 故に私は身を乗り出して切実に訴えるのだ。


「仕事。暇にならない程度のお仕事」


 手元の書類に目を通していた巌本だったが、こちらの熱意が通じたのか、やっとのことで顔をあげた。

 名前負けしない厳つい顔。

 スキンヘッド。

 左頬には顎にまでかかる大きな古傷。

 始終不機嫌そうな顔をしているこの大男の正体が、実は料理好きの猫好き中年だと知らなければ、誰だってニ、三歩退いてしまうような外見である。


「なら、これを片付けてこい」


 鼻の前に突き出されたコピー用紙をざっと斜め読みする。

 読み終わった私はさぞ渋い顔をしていたことだろう。


「また猫探し? こないだも同じ仕事したばかりなんだけど」

「同じじゃない。前回のは三毛猫、今回はペルシャ猫だ」

「それを同じっていうのよ……! ていうか、なんで私にまわってくるのは猫探しばっかりなのよ」

「それしか出来ないからだろうが」

「それしかやらせてくれないからでしょ。柳やウィルシアには色々な仕事をまわすのに」


 差し出されたコピー用紙を突っ返すと、巌本は書類の山からのっそりと上半身を起こした。ちなみに、いつ来てもこの机の上からは書類の山が消えない。結構なスピードで事務仕事をこなしているように見えるんだけど、それを上回る速度で必要書類が増えていくらしい。

 苦労の絶えない人である。


「――神樂、ちょっと俺の質問に答えてみろ。ここはどこだ」

「え。なによ、働きすぎてボケたの?」

「違う! いいから答えろ」


 なんなのよ。面倒臭い。

 ……でもまあ、時には目上の人間を立てることも必要だろう。これも仕事。そう思えばなんだって出来る。仕事は完璧にこなさなければならない。私はどんな仕事でも手を抜かない人間なのだ。上司が若い女の子と会話をしたいというのならば、それに付き合ってあげるのが部下の度量というものだろう。


「――ここは人材派遣会社サテライトの第七営業支部」

「そうだ。で、俺は誰だ」

「支部長の巌本玄太。四十五歳独身猫好き。趣味はマイカーいじりと創作料理」

「そこまで答えんでいい。が、その通りだ。それで、お前は誰だ」

「ねえ、本当になんなのコレ。やらなきゃ駄目なこと?」


 付き合ってあげようかと思ったが、やはり面倒くさかった。


「やらなきゃ駄目なことだ」


 むう……。


「名前は時坂神樂。十五歳。サテライトの契約スタッフ。契約形態は歩合制。趣味は特になし」

「お前まだ無趣味なのか。人生ってのは何か打ち込めるものを――いや、それはまあいい。ともかく俺はこの支部の責任者で、お前はそこの従業員だ。それは何度も説明しているし、理解もしているな」

