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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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運命の糸

 気が付けば、うっすらと太陽が昇り始めていた。

 こんな時間まで寝てしまっていたのかと、杏はその場で伸びをした。自然と欠伸も出る。

 開かれたままの書と、蝋が異様な姿となって固まっているのを見ればあのまま寝たのがよく分かる。本来なら、あれから修行に励もうと思っていたのだが。

 ――これは、しょうがないよね

 制服のままだった事を今更思い出し、呪術師の服に着替える。これを着ないと、あんまりやろうと言う勢いが湧いてこないのだ。

 しゃきっとして、杏は自分の頬を力強く叩いた。眠気が一瞬にして吹き飛ぶ。

 「よしっ、やるぞ!」

 自分の部屋から出て、森へ向かおうと支度を始める。と、何故か台所のテーブルにおにぎりの乗った皿が置かれていた。母はもう居ない。自炊の生活をしているので、こんな事をするのは誰だかすぐに予想がついた。こっそり忍び込んで置いたのだろう。

 そんな姿を想像すると、何ともおかしいものだ。笑いながら杏はおにぎりを頬張った。ちょっぴり塩辛かった。慣れない手で彰が作った証拠だ。

 「全く、私はあんたの子供かっ!」

 愚痴をこぼしつつも、杏は満面の笑みでおにぎりを食べ終わった。皿はしっかり洗って、乾燥台に置いておく。

 おにぎりのお陰で元気を取り戻した杏は意気揚々と森へ向かった。


 早朝とだけあって、風が少し冷たい。肩を竦めつつも、杏は森の奥へと入って行った。

 やがて木々ばかりだった視界が開けて、厳重に鍵が掛けられている大きな祠に辿り着いた。ここに紫苑が封印されていると伝えられている。

 鍵は破られた形跡など一つも無かった。どう考えても外部から何かが侵入したようには感じられない。

 ――姫は人間じゃない。力を使えばこんな物、いくらでも潜り抜けられるだろう……

 そっと祠に手を触れた。

 その瞬間、祠が鼓動した。それに応える様に杏の心臓も鼓動する。

 何が起こったのかさっぱり分からなかった。体が思うように動かない。息さえも出来ない。苦しくなる……。

 まるで憎悪の塊のような邪悪な力が祠から湧き出ていた。それが杏を捕らえているのだ。それさえ封じればいいのだが、杏はどうする事も出来ない。

 朦朧としてくる意識の中に、声が語りかけてきた。

 「これは何かの運命。幾度の時を重ね、我はお前を待っていたぞ。お前を我が手にする日を!」

 邪悪な力が人の影を形どる。完全な力はまだ取り戻せていないらしい。それでもこんな強烈な力を取り戻しているのだ。封印が弱まっている証拠でもある。

 ――漆黒の姫はここに力ある者の血を持ってきていたのか。紫苑を、封印から目覚めさせるために。

 「夢にまで見た愛しい桜……」

 その言葉に杏は体中が凍りついた。

 姫の憎む桜。そして今紫苑が憎悪を抱きつつも、恋がれている桜。千年前、彼らを封印した桜。

 一体桜は何をしたと言うのだろうか。そして、何故杏を皆桜と呼ぶのだろうか。

 答えは何も浮かばず、目の前が真っ暗になるその時だった。

 「邪霊退散!」

 彰の声と同時に、杏を捕らえていた邪悪な力が消え去った。影も一瞬にして浄化された。

 力無く杏はそのまま地面に倒れ込んだ。助けてくれたのが誰なのかまでは分かっていた。だが、そこからはもう真っ暗で何も分からなかった。

 「杏!」

 衰弱し、意識を失った杏の体を彰が抱きかかえる。

 「おい、しっかりしろ!杏!」

 どんなに呼びかけても杏の意識が戻ることは無かった。

 ちっと短く舌打ちをし、彰は片手の拳で地面を思いっきり叩いた。

 「ちくしょう!どうして守らせてくれねえんだよ。俺は昔から……」

 言葉は途中で途切れた。突然何の気配も無く、長い黒髪をした女が彰の前に立っていたからだ。

 沈黙の間に冷たい風が吹く。その長い髪が風に揺られ、靡く。何とも不思議なオーラを持つ女だった。透き通った緑の瞳は何もかも見透かしているかのように感じる。

 彼女こそ、杏の前に突然現れる女だった。

 女を警戒した彰は杏を抱きかかえる腕に力を入れる。その強張った表情を見た女は和むように微笑んだ。

 「大丈夫、私は貴方達に伝えたい事があるだけだから」

 よく見れば、女の服装は今杏が着ている呪術師用の着物とよく似ていた。だが、色褪せてまるで昔の映像でも見ているかのようだった。

 「お前は、一体何者なんだ……」

 「私の名前は、紅花桜。そこの子の遠い先祖に当たる者よ」

 はっとして彰は杏を見た。桜の事は紺水家にも伝説として十分伝わっている。

 そんな人物が今の世に生きているわけが無い。つまり、彼女は力ある者にしか見えない存在となってここに居るのだ。

 「胡蝶の末裔は貴方ね。やはりそっくり」

 何故か桜の雰囲気は杏にそっくりだった。そして桜は彰が胡蝶にそっくりだと言う。

 ただならぬ偶然の重なりに彰は違和感を覚えた。いくら末裔と言えど、ここまで似ているなんてあまりにも不自然だ。きっと何か理由が隠されているに違いない。

 桜はしゃがみ、杏の頬にそっと触れた。目を閉じている杏の姿を見て桜は悲しそうに見つめた。

 「過去の概念が再び降りかかって来る。確かに決着はつけるべきだけれども、私の生まれ変わりであるこの子に全てを託すのは荷が重過ぎる」

 「生まれ、変わり……」

 「そう、この子は私の生まれ変わり。私に似ていて当然なのよ。だって魂は同じなんですもの。紫苑を封印した私を漆黒の姫は許さないでしょうね。そして私を愛して裏切られた紫苑本人も」

 「何だと?紫苑は漆黒の姫と関係があるのか!」

 「ええ。彼女は紫苑の妻よ。彼女が私を恨んで当然よ」

 と、桜の姿が薄れる。

 「ああ、今日はもう力が足りない……。まだ話さなければならない事があるけど、それはまた今度」

 「ちょっと待てよ!その話をもっと詳しく……!」

 彰が声を張り上げた。しかしそれも虚しく桜の姿はみるみる薄れてやがて消え去ってしまった。

 恐らく彼女は生きている間にメッセージを今に送っていたのだ。真実を伝えるために。

 だが、その真実も荒削りに告白されてしまった。結局分かったのは杏が桜の生まれ変わりである事、姫は祠に封印されている紫苑の夫である事、そして過去の概念が杏に全て降りかかろうとしている事だ。それだけでも大きな収穫だ。

 ――杏、俺はお前と一緒だ。生きるも、死ぬも。例えどんな事が先に待ち構えていても

 強い決意と不安を胸に杏を抱きかかえた彰は自分の家へと駆けた。

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