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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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姫の目的

残酷なシーンがありますので、ご注意下さい

 「あのさ」

 「何だ?」

 お昼の言葉の意味がよく分からなくて、尋ねようとした杏だったが言葉に詰まって黙り込んでしまった。

 「あのさって何だよ?」

 意味不明だと言わんばかりに彰が聞いてくる。思い切って杏は裏返った声で言った。

 「お昼の言葉ってどういう意味なの?」

 「えっ……」

 その途端、彰の顔が紅潮した。あらぬ方向を見て聞いていないような素振りをする。明らかにおかしい態度だ。

 問いだしてやろうと思ったが、紅潮している彰がなかなか見物だったので杏はそれ以上問おうとはしなかった。

 と、急に晴天だった空に雲が広がり始める。色は重苦しい灰色で今にも雨が降ってきそうだ。

 予想は的中し、ぽつぽつと雨が降り出し始める。

 「やばい、早く帰ろう」

 「う、うん」

 早足になる彰を追ってちょっと小走りになった時、突然頭の中に声が響いた。

 ――助けて!助けて、杏!

 それは紛れも無く、凛の声だった。

 杏は立ち止まり、咄嗟に後ろを振り向いた。

 学校を中心にして暗雲が渦巻いていた。雷が中心から落ちる。凄まじい音が轟く。

 嫌な予感がして、彰をほったらかし杏は学校へ走る。暗雲が学校を中心にして渦巻くなんてあまりにも不自然だ。これもやはり姫の……。

 ――そうか!昼だからと安心させて、凛から離れさせる。これがあいつの目的だったのね!

 見事罠に嵌められ、杏は舌打ちした。天気を変えて陰の気を強くして襲い掛かる手があるのは計算違いだった。

 念のためにと札は持たせてあるが、それでは姫を遠ざけることは出来ても倒す事は出来ない。

 走りながら杏は札を取り出し、呪文を唱えた。

 「俊足疾風!風の精霊よ我を運べ!」

 途端に風がたなびき、杏を俊足の速さで学校へ運んでいく。

 校舎の屋根目掛けて杏は風から飛び降りた。両足で安全に着地する。風は主を運んで瞬く間に消え去った。

 札を握り締め、杏は渦の中心の真下に居る影を睨みつけた。そして怒りを露にして言った。

 「貴様、私達を欺いて凛を襲ったな」

 「これも作戦のうち。勝手に罠に嵌まるそなた達が悪い。我は最初から言っただろう。我の手から出来るものなら守ってみろと」

 苦笑しながら姫は片手を振り上げた。よく見ると、視線の先には凛がその場に竦んでいた。凶器となる長い爪が闇の中できらりと光る。

 咄嗟に杏は駆け出していた。非常用階段を滑るように降り、凛の元へ向かう。

 姫が眠りに誘うように微笑み、そして爪を鋭く突き出した。


 ザシュッ


 鈍い音と同時に杏がグラウンドに辿り着く。

 繊細に飛び散る赤に杏は絶叫した。凛は姫に貫かれ、そのまま地面に落下した。渡した札と共に。

 後から追ってきた彰も凛の変わり果てた姿に絶句する。

 「あ……あ……」

 赤を恐れ、動けずに居る杏を余所に姫は凛の首元に唇を近づけた。そして、吸血鬼のように血を飲み始める。

 命の源が全て姫の体内へと吸収されていく。凛が生きるために必要な血が、失われていく……。

 「馬鹿!何やってるんだ!」

 呆然とする杏に彰が叫ぶ。はっとして杏は我に返る。

 立ち上がろうと杏は足に力を入れたが、どうやらショックが原因で力が入らないらしい。支えの物があればと周囲を見渡したが、グラウンドにはそういう物が少なく、杏の近くには土しか無い。

 様子を悟ったのか彰が片手を差し伸べる。迷ってる暇など無く、杏はその手を支えとして立ち上がる。さすがは男とだけあって掌が大きかった。

 なんとか立ち上がり、二人は身構える。口の周りを無造作に手で拭き、姫はパワーアップしたとでも言わんばかりに爪を見せびらかした。言われてみれば、先程より数センチ長くなっているように感じる。それだけでなく、邪悪なオーラが強くなっている感じがするのだ。

 「お前は何の目的で力ある者の血を求めるんだ?元から俺達より強い力があるのにそれでもまだ物足りないのか!」

 声を荒げて問う彰。

 すると姫は黒い瞳を細め、寂しそうな口調で言った。

 「我が望みを叶える為にはあと十人の力ある者の血が必要なのだ。邪魔をさせる訳にはいかぬ」

 「その望みとは何よ!」

 「……我が愛しき方を目覚めさせるため」

 それが誰なのかは分からなかったが、何となくあの森に封印されている悪しき者を指している事は理解出来た。

 「自分勝手な望みだな」

 くだらないと彰は吐き捨てた。杏は何とも言えずにただただ姫を見つめていた。

 すると、姫は表情を変え、爪で一瞬にして杏の顎を持ち上げた。あまりの速さに彰も対処しきれていない。

 爪に力が入り、杏の顎は更に持ち上げられた。まるで醜い物を見ているかのような眼差しを杏に向け、忌々しそうに姫は言った。

 「お前は桜に似ているな」

 ――桜?あの木の桜の事?それとも人の名前?

 突如目の前に人影が浮かんだ。長い髪をした女の影だった。しかし、それは嘘のように一瞬にして消え去った。

 「その目つきが似ていて、憎い面影を思い出してしまう。桜もそなたと同じ呪術師だったからな」

 顎を持ち上げていた爪が離れ、杏は真っ直ぐに姫と対峙した。

 「さあて、今度はどれを我が糧とするかな……?」

 「今度は絶対誰も傷つけさせないから!あんたなんかに、絶対!」

 姫は楽しそうに宙に舞って消え失せた。暗雲もそれと同時に消え去る。

 既に冷たくなっている凛の体を抱えあげ、杏は呪文を唱える。

 「記憶よ、我が望むとおりに変形しろ!記憶消滅!」

 その途端、学校の教師や生徒達の記憶から凛の事は全て消滅した。存在その物が無くなり、黒板に書かれていた名前も、写真に写っていた姿も全て消え失せた。

 これなら誰も凛の悲劇を知らずに済む。誰も悲しまずに……。

 「彼女を、眠らせてやろう。神聖なるあの森で」

 「……ええ」

 二人は悲しみに包まれたまま、風に乗ってグラウンドから消え去った。


 「紫苑、また血を持ってきたぞ」

 姫が語りかけている先には透明な棺に眠る青年の姿があった。紺色の長い髪は一つに束ねられ、整った顔立ちは月明かりに照らされてより一層美しく感じる。

 返事が返ってこないのは分かっていてもつい語りかけてしまう。寂しさが彼を求めているのだ。

 棺の前に立ち、そっと姫は棺に唇を寄せた。赤い液体が青年の体に染みこんでいく。鼓動音がゆっくり大きく響く。

 「早く、早く目覚めて……紫苑」

 月に願うように姫は呟いた。

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