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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
18/21

別れ

 白い灰を前にして、桜はその場に崩れ落ちた。

 想いを寄せられ、でもそれに応える事が出来なかった彼女は一体どういう思いで彼を見送ったのだろうか。

 杏は紫苑の死と共に、織の死を突きつけられた気がしてならなかった。胸が痛い。

 紫色をしていた空間に白い亀裂があちこちに走る。創造主を失った迷宮がバランスを失って消えようとしているのだ。

 早くここから逃げなければ闇へと繋がる異空間に閉じ込められてしまう。

 「まずい、闇の迷宮が闇へと還ろうとしている。呑み込まれるぞ」

 既にいつくかの壁が崩れ、その破片が水面に落ちるように光の底へと呑み込まれている。あそこに吸い込まれたら一生この世には戻れない。

 それを知ってか知らずか、桜はふるふると頭を横に振った。

 「私ももうこの世に居残る理由は無くなったわ。私達もそろそろ時間ね」

 「どうやらそのようだな」

 胡蝶が桜の肩にそっと手をおく。だが、胡蝶の手は透けて桜の肩が見える。

 彼らもこの世から消え去ろうとしているのだ。来世まで続いたこの戦いを見届けた以上、未練など無いのだろう。

 最初はあの英雄である桜の生まれ変わりとは信じられなかった。でも確かに杏は桜の生まれ変わりだった。

 だけど。

 「貴方はもう私達の生まれ変わりと言う運命を背負わなくてもいい、と言う事よ。これで全てが元通りになるわ。関係無い人々の犠牲もあったけどこれで紫苑も解放され、全てが良い方向へと導かれるはず。呪術で視た未来を貴方達は覆し、闇に打ち勝ったのよ」

 「呪術で視た未来だと?」

 彰が眉を吊り上げて言った。すると桜は伏し目がちに小さく告げた。

 「本来の結末は、この世が平和になる代わりに呪術師全てが全滅するはずでした」

 はっと杏が息を呑んだ。

 「貴方達はもちろん、美鈴と言う子も死ぬはずでした。梓も、です。そして誰にも止められなくなった紫苑によってこの世は滅ぶ、と」

 「やっぱりそう言う事だったのか、漆黒の姫となった私を咎めなかったのは」

 後ろを振り返ると、この空間に居ないはずの梓と美鈴の姿があった。しかし梓はあちこちに傷をつけ、足もふらふらだった。

 やがてバランスを崩して前のめりに梓は倒れた。

 「梓!」

 「桜、分かっていたのだろう?私は紫苑を愛していただけで、心が黒く染まった訳では無いと」

 「そう、そして我々と共に戦ってくれる事も未来で視ていたわ。だから倒せなかった。そして一番私を知る幼馴染みである貴方を殺す事など私にはとても……」

 突然梓が呻いてのた打ち回った。彼女も長い年月を生きてきたのだ。どうやら彼女も消えてしまうようだ。

 指先から白い灰となっていく。紫苑と同じように。

 美鈴が逝っちゃ嫌だとしがみつく。そんな美鈴の頬を梓は消えかけの手で撫でた。

 梓にとっては死こそが一番の安らぎなのかも知れない。紫苑と一緒に居る事が何よりも幸せなのかも知れない。それでも、生きている命が失われるのは悲しいものである。

 「桜、胡蝶、私は……先に逝く」

 「ええ、私達もすぐに後を追うわ。紫苑も待っているでしょう、私が来る事を。私もこの日をずっと待っていたのだから」

 最期の言葉を言い終えた梓はゆっくり目を閉じる。身体がみるみる灰と化していく。

 「駄目だよ、そんなの!」

 引き止めようと美鈴が着物の裾を引っ張った時、一瞬にして梓の姿が消え去り灰が降り積もる。

 裾を掴んだまま、美鈴は泣き出した。小さな喉から絶叫が発せられる。

 胡蝶がかぶりを振って、杏と彰に向かい合った。

 「これ以上長く居ると別れが辛くなる。それに、この空間の崩壊もだいぶ深刻になってきた」

 光の面積が広くなり、床も壁も狭くなっていた。紫苑の灰が降り積もった床にも亀裂が走り、異空間へと呑み込まれて行く。

 とうとう梓の灰が積もっている床にも亀裂が走る。咄嗟に彰が美鈴の身体を抱き上げる。その瞬間、床が崩れ落ちて落下していく。彼女の灰が呑み込まれて行く。美鈴が彰に抱かれたまま精一杯手を伸ばす。それでも届く訳が無く、儚く全て呑み込まれてしまった。

 「あ、ああ……」

 嗚咽を漏らし、放心状態に陥った美鈴に彰が呪術をかける。ゆっくり美鈴は力を抜いて、深い眠りへ着いた。

 可哀想かも知れないが彼女の記憶は消しておいた方が美鈴のためだろう。杏と同じように判断したのか桜が美鈴の額に触れ、呪術をかける。

 呪術をかけ終わったその時、桜の腕が光の粒子となって消えた。胡蝶も同じように光の粒子となって消えていく。

 名残惜しくて杏と彰はその様子を最後まで見届けようとこの場に留まる。だが、もう今立っている床も消えてしまいそうだ。

 「貴方達はそろそろ行きなさい。じゃないと、本当に呑み込まれてしまう」

 「でも……」

 ふうっと呆れたようにため息を着いた桜がきっと鋭い目で二人を見据えて言った。

 「ここで死んでしまったら貴方達のために死んでいった者達が成仏出来ないじゃない!貴方達は生きる義務を課せられたのよ」

 「そうだ、それに永遠の別れでは無い。また生まれ変わって我らは何処かで会うだろう。だから躊躇するんじゃない」

 二人の言葉は最もだ。

 ぐっと覚悟を決め、杏は彰の手を取った。そして呪術を発動させる。

 「時空を司る神よ、我らを元の世界へと運べ」

 するりと生温い空気が三人を浮上させる。と同時に桜と彰が立っている床が崩れ始めた。更に光の粒子が量を増やして二人の姿を消していく。

 この世を救うために力を貸し、共に戦ってくれた英雄。彼らの事は、決して忘れない……――

 時空移動する一瞬、二人の姿が重なって消えた。


 ぱっと突然風景が変わり、杏は目をぱちくりさせた。今自分達が居るのは何も無い空だ。

 風の呪術は使っていない。もちろん一回しか移動呪術は使っていないのでここから移動する訳も無い。

 ――まさか

 そのまさかだった。

 急に支えが無くなり、三人は下へと落下していく。

 「おいおい!こんな所で落とされてどうするんだよ!てか制御も出来ないのかお前は!」

 悪態を大声で言う彰に杏がむきになって口答えする。

 「しょうがないじゃない!とにかく脱出出来れば何とかなるって思ったからなのに!」

 とは言え、全然大丈夫じゃない状況下だ。風の呪術を使おうとしたが既に風の札が尽きているため、使えない。彰も同じようだ。

 このまま地面へと叩き落されるのを覚悟して二人が目を閉じた時、

 「風の精霊さん、私達を地面へ優しく運んで」

 先程まで寝ていたはずの美鈴が大気へと語りかける。すると風が優しく撫でるように地面へとゆっくり運んでくれた。

 「お前、さっき俺の呪術で寝たんじゃ……」

 「さっきの移動の時、神様が起こしてくれたんだよ。美鈴、そなたは起きなければならないってね」

 余計な事を、と彰は杏を睨んだが当の本人は知らないフリをしていた。

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