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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
8/21

過去の記憶と覚悟

 自分の家へ杏を運んだ彰は客人用の和室に布団を敷いて、そこに杏を寝かせた。

 相変わらず彼女が目覚める気配は無かった。陽はだいぶ昇ってきている。そろそろ一般人の起床の時間だ。

 偶然にも今日は学校の都合で臨時休校になっている。わざわざ学校への言い訳を考える必要も無かった。

 襖を少し開け、廊下に腰を下ろした彰はただ外を眺めて杏が起きるのを待った。

 静かな時は確実に過ぎていき、陽は更に高く昇っていく。それでも彰はただ杏が目覚めるのをずっと待った。

 昇りきった陽が今度は少しずつ西に傾いていく。食事も摂らず、忍耐強く彰はその場を動かなかった。

 時間が過ぎていくほど、彰の中で不安が高まっていった。もし、このまま杏が目覚めなければどうしよう。そんな焦りが募った。

 とうとう夕日がさし、陽は沈んでいった。少しだけ襖から杏の様子を見たが、何一つピクリとも動かなかった。浅い呼吸音が微かに聞こえるだけだ。

 祈るように手を組み、彰は顔を伏せた。その間に空は暗くなり、やがて月と星が顔を覗かせた。

 「んっ……」

 杏の声が聞こえ、彰は反射的に振り返った。それと同時に襖が開く。

 「杏、お前もう大丈夫なのか?」

 「杏?」

 すると、杏は彰の背中をビシバシ叩いた。

 「なにとぼけているのよ、胡蝶。私よ、桜よ」

 心臓がドクンと大きく脈打った。

 この微笑みをずっと昔から知っている。彼女の姿を、随分前から知っている……。

 ――俺は、胡蝶の生まれ変わりなのか……?だから、姿もそっくりなのか?

 真実がようやく姿を現したようだった。しかし、彰は思考を回しても動く事が出来なかった。

 口が、勝手に喋り出す。

 「桜、やっと、やっと会う事が出来た。前世で誓ったあの約束を、今こそ果たす事が出来る」

 「待っていたのよ、ずっと。貴方にこうして再び巡り合う事を」

 と、急に意識が現実に引き戻される。

 杏と彰の体から二つの魂が浮かび上がる。そう、桜と胡蝶のだ。

 「あれ?私何していたの……?」

 先程まで桜に体を使われた杏には記憶が無いらしい。

 桜と胡蝶の魂はやがて人の姿を形どる。胡蝶は紺の短髪に桜と同じく緑の目をしていた。彼の着ている服も、紺水家の伝統呪術服にそっくりだ。

 千年前の桜と胡蝶、そして現代の杏と彰は同一人物であったのだ。

 英雄である彼らの末裔なだけで誇りだと言うのに、更に生まれ変わりだと告げられたらまさに奇跡としか言いようが無い。

 はたと、ある事に気が付いて杏は自分の掌を見つめた。

 ――もしかして、桜の力を私が使うことは出来るの?

 そんな杏の考えを読み取って、桜が答える。

 「私の力は既に貴方の中にあります。しかし突然の力は身を滅ぼすので封印が成されています。それを解くには胡蝶の生まれ変わりと協力しなければなりません」

 「協力?」

 「……記憶の封印を解除しましょう」

 静かに桜が杏と彰に向かって人差し指と中指を向けた。

 途端に、めまぐるしい記憶の渦が二人に襲い掛かった。前世の記憶が蘇る。

 

 気が付けば二人は桜と胡蝶、そして向かい合う漆黒の姫と紫苑の姿を見ていた。もう長い時間戦っているらしい。両者とも息が上がっている。

 「最後の手を使いましょう」

 「駄目だ。それを使ったら……」

 「私は大丈夫。時には犠牲も必要でしょう?私はこの命を捧げてでもこの世界も貴方も守りたいの。だから、お願い」

 「……もう、どうしようもないんだな。桜の考えは俺では変えられないんだな」

 苦い表情をして胡蝶が頷く。それを合図にきっと桜は紫苑達を見る。その威圧感に漆黒の姫はたじろぐ。

 胡蝶は指で桜の胸に印を描く。すると、印が光り出し辺りは眩い光に包まれる。

 桜の体が宙に浮く。桜の瞳がふいに潤み、一粒の涙を零した。それと同時に光が辺りを白に染める。

 「ああ!くっそう……桜め。我がこのまま退くとでも思うのか!」

 光に包まれ、苦しそうに悪態を着いた紫苑は桜に手を伸ばす。だが、その手が光の石に閉ざされる。

 足も胴体も光の石に閉じ込められ、とうとう身動きが取れなくなる。

 「紫苑!」

 漆黒の姫が駆け寄ろうとしたが、既に紫苑は体全て光の石に閉じ込められてしまった。

 腕でどんなに叩いてもそれが壊れる気配は無い。漆黒の姫は光源の方角を睨みつけて、

 「許すものか!来世でもお前達を我は許さぬ!地の果てでもお前達を追いかけ、血に染めてやる!」

 と言い残して消え去る。

 光が消えた時、胡蝶は桜の元へ走った。

 印の効力が消え、桜の体は地面へと落下していく。それを胡蝶がすれすれの所で受け止める。

 「桜!しっかりしろ!紫苑は封印出来たぞ!漆黒の姫は逃してしまったけど、これであんな強大な術を使えないだろう」

 「……胡蝶、私はもっと、もっと貴方と……一緒に、居たかった」

 「何言ってるんだ。いつだって一緒だ。あの約束は例え来世になっても果たして見せるさ。絶対な」

 「約束……よ」

 安心したかのように桜は微笑み、そして目を閉じた。

 力なく腕が地面に落ちた。

 それを見届けた胡蝶はありったけの声で空に叫んだ。

 「桜ぁ!」


 はたまた気が付くと彰の家に戻っていた二人は顔を見合わせた。その顔は青ざめている。

 ――桜は、命を生贄に紫苑を封印した……。つまり、その力は発動と同時に呪術主の命を奪う……

 「出来れば、何とも無い方がいいのですが……。強大なる力は術者もろとも滅ぼす理。その運命は捻じ曲げれません」

 「こんなの受け入れられるかよ!」

 異議を唱える彰の声はまるで悲痛な叫び声だった。

 「世界のためだとか、理だとか、そんな理由で命絶たれてみろよ。本人は誇りに思うかも知れないけどな、残される者はそう思えない!ましてや、ずっと一緒だった人が突然居なくなって正気で居られるとでも思うのか!」

 八つ当たりで床を叩いて、彰は部屋の奥に消えた。

 しばらく沈黙の中で考えていた杏だったが、やがて面と向かって静かに告げた。

 「それが、運命ならば私はそれを受け入れるのみ」

 覚悟を決めた上でも、声は震えていた。

 この世に未練など無い。でも、気掛かりなのは彰の事だ。素直に了承して貰える訳が無い。

 「出来るだけ即刻に取り掛かって。じゃないと紫苑が……」

 と、言葉の途中で桜と胡蝶の姿が掻き消えた。

 空には暗雲が立ち込め、月と星はやがて見えなくなった。ただ真っ黒な闇が夜空を支配していた。

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