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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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黄昏の誓い

 「えっと……」

 杏は紫苑の祠が元あった場所へと立っていた。

 そこには手紙に書かれていたとおり、異界の裂け目があった。だが。

 「これはきっと」

 「自然に出来た裂け目ではないって事だろ」

 言葉を遮って彰が背後から姿を現した。突然の事に杏の心臓が跳ね上がる。

 「な、何で彰もここに」

 「何でって美鈴から言われたんだよ。紫苑の祠の所に異界の裂け目があるから修復してくれって」

 その証言で杏は全てを理解した。

 目の前にある異界の裂け目はあまりにも形が良すぎた。普通なら歪んだ円形など綺麗な形をしていないのだが、この裂け目はコンパスで描いたかのような綺麗な円をしていた。

 これが何を意味するのか。それはこの裂け目が人工的に作られた事。

 もちろん、その犯人は……――

 「全く分家は分家でとんでもない事をしてくれやがる」

 恐らく美鈴だろう。意見が一致するまでに一悶着あったのだろうか。

 分家の中で一番の力を持つ美鈴ならこれぐらいの裂け目を作るなんて朝飯前だ。ただし修復技は彼女の苦手分野なので私達に頼むしか無かった。そういう事だろう。

 全く未熟だと言うのも困りものだ。

 お互い顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。そして二人で裂け目へと手を向ける。同時に唱える。

 「異界の入り口よ、滅せよ!」

 少し火花のように光を発し、裂け目が消える。

 修復も容易くは無い。切れ端となっている壁を伸ばして再びくっつかせる技術が求められる。

 神経を尖らせるため、精神的ダメージは大きかったりする。杏は特に細かい作業が苦手なので頭痛がしてその場にしゃがみ込む。

 一方の彰は結構手先が器用なので細かい作業は得意だ。

 頭痛が少しずつ弱まり、杏は立ち上がる。この場に用は無い。

 踵を返して家へ向かって歩き出そうとした時、破壊された森の木々の隙間から光が照らす。

 「わあ……」

 感嘆の声を漏らし、景色の方向へと歩き出す。

 ここだけ高地となっているので、遠くの山に太陽が沈む様子がよく見えるのだ。切り立った崖の前で立ち止まり、しばしの間それを眺めていた。

 太陽が沈む前に出す橙の光が空も、地上の物も照らし出す。

 「まさかこんな綺麗な景色が見れる場所だったとはな」

 「意外よね」

 自然と杏の頭が傾いで彰の肩に預ける。それに応えるように彰が杏の肩にそっと手をおく。

 言葉なんて必要無い。

 でも、言葉に言った方がいいに決まってる。

 「彰」

 「ん?」

 一瞬の間があって。


 「大好き」


 たった三文字の言葉だったけど、言った時間がとても長いように感じた。

 横目でチラッと彰の表情を窺った。夕日のせいで分かりにくいが、顔が真っ赤に染まっている。

 「あのさ、俺めちゃくちゃ嬉しいんだけど」

 「そんなに私の事好きだったの?」

 「当然!ってか俺だいぶ前からお前の事が好きだったんだぞ!」

 「いつからよ!」

 「お前と俺がお隣同士として初めて会わされた時からだよ!」

 正直そんな事なんて覚えていない。きっとあの出来事が衝撃的過ぎて忘れてしまったのだろう。

 でも初めて会った相手を好きになると言う事は、一目惚れだったと取ってもいいのだろうか。

 「やっぱりそれって、一目惚れ?」

 「最初はな。でも一緒に居るとやっぱり好みの子だって思わせられた」

 初めて聞かされる真相に杏は戸惑いを隠せないでいた。まさかそんな時から恋愛感情を抱かれていたとは思わなかったからだ。

 普通初恋とかは小学校時代とかに経験するものだろうと勝手に決め付けていた自分が恥ずかしい。相手に惹かれたなら幼少であろうと初恋なのだ。

 そっと頬に触れられ、杏はびくりと身体を震わせたが目線を逸らそうとはしなかった。

 彰の顔がゆっくり近づく。そして唇同士が触れ合う。

 黄昏の空の中、二つの影が一つになった。

 唇が離れ、彰が微笑む。

 「俺が絶対杏を傷つけないように守ってやるさ。だから、杏は紅花家の跡取りをやめて呪術からも身を引いたほうがいい」

 「駄目。私が守られてちゃ駄目なのよ。それじゃあ本当に大切な物を失ってしまうから。私は呪術を更に極めるわ。守られる立場だけでなく、守れる立場になるために」

 「……そうか」

 「いいじゃない、お互い様で。その方が上手くやっていけるんじゃない?」

 不服そうに顔を歪める彰に明るく杏が言う。男としては自分の女を守るのは当然だと思うのだろうが、女だって同じに決まってる。

 既に失ってしまった物もあるからこそ、今目の前に居る人を失う事は許されない。

 私達は生かされたと言っても過言では無いのだから。

 「ずっと側にいると、約束してくれる?」

 真剣な眼差しで彰に問う。

 「ああ、この黄昏に誓うさ。俺は永遠にお前の側に居ると」

 果たしてこれがちゃんと成立させられるのかどうかは分からない。

 口先だけでも、そう言ってくれる人が存在してくれるだけで十分だ。それに彼ならその誓いを守り通す力がある。裏切られないと信じたい。

 夕日が完全に山の奥へと沈んでいき、あたりが少しずつ暗くなる。風も寒くなってきた。

 「戻ろう」

 「ええ」

 お互いに手を取り、歩き出す。掌から伝わる温もりがとても愛しかった。

 だが一つ気付かなくても良かった点に気が付いてしまった。

 視線の先にあるのはごく普通の茂みなのだが……葉や枝の隙間から衣の色が見えている。

 誰がそこに潜んでいるのかなど、すぐに検討が着く。二人は冷ややかな視線をそこへ向けた。

 「君達は何故このような所に居るのかな〜?」

 「きゃっバレちゃってる!」

 「さっさと逃げ帰りましょう!それじゃ二人ともお幸せに!」

 迅速に撤収していく親子に杏はわなわなと肩を震わせた。殺気が宿り、これはまずいと彰が肩に手を伸ばした瞬間。

 疾風のごとく親子の跡を杏が追っていた。

 「ただで帰してもらえると思ってるんですか!」

 「おいおい、手出したら分家から小言を言われるぞ!」

 冷静さを取り戻させるために彰がまっとうな事を杏に言う。本家と分家が対立するのは最もごたごたがあって見苦しいのは杏も知っていたため、その場で静止し逃げていく彼女達を見つめた。

 「結婚式には呼んでよね!絶対よ〜!」

 全く嵐のように現れ、去って行ったものだ。

 きょとんとした顔で二人見合わせ、クスクスと笑った。

 こんな平凡な時間がこれからもずっとずっと、続きますように。




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