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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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呪術師として

 また一つ、墓が増えてしまった。

 ちょうど五日前に死んだ母と、今日命を落としてしまった凛の墓だ。丁寧に供養した杏は悔しさでいっぱいだった。

 思い詰めているのを悟って彰は軽く杏の肩を叩いて言った。

 「まさかあの姫があそこまでするとは思ってなかったんだ。凛だって杏のせいじゃないって思ってるさ」

 「違う、これは全部私のせいなの。ちゃんとそういう事も考えて配慮するべきだったのよ。なのに私はあの時ぬくぬくと凛の元を離れた。それが全ての分かれ道だったの。もし私が凛の帰りをずっと待ってたらきっと……」

 墓の前に一粒の涙が零れ落ちた。

 護身用にと渡してあった札も姫には全く力が無かった。今の杏には姫に勝るほどの力が無いと言う事だ。呪術師として、情けない。

 凛が目の前で息絶えたショックで何も出来なかった杏を冷静にさせたのは彰だ。彰は凛が死んだと分かっていても冷静な判断をした。それが正しい対処法だったのだ。

 何もかも、彰には勝てない。元から持っている物が違うのだから。

 「杏……」

 「私に優しくしないで!」

 身を翻し、八つ当たりとしか言えない状況で杏は彰を睨みつけた。

 ――これでは大切な人さえも守れないじゃない。あの日から私は結局何も変わらないまま……

 どんどん自分が惨めに思えてくる。

 「私には強さが足りないの!もう誰にも傷ついて欲しくないのに、私には大切な人を守る事が出来ない!そんな力じゃ、駄目なの!じゃないと……」

 「何でもかんでも背負い込んでどうするんだよ!」

 彰の怒声に杏は怯んだ。突然顔を近づけ、彰が真剣な表情で見つめてくる。

 「誰が全部お前のせいだって言った!不甲斐なさなら俺の方があるさ!お前の大事な親友一人も守れない呪術師だぞ!そしてそんな自分の不甲斐なさまで幼馴染みのお前に全部背負わせて……。俺の方がよっぽど最悪じゃねえか!」

 感極まったのか、彰の瞳が潤んだ。

 ずっと三人で一緒に居たんだ。彰だって悲しいし、悔しいに決まってる。でもそれを表に出そうとはしなかった。

 彼はいつも自分を置いて大人になっていく。呪術も長けていく。置いてけぼりにされた自分は必死で彼を追っていく。でも、追いつくことはきっと永遠に無いだろう。

 そっと優しく彰が杏の髪に手を触れた。

 「俺が、守ってやるさ。お前も、お前の大切な人もな」

 顔が近づく。何が起こるのかが分かって、杏は手をかざして制した。

 「それじゃ、駄目なの」

 「……どうしてだ?」

 「私、自分の手で絶対守りたい人が居るから。もしその人が死んだら私も一緒に死ねるって言えるくらいね。だからその言葉は受け入れられないわ」

 きっぱりと言い放ち、杏は背を向けた。

 こんな時に子供じみた事を言うなんて大人気ないと分かっていても、杏は態度を変えようとはしなかった。こうするしか、対抗する事が出来なかったから。

 静かに彰は立ち上がり、側にあった家の柱にもたれかかった。軋んだ音が一瞬響く。

 二人ともそれ以上何かを話そうとはしなかった。静寂な時間だけが刻々と流れていくだけだった。

 あまりにも静か過ぎて、杏は彰への意識が高まっていた。いくら幼馴染みでも彼はれっきとした男だ。異性として意識しないわけが無い。少し頬が赤くなっているのも自覚している。

 ――ちょっと言い過ぎたかしら。私はいつもかっとなって言っちゃうから……

 「杏」

 「はい!?」

 思わず裏返った声を上げた杏に、彰は笑いを堪え切れなかった。笑い出した彰に杏は頬を膨らます。

 「何よ、人がちょっとそういう事すれば笑っちゃって。あんたの精神って本当訳分かんない」

 「だってよ、そんな驚いて素っ頓狂な声出されたら誰だっておかしいと思うぞ。それにお前子供じみて面白いし」

 「……あそ」

 さっきの真剣な表情は何処にも見受けられず、意識した私が馬鹿だったと杏は自分の部屋へと急ぎ足で戻った。

 その後姿を見送り、彰は優しそうな笑みを浮かべて自分の家へと帰るのだった。


 自分の部屋へ戻った杏は文机に置いてある書に手を出した。これは母の部屋にあった呪術の書物で、特に昔の出来事について詳しく書かれている。これに姫の事が書かれていないか調べてみようと思ったのだ。

 前に彰が言ったとおり、あれは今現代に生まれた悪しき者では無い。この森に封印されたいたならば、その時の記録が何処かに残っているはずだ。

 書を捲り、何十年、何百年と遡った記録に目を通す。難しい古典の文字が使われているのだが、呪術ではその文字を使うので杏はそれを解読する事が出来た。そのため、まるで現代の教科書でも読むかのようにスラスラと内容を読んでいった。

 夕日が落ちていき、暗くなったので、蝋燭に火を点して杏は黙々と書を読んだ。夕飯の事など忘れて没頭した。

 そしてそろそろ夜中となる頃、杏の手が止まった。目が大きく見開かれる。

 ――これだ……。これが、漆黒の姫の記録

 西暦一〇〇七年、今から千年も昔に姫は存在していたのだ。だが、悪しき者の存在は姫だけでは無かった。

 姫と共に書かれていたのは、紫苑と言う名前だった。書によると、紫苑と姫は夫婦で元は呪術師だったのだと言う。それが何故あんな悪しき者となってしまったかと言う経緯までは書かれていなかったが、姫には少なくとも仲間がもう一人居ることを知る事が出来た。

 彼らの力はとても強大で、誰もが世界は悪に染まると思われていた。

 しかし、そこで名乗りを上げたのが杏と彰の古い先祖であった。その名は桜と胡蝶だった。彼らは先祖の中でも一番息の合った組として代々語り継がれている英雄だった。

 そして密かに二人は愛し合っていたとも伝えられている。

 どのようにして封印したのかを読むために書を捲ろうとした時、突然眩暈が杏を襲った。

 ――何、これ……

 朦朧とする意識の中で、突然映像が流れた。

 漆黒の姫が桜と言った時に現れたあの女性が泣いて訴えかけてくる。

 「あの子を……闇から…、救って……」

 ――あの子って誰の事?

 「……あず、さ」

 そう言って女性は姿を消し、元の風景に戻った。

 はっとして辺りを見回しても、女性の姿は何処にも無かった。あるのは先程の書と文机と蝋燭立てなどがある自分の部屋だけだ。

 あれは夢だったのだろうか。否、同じものを見るなんておかしい。そして彼女が言った梓と言う名前。何故か連想されるのは漆黒の姫だ。もしかして、あの女性は姫の本名を伝えるために出てきたのか。

 分からない事だらけで、疲れもあって杏はうつ伏せになった。そしてそのまま深い眠りへと落ちていった。

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