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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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訪れた平凡

 闇の力が消え去り、街の人々は目を覚ました。

 もちろん、何が起こったのか誰も覚えていなかった。何事も無かったかのようにいつもの活気が戻ってくる。

 その様子を高台から見ていた三人は緩く微笑んだ。これでこの世に平和がやって来たのだ。もう誰も傷つく事の無い、平和が。

 でも、もう少し早く決着が着いていれば大切なモノを失くさずに済んだかも知れないと言う後悔が押し寄せる。

 自分は無力だ。結局紫苑を宥める程度しか出来なかった。もっと修行を積んで精進せねば。

 「ところで、杏と彰ってこれからどうするの?」

 輝く瞳で美鈴が問う。それで杏は忘れていた事をはっと思い出し、顔を赤らめた。

 「ど、どうって何も変わらないよ。あ、でもあの森はもう守らなくていいなら……」

 呪術が要らなくなる、と言うことかも知れない。それじゃあ呪術師の仕事が無くなってしまうと言う事だ。

 別に生活は大丈夫なのだ。分家が本家を繁栄させるために資金は大量に提供してくれるので。ただ本家の存在意義が無くなってしまうなら今までの生活も出来なくなる。

 「平和は平和でいいんだけど、別の問題も起こしちゃうんだよね」

 「美鈴の言うとおりだね。まあ呪術は取得していて何ぼ、かな。紫苑と言う大きな闇は倒したけど、悪霊とかはまだうろうろしているだろうしね」

 「大きな面では平和になったけど、まだ小さな事は残っている。平和ボケするにはちょっと早いんじゃねえの」

 「そういう事、よね」

 「で、美鈴そろそろ分家に戻って今回の事報告した方がいいんじゃない?」

 一応美鈴は家出と言う形でここに居るので親にはちゃんと居場所を知らせておかないとまた大騒ぎになる。

 呆れたようにため息を着き、彰が鬱陶しそうに言った。

 「その必要は無い様だぜ」

 「えっ」

 「美鈴ちゃん!」

 近くの茂みから突然飛び出して来たのは二十代の女だった。それが誰なのか彰だけが分かった。

 げっと言わんばかりに美鈴が強張り、慌てて杏の後ろへ姿を隠す。だがそんな事をしても遅いに決まっている。

 「急に居なくなるから心配したじゃない!全く祖母が幼い美鈴ちゃんに分家を継がせるために無理やり儀式を行おうとしたのも聞いたけど、それでも一人でこんな所まで行っちゃ駄目でしょ!」

 「だ、だって……」

 「ちょっと落ち着きましょうぜ、春玲さん」

 春玲と呼ばれた女はふうっと息を着いた。容姿が美鈴とそっくりなので恐らく彼女が美鈴の母親なのだろう。

 美鈴とはよく遊んでいたのだが、母親と対面したのは初めてだ。なので春玲はきょとんとした感じで杏を見つめていた。

 ふいに春玲が結論を出したのかぽんっと手を叩いた。杏を指差し、彰に迫る。

 「もしかして、この子がお隣の紅花家のお嬢さん?」

 「……」

 ばつの悪そうに彰が目を逸らす。その頬はほんのり赤くなっている。

 今度は杏に近寄り、杏の手を取る。

 「初めまして!美鈴の母親の春玲です!宜しくね」

 「私は紅花家の杏です。以後お見知りおきを」

 二人にっこり会釈した後、春玲がこそっと杏に耳打ちする。

 「で、二人は付き合っているんでしょう?両想いだって昔から美鈴に聞かされていたんだけど?」

 「!」

 まさか美鈴が母親にそんな事を言っているとは思わず、杏は驚きで口をあんぐり開ける。

 母親と視線を合わせてにかっと笑う美鈴を杏は鋭く睨んだ。

 「で、どうなのよ実際は?」

 「……その話には出来るだけ首を突っ込まないで頂きたいです」

 踵を返し、自分の家へと歩き出す杏。その態度でそれほど進展してはいない事が察せられた。

 昔は仲が良かったと聞いているこの二人もそわそわして落ち着かない。やはり意識はしている証拠だ。

 二人が恐れているのはきっと、互いに傷つけあったり離れたりする事だろう。特にあの出来事の影響で強まっているのだ。

 それだけじゃない。ついさっきまで空は闇に包まれていた。ここで事件があったのは明らかだ。

 「ちょっと悪戯心を働かせましょうか、ねえ美鈴」

 「そうだね、あの二人を見ているとじれったいよお母さん」

 意気投合し、親子はにんまりと笑った。


 ようやく自分の家に帰れた杏はほっと安堵のため息を着く。思えばしばらくここで過ごしている時が無かった。それに悲しい出来事もここで起こってしまっていた。でも辛いとは感じない。心の痛みが少しずつ和らいでいるのだ。

 ――そう言えば学校も疎かになっていたんだった……

 親友の死からまともに杏も彰も学校に行っていない。恐らく教師は無断欠席でも家の事情だと判断しているだろう。

 それでも留年する可能性が高い。二人揃って留年と言うのも何だかかっこ悪い。

 それに二人っきりで居たら心臓がどきどきして破裂しそうだ。一応告白らしき告白はした。だがはっきり言ったわけでは無いのでちゃんと伝わっているかは定かでは無い。それもきっちりしなくては。

 「でも、呼び出すことなんて出来ないし」

 ほぼ諦めかけてひいたままの布団に寝転んだ。畳のにおいが懐かしく感じた。

 不眠不休で闇の迷宮へ挑んだため、身体に疲れが溜まっているらしい。激しい睡魔が杏を襲った。それに杏は抵抗する事無く深い眠りに落ちていった。




 目が覚めたら空は茜色に染まっていた。決して数時間寝ていた訳では無い。今は次の日の夕刻なのだ。

 よっぽど疲れがあったのだ。それくらい寝てまだ欠伸が出る。眠い目をこすりながら杏は身体を起こす。夕焼けの光が眩しく照らす。

 ふと縁側に目を向けると一枚の白い封筒が置かれていた。

 ――誰から?

 手を伸ばし、封筒を掴んだ杏は中身を見る。あるのは便箋一枚のみ。封筒に差出人は書かれていない。つまり誰なのか分からない手紙なのだ。

 そんな物を勝手に見てもいいのか、いやここに置かれていたと言う事は自分宛に間違いないだろう。それに郵便として送られてきたならちゃんと郵便受けに入っているだろう。

 便箋を中から取り出し、書かれている文章を読んだ。

 『杏へ あれから少しお母さんと話してみました。おばあさんの意思がようやく分かりました。今の私ならおばあさんと上手くやっていけそうです。なので、分家の方へ帰ります。また家出する時はこっちに来るので覚えておいて下さいね。そうそう、紫苑の祠があった場所に異界の裂け目が見つかったとお母さんから聞きました。修復術は私とお母さんでは使えないので、直しておいて下さい。では、また会いに行くね! 美鈴』

 すれ違っていた意見がようやく一致して良かったと言う気持ちと、寂しさが込み上げてきた。

 とは言え、ここでじっとしてはいられない。異界の裂け目が修復されないと異界からの邪霊達がこの世を徘徊する事になる。一刻も早く修復しなければ。

 慌しく杏は準備を始めた。

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