「ええ」

「じゃあ黙って猫を探してこい」

「横暴よ!」

「横暴じゃないとまわらねぇんだよ、会社ってのは」


 私にコピー用紙を押しつけると、巌本はまた書類の山に埋もれてしまった。

 彼があの姿勢になると暫くは起き上がってこないので、私も早々に諦めて自分のデスクに戻る。

 はぁ。

 結局また猫探しか。逃がしたくないなら鎖を付けて柱にでも縛り付けておけばいいのに。


「ペルシャ猫。血統書付き。名前はミー。三歳。特徴、普通のペルシャより尻尾が長く美しい」


 渡された書類には猫の写真が三枚添付してあった。どの写真にも服を着せられて瞳孔の細くなった猫が映っている。この灰色猫がペルシャ猫というやつらしい。

 でも尻尾が長いのって特徴になるのかしら。私は猫フリークではないので尻尾の長短優美などわからないのだけど。


「ところでこのミーちゃんは、なんで家から逃げ出したのかしらね」


 どうでもいいことを巌本へ聞いてみる。

 別に本当に知りたいわけじゃない。

 単純にこんな仕事しか回してこない上司への嫌がらせである。


「発情期だからだろう。もうすぐ夏だからな」

「夢も希望もない答えね」

「その二つを気軽に口に出来るのは、お前ら若者だけの特権だよ」

「すごく加齢臭の漂う物言いだわ」

「……そこはせめて大人の、と言え」

「いいじゃない、オジサンが夢を語っても。私は聞きたいな。巌本の夢とか希望とか」

「お前に語るくらいなら加齢臭で馬鹿にされた方がマシだ」


 そういうものなのだろうか。まあどうでもいい話だ。

 書類に視線を戻す。依頼主の住所はそれなりに近くの高級住宅街だった。

 写真で見る猫の毛並みもいいし、よくよく観察すれば今まで捕まえてきた猫より太り気味な気もする。きっと毎日沢山の餌を貰えていたんだろう。

 客観的に見れば幸せだったんじゃないだろうか、猫なりに。


「この猫も外の世界に夢と希望を抱いて脱走したのかしらね」

「猫に夢も希望もねえよ。あいつらは現在の欲望に忠実だからな。まあ、そこが可愛いわけだが」


 巌本は口元を緩めて含み笑いを漏らした。

 おじさんのデレデレ顔である。


「でも夢と希望がないなら、現状の生活に不満があったから逃げたのかしら。意外と服を着せられるのが嫌だったから、とか」

「それは意外でもなんでもねえよ。その写真の顔は本気で嫌がってるだろ」

「まあ犬猫に服とか完全に人間のエゴだものね。見ていて気持ちが悪い。じゃあちょっと視点を変えて、実はミーって名前が嫌だった、というのはどうかしら」

「ミーは辛うじて普通だろう。安直ではあるが」

「でもこの猫、雄だし」

「……」

「やっぱりミーちゃん、とか呼ばれてたのかしらね。ちなみに男でちゃん付けされるのってどういう気分?」

「知らん」

「巌ちゃん」

「やめろ」


 うわ、鬱陶しそう。

 なるほど。ひょっとしたらミーちゃんも、今の巌本みたいな気分だったのかもしれない。


「しかし本当に引き攣った表情してるわね、この猫。水をかけられる直前みたいな顔だわ」

「水を掛けたことあるのか」

「こないだ探した猫が喧嘩してたから、その時に。怪我したら面倒そうだったし――あ。あの喧嘩も発情期だからかしら」


 心底どうでもいい会話をしながら、脚部に巻き付けたホルスターから拳銃を取り出す。

 手に馴染んだグロック19だ。

 巌本に初めて会ったときに渡されたもので、それ以来この銃ばかり使っている。ずっと身につけているものだから、最近は持ち歩かないと逆に違和感を感じてしまう。

 デスクの引き出しからガンオイル、整備用マット、工具類を取り出して等間隔に並べてみた。

 なんかこうすると、よーし整備してあげるぞ、という気分になるのだ。


「銃の掃除は射撃場でやれ。客が来たらどうする」

「私がここに詰め始めて五年くらい経つけど、銃を見て驚くような人が来たことないじゃない」

「来るんだよ。たまには」

「大丈夫よ。万が一来たとしてもモデルガンとしか思わないから」


 【まさかこんな女子高校生が本物の銃を持っているはずがない。】

 銃刀法なんてものが存在するこの国では、そう考えるのが普通なのだから。

 まあ、厳密には私は高校には通ってないので女子高校生ではないのだけれど、世間一般の目で見れば私服姿の女子高校生といったところだろう。なにしろ花も恥じらう十五歳だ。


「整備はちゃんとやってるのか」

「毎日撃った後にバラして掃除してる」


 不思議なもので、こんな無機物の塊でも毎日磨いていると徐々に身体の一部のような感覚――これを愛着というのだろうか――が沸いてくる。昔は男の人がなぜ機械類にああも魅せられるのか不思議だったのだが、今はなんとなく理解できる。


