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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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垣間見せる素顔

 長い廊下を杏は彰を追って必死に走っていた。本来なら走ったりしたら駄目なのだが、今はそんな事考えている暇など無かった。

 校舎がU字型に建っているため、角に差し掛かれば彰の姿が見えなくなるのだ。ちょっと油断すれば、何処に行ったか分からなくなる。

 「ちょっと、待ちなさいよ、彰!」

 切れ切れに叫ぶも、彰は立ち止まらない。

 二回目の曲がり角に差し掛かり、再び彰の姿が見えなくなった。

 杏が角を曲がった時には二手に分かれた階段があるだけで、彰の姿は無かった。

 ――やられた!

 人目の付かぬ場所で呪術を使えば移動なんて何処でも簡単に出来てしまう。

 例え呪術を使わなくても、階段は下の階へ向かう方と上の屋上へ向かう方がある。つまり、可能性は五分五分以下となる。

 必死に杏は思考を巡らせた。

 先程、呪術を誰のために極めているのかと言った彼が呪術を使うとは少し考えにくい。

 と言う事は、彰は上か下に居る。

 ふと、懐かしき記憶が杏の頭に浮かび上がった。

 まだ二人が仲良しであった頃、彰はふと空を見上げて杏にこう言ったのだ。


 「大きな空を見ていると、俺達なんかとてもちっぽけに思えて嫌な事も気にならなくなる。俺はそんな空を見ているのが好きだな」


 その言葉を思い出し、杏は迷わず屋上へ向かう階段を駆け上った。

 階段を上り終え、間を開けずに屋上の扉を乱暴に開いた。途端にさわやかな風が吹き抜ける。

 「ここだったのね、彰」

 「杏?」

 彰は飛び降り防止の柵に肘を置いて、驚いた表情で振り向いた。風が再び吹き、二人の髪をたなびかせる。

 杏から視線を逸らし、彰は天を見上げた。雲一つ無い青空が何処までも続いている。

 謝ろうと杏が口を開きかけた時、彰は静かに言った。

 「俺は別に怒ってるわけでも拗ねてるわけでも無いからな」

 ――思いっきり何か怒っていると思うのは私だけ?

 「……はあ」

 ため息混じりの返事をすると、彰は更に気を悪くしたらしく空さえも見ず肩を落とした。

 彰の気持ちが全く分からず、杏は首を傾げる。幼馴染みとはいえ、こんな行動されたのはこれが初めてだからだ。

 とりあえず、杏は彰にそっと近づいた。もしばれたら近づくなとか言われるのが目に見えていたからだ。

 案の定、気配で彰は察したらしく、

 「近づくなよ、あほ」

 と言った。渋々杏はその場に留まり、彰の後姿をただ眺めた。

 ――落ち込んでいるなら、そっとしてあげるのが一番……かな

 さすがに杏も気を遣おうとしたが、プライドがそれを許さなかった。

 「だ、誰が近づくな言って近づかないものですか!」

 唐突にそう言い、杏は大股で彰に歩み寄った。そして右手で彰の左耳を思いっきり引っ張った。

 あまりの痛さに彰は飛び上がる。

 「何しやがる!人が落ち込んでるのにこんな事しでかして!」

 「言っておくけど、落ち込んでいる暇なんてあるのかしら」

 「……どういう意味だ」

 彰の表情が真顔に戻った時点で杏は心の中で勝ったと言わんばかりに狂喜した。

 それを隠して平常心を装いながら、杏は彰に話す。

 「漆黒の姫の狙いは力ある者の血。私達が分かっているのはそれくらい。もっと相手の情報を集めるべきだと思うの」

 「それだけが分かる事じゃ無いぜ。自分を我なんて言うわけだからかなり昔の存在であった事は間違いない」

 観察力の鋭さに思わず杏はほうっと彰に感心した。が、すぐ首を振って冷静さを取り戻す。

 「その力あるターゲットは、凛。凛を一人にしちゃ駄目。絶対あいつが好機だと現れるでしょうね」

 「そうだな……って」

 はっとして二人は同時に叫んだ。

 「もう守備が不十分になってるじゃん!」

 慌てて二人は屋上から階段を駆け下り、教室まで全速力で走った。

 自分達の警戒心の薄さを杏は呪った。そして強く、強く願った。

 ――どうか無事でいて……!

 「凛!」

 乱暴に教室の扉を開け、二人同時に凛の名を叫んだ。

 「な、何?二人とも」

 弁当箱を片付けていた凛の姿を見て二人はほっと安堵のため息を着いた。

 そして何事も無かったかのようにお互い自分の席に着いた。

 食べかけになっていた弁当を再び口にすると、凛が唐突に言った。

 「で、仲直りはしたの?それとも、更に進展したとか?」

 ご飯をごくりと飲み込み、苦しくなって杏はペットボトルのお茶を飲んだ。落ち着いてから、杏はようやく口を開いた。

 「仲直り……って言えるのかな」

 「ああ、仲直りだぜ」

 凛の隣に椅子を持ってきて、彰はどっかりとそこに座った。片手には大好物であるたまごサンドが握られている。

 突然本人が寄ってきて、思わず杏は顔を伏せる。それが恥ずかしがっていると受け取られたのか凛はにんまりしている。

 そんな杏に彰は満面の笑みを浮かべて言った。

 「俺達そんなに軽い絆じゃないしな」

 「……そうだね!お隣さんだし、同じ末裔だし、切っても切れない縁って奴かな!」

 杏も満面の笑みで答えた。

 いつも通りの昼食に戻って、三人水入らずの時間を過ごした。


 そして午後の授業が終わり、杏はふうっとため息を着いた。

 皆はこの後、部活とか自分の好きな事に励むのだが、杏と彰には務めがある。そういう時間がある凛達がとても羨ましい。

 「今日も修行なの?」

 「うん、毎日欠かさずやらないと力って衰えるものだって祖母から教わったしね」

 荷物をまとめ、杏は立ち上がる。

 祖母は二年前にこの世を去っている。とても偉大な呪術師だった。あの時でも今でも祖母は憧れの目標であるのだ。

 「おい、帰ろうぜ」

 昼食後の彰は何となく機嫌が良さそうににっこりしていた。何かいい事でもあったのだろうか。

 あまりにも浮かれていたので、気合を入れるために肘鉄を鳩尾に入れた。

 「うぎゃあああ!痛い!痛い!」

 「浮かれている間抜け面が目障りだからね、全く」

 「何とでも言え」

 怒っているような口調でも、顔から笑みが消える事は無かった。

 教室を出て、階段を降り、校門へと歩き出す。

 「じゃあまた明日ね!くれぐれもその札落としたら駄目だからね」

 昼食後に杏が渡した帰魂徐霊の札を凛は生徒手帳に挟んだ。これならまず安心だろう。

 それに、陰の霊が一番出にくいのは太陽が高い昼間。朝はぼんやりとした太陽の光だから警戒が必要だが、こんな日中に出てくる事はまず不可能だろう。

 「二人とも、修行頑張ってね!私もテニスの練習頑張るから!」

 「うん!ばいばい!」

 「おう、また明日な」

 そう言って杏と彰は凛と別れた。

 この甘い考えが最悪の結果を招いてしまうとも知らずに。

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