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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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闇の迷宮

 今から千年前に梓と桜がどんな関係であったか杏は知らない。

 だけど、一つだけ言えるのは彼女が心の底から紫苑を愛していると言う事。その愛が報われず、漆黒の姫と成り果てた悲しい人であると言う事だ。

 そんな彼女を放っておくほど酷では無い。

 自分に何が出来るかは分からないが、出来るだけ最悪の結果への進行を食い止めなければならない。

 そのためにはまず紫苑を探さなければならない。

 「で、紫苑が何処に居るのかは分かっているのかよ?」

 意図を察した彰が目を細めて梓に問う。

 破れた服の裂け目を隠すように蹲り、ぼそりと告げる。

 「これは、闇の迷宮。彼の闇の力によって創られた物。その奥地に紫苑は居る」

 見ていられなくなった杏は、自分の上着を脱いで梓にかけてやる。

 はっとして梓が顔を上げる。杏は罰の悪そうに表情を歪め、踵を返して黒の空を睨みつける。

 よくよく見れば、真っ黒の雲に見え隠れした階段が宙に浮いている。あそこから迷宮へ入れそうだ。

 あそこまで行くには風の力が必要のようだ。札を取り出し、呪文を詠唱する。

 「風神よ、彼の使いをここへ遣わせ。風使招来!」

 途端に透明な体をした巨大な白鳥が姿を現した。木々を薙ぎ倒しながらも地面へと着地する。

 それとほぼ同時に杏と彰が背中へと飛び乗る。続いて美鈴。

 しばし躊躇いながら、梓も飛び乗った。

 「風の使いよ、我らを闇の迷宮の入り口へ案内せよ」

 了承した、と言わんばかりに白鳥が鳴く。と同時に空へと上昇する。

 次の瞬間、野を駆ける狐のごとく滑空する。襲い掛かる風圧に皆必死でしがみつく。

 見慣れた土地がみるみる小さくなっていく光景を見て、杏はもうあそこへは帰れないような気がした。

 そう、紫苑を倒すには自らを犠牲にしなければならない。

 彰や美鈴達と一緒に居られる時間も刻一刻少なくなっているのだ。

 声を出さず、唇だけを動かして杏は地上へと言葉を紡ぐ。

 ――さよなら

 白鳥が雲の中へと突入し、地上の姿が見えなくなった。

 雷が轟く雲の中を旋回しながら突き進む白鳥。時折すれすれの所を雷が落ちていく。子供である美鈴はあまりの怖さに泣き出す。

 そんな美鈴を梓が片手でしっかり抱きしめていた。


 紫色をした空気が漂う階段にようやく辿り着いた一行は過ぎ去った嵐にため息を着く。あれだけ無茶をされると心臓に悪い。

 ほっとしたのもつかの間、一向は階段をゆっくり上り始める。一段、一段と天へ上がっていく。

 と、次の一段を境に周囲の景色がガラリと変わった。空を上っていたはずだが、上下左右に階段のある空間へと変貌していた。更に濃い闇のオーラが漂っており、ちょっと気を緩めれば吐き気がしそうだ。

 「この迷宮は入り口以外の出口は無い。つまり、引き返せないと言う事だ。この無限ループに等しい階段の中で正しい道は唯一つ。間違った道を選べばどうなることやら……」

 「こんな中から正しいだの間違いだのどうやって見分けたらいいんだよ」

 呆れたように彰が言う。すると梓は何も言わず、その場に膝をつき手を地面に置いた。何やら小さく呪文を唱える。

 すると地面に黒い影が突然現れた。丸い形で、人の姿はしていないと言うのに人間の言葉を使う。

 「我らが長は、あちらの方角にいます」

 形を変形させ、矢印で方角を示す。その方向に一向は歩き出す。

 闇の呪術をこのような形で発動させてしまって良かったのだろうか。彼女の意思が再び闇へと呑み込まれてしまうのでは無いだろうか。ふいに心配になった杏であったが、梓には何の変化も無かった。むしろ闇の呪術を使うからこそ紫苑の罠を察知出来るようだ。

 矢印の通りに進み、やがて二手の分かれ道に差し掛かった。一つは上へ向かって、一つは下に向かって階段が伸びている。

 再び梓が影に問おうとしたが、突然影が弾かれ消え失せた。どうやら紫苑の力らしい。

 肝心な時に、気付かれてしまった。

 「これ以上の侵入は許さぬ!」

 二手の分かれ道がぐにゃりと歪む。どうやら道を捻じ曲げてしまうつもりらしい。

 「まずいぞ、これ以上道を変えられてしまったら打つ手が無くなってしまう!」

 ほぼ同時に梓と彰が声を荒げた。

 どんどん歪んでいく二手の階段。どちらにしようかと迷っている時、急に目の前が真っ暗になった。

 桜に乗っ取られた杏は下へと続く階段へと向かって滑り込んだ。入水するように杏の姿が歪みの中へ呑み込まれていく。

 「杏!」

 反射的に彰が追いかけて、呑み込まれる。続いて梓も飛び込もうとしたが新たに出来上がった壁にぶつかりその場に尻餅を着いた。

 残されたのは美鈴と梓ただ二人だけだった。

 もう呪術を使っても破られるだけで、どうしようも出来ないだろう。

 「私達、置き去りにされたの……?」

 瞳を潤ませ、すがるように美鈴が言う。

 何も言えず、ふるふると頭だけ振った。そう、彼らならこの闇を打ち破ってくれるだろう。今はそれを待つしかない。

 「彼らを信じて待つ、それが我らの出来る事だ」




 「うっ……」

 微かな呻き声を上げて、杏は目を覚ました。

 すぐさま飛び起き、自分の置かれている状況を把握する。

 ――確か桜がここへと導いてくれたのよね……。でも皆とははぐれちゃったみたい

 絶える事無く続く果てしない濃紫の空間。これでは自分が何処に居るのか検討が着かない。呪術で助けを求める事も難しい。

 「さあ、行くのよ。この奥に紫苑が居るから」

 姿を見せた桜に杏は無言で頷く。

 「もしかして、いきなりあんな事をしたから怒っているの?」

 あまりにも無神経過ぎる質問に杏は苛立ちを露にした。

 「貴方のせいで皆とはぐれたのよ!無事かどうか分からないじゃない!」

 「あのね」

 急にしんみりした口調で話す桜に、杏も八つ当たりをやめた。

 「私がこうやって貴方を連れてきた理由。それは生まれ変わりである貴方にしか紫苑にしてあげられない事をして欲しかったからよ」

 「私にしか、してあげられない事?」

 「前に言ったわよね、紫苑を封印するには自らの命を犠牲にしなければならないと」

 「そうね」

 「もしかしたら、それなしで紫苑を宥める事が出来るかもしれない。貴方にしかない、特別な力で」

 特別な力……?

 それが一体何なのかを問おうとした時、ふいに殺気がして後ろを振り向く。

 既に狂気しやつれている紫苑が掠れ声で呟く。

 「ようこそ、我が花嫁よ……」

 視界が再び闇に包まれ、杏の意識は深く堕ちていった。

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