「おい、その変なのはなんだ」


 いつ書類から顔を上げたのか、巌本がグロックのグリップを指差していた。

 そこには前日小物屋で購入した猫型のストラップが付けられていた。


「これ? こういうの付けてたら、可愛いのかなと思って」


 この銃自体が小型で持ちやすいのは気に入っているのだが、とにかく無骨なのだ。まあ銃なのだから当然のことだけど。

 でも少しくらい可愛らしく仕立ててあげた方が、そう、私くらいの年齢の【女子っぽさ】が醸し出せるだろう。


「外しておけ。マガジンの交換で引っかかる」


 我ながら良い判断だ、と自画自賛をしていたら、思わぬところから文句が飛び込んできた。


「引っかけないように注意してるわよ」

「可能性の問題だ。そいつは玩具じゃない。外せ」

「そんなことは、わかってるけど。どうしても駄目?」

「駄目だ」

「頑固じじい」


 諦めてストラップを引きちぎる。

 巌本がああ言い出したらこちらが応じるまで絶対に意見を曲げないのだ。この辺りはもう馴れたものである。


「そういうのは携帯電話にでも付けておけ。あと俺はジジイ呼ばわりされるほど年は取ってない」

「スマートフォンを携帯電話って呼ぶ人は大概年寄りなのよ」

「……」


 巌本が渋い顔になった。どうやら多少は思い当たる節があるらしい。


「あ。このストラップ、せっかくだから巌本のガラケーに付けてあげる」

「おい――」


 てけてけとデスクに詰め寄って、机の上の飾り気のないガラケーにくっつけてあげた。


「はいどうぞ」

「……」


 巌本は渋面のままそれを受け取った。


「うん、すごく似合わないわね」

「うるせえよ。で、やるのかその仕事」


 何かを諦めた様子でケータイを机に置いて、そう尋ねてきた。


「猫探し?」

「他にないだろうが。やらないなら本部の医療班に戻れ。あっちのほうが稼ぎはいいはずだ」

「確かにそうなんだけど。でももう二十時まわりそうだし」


 この会社の朝は遅い。というかいつ出てきてもいいし、いつ帰ってもいい。裁量労働とかいうらしいが、つまり巌本に割り振られた仕事をこなせば勤務時間は比較的自由に決められるのだ。

 ただそれだと済し崩し的に夜型になってしまうので(夜に目が冴えるのは私の体質的に仕方がない)、自制して十一時に出社、二十時に退社というリズムを付けるようにしている。


「医療班には昼に顔を出してきたけど、私の手当てが必要そうな怪我人なんてどこにもいなかったわ」

「珍しいこともあるもんだ」

「本当に。雨の代わりに9ミリ弾でも降ってくるんじゃないかしら」


 人材派遣会社サテライト。

 資本元は世界有数の資本家であるセライム・セクター氏が抱えるセイラム財閥。その末端の一企業という位置づけだ。

 ベビーシッターにボディーガード、プログラマーの派遣から猫探しまで。そこに人材が必要なら、三十万人の優秀なスタッフが迅速対応、迅速解決!

 ……というようなキャッチフレーズだったと思う。間抜けな顔をしたウサギが会社のエンブレムになっていて、テレビのコマーシャルもよく見かける。道行く人に聞けば三人に一人は知っている大手企業だ。


 表向きは、そうなっている。


 裏向きの顔はグロック19(こんなもの)を持った人間がうろうろしているような、とても如何わしい派遣会社なんだけど。

 ううん、それだけじゃない。

 むしろそんな荒事を請け負う顔ですら、本来の目的を隠すもので――


「まあ怪我人がいないならチビ先生も腕の振るいようがないな」


 茶化すような声で、はたと銃の手入れが止まっていたことに気付いた。


「チビ先生って何よ。小さかったのは何年も前のことよ」

「いまでも大して変わらないだろ」

「もう160センチあるわ」

「……そうなのか?」

「まあ190もある大男から見たら130も160もそう変わらないんだろうけど、女の中じゃそこそこ大きいほう――どうしたの、変な顔して」


 巌本はきょとん、という表現がしっくり来るような、間が抜けた顔をしていた。写真でも撮っておこうかと思ったが(こういうのは亞耶音の大好物だ)スマホに手を伸ばす前に「なんでもない」と書類で顔を隠してしまった。

 気になる。


「そういえば、そろそろ柳とウィルシアの仕事が始まる頃合だ。確か今日は『遺品』の護送だったか」

「そこまで露骨に話を逸らされると、逆に清々しいわね」

「あー、そろそろ定時報告があってもいい時間だな。アイツラはいつも適当だから困る」


 すっとぼけた巌本が喋り終える前にデスクの電話が鳴った。


「サテライト第七営業支部。お、柳か。ちょうどお前の話をしていたところだ。仕事の首尾は――」


 椅子をくるりと回転させて向こうを向いてしまった。完全に追求するタイミングを逃した。

 まあいいや、どうせ大したことじゃないだろうし。


「整備完了、と」


 グロックをホルスターへ戻し、工具類を机にしまって鍵をかける。

 時計を見れば十九時五十八分。余裕のフィニッシュだ。

 きりもいいし今日はもう帰ろう。猫探しは……明日の気分次第で受けるか決めればいい。


「なんだと?」


 緊迫した声が響いた。

 ゆるゆると緩み始めていた空気が冷え固まる。巌本がこんな声を出すのは決まって何か大きな問題が起きた時だ。


「どうしたの」


 駆け寄って問い掛けるが、巌本は受話器に耳を傾けるだけで答えない。

 まさか二人が怪我でも?

 一瞬過ぎった思考を即否定する。まさか。そんなはずはない。あの二人が組んで怪我を負うなんて仲違いして喧嘩した時くらいだろう。


「――わかった。お前も本部に向かえ。俺も直行する」


 数分後。

 眉間に皺を寄せた巌本が、静かに受話器を置いた。


「お前は帰れ、なんて言わないでしょうね」

「…………」


 会話の端端から聞こえてきた僅かな単語。


 捕獲。

 半生半死。

 ――魔女憑き。


「……柳とウィルシアが仕事とは関係なく『魔女憑き』に遭遇したらしい。ただ捕まえる時にウィルシアがやり過ぎて今にも死にそうなんだそうだ。普通の医者じゃ間に合わん。治せるのは、お前だけだ」


 巌本は観念したように瞳を閉じ、そう言った。


「魔女憑きを」


 アイツラを。

 あは。あはははは。

 やるじゃない、ウィルシア。

 ああ、楽しい。なんて楽しい気分だろう。

 家に帰るなんてとんでもない。

 これは素敵な夜になりそうだ。


「喜んで診るわよ。ううん、他の誰にも譲らない(・・・・・・・・・)


 苦い顔をした巌本は何かを言いたげな様子だったが、機嫌良く笑う私を一瞥しただけで、黙って腰を上げた。その手には愛車の鍵が握られている。



 ――私がここにいる理由。

 私がサテライト第七営業支部なる部署に席を置く理由。


 お金を稼ぐため。生きるため。

 確かにそれもある。だけどそれだけなら、別にここでなくとも構わないのだ。

 私がここにいなければならなかったのは、ここに存在し続けなければならなかったのは、ここでなければ叶えられない夢が、希望があるからだ。


 いいや、夢なんて、希望なんて、そんな暢達曖昧なものではなく。

 もっと毒々しく、暗澹としてた、濁って熱を持った――そう、言葉にするなら、それは『渇望』だ。

 

 父を壊し、

 私をこの世界に産み落とした、


「魔女。ふふ」


 あの女(・・・)への、復讐のためだ。





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