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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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呑み込まれてゆく世界

 「そんな……織が」

 思わず歩み寄ろうとした杏の肩を彰が掴む。

 「あれはもう織なんかじゃない。織の魂は既にあの器には存在していないんだ。死んだも、同然だ」

 唇をわななかせ、杏はその場に崩れ落ちた。言葉にならなかった最期のメッセージのシーンが何度も蘇る。

 絶望する二人を前に漆黒の姫は狂喜する。紫苑はまだ現実感が湧かないのか虚ろだ。

 ようやく紫苑が口を開いた。

 「何故、そなたがここに居る?」

 「もちろん、貴方を目覚めさせるため。ようやく我々が結ばれよう時が来たのです」

 うっとりするような口調で姫は言った。途端に紫苑の表情が険しくなった。

 次の瞬間、突風が姫を弾き飛ばしていた。杏や彰も信じられない紫苑の行動に凍りつく。

 岩肌に叩きつけられた姫さえも驚きの表情を浮かべている。

 「私は言ったはずだ。既に私には想い人が居る。そなたの心に答えることは出来ないと」

 「貴方は裏切られて尚桜を想っているの?」

 「闇と光は決して結ばれない運命にある。私はそれを打ち砕いてでもあの姫君を我が妻として迎え入れる。覚悟はあの時からしている」

 「それがどういう事か分かっているの?それは世界を滅ぼす……」

 「黙れ」

 冷酷無慈悲な瞳が真っ直ぐ姫を捉える。

 今にも逃げ出したい。でも、ここで逃げ出せばもう二度とこの手に愛する人を抱く事が出来ないと知っている以上、引き下がるわけには行かない。

 「私はずっと貴方が眠っていた千年間、貴方だけを想って今日まで生きてきたのです。ましてや相手が人妻なんてそれで納得できると思っているの、紫苑!おまけに彼女はもう死んでいるのよ!」

 これが、姫の心の叫びなのだと杏は感じていた。

 愛する人に愛されず、その人が愛したのは既に妻となっている幼馴染み。心が壊れるのも無理は無い。おまけに桜は紫苑を受け入れず、敵対する形となってしまったのだから。

 興味が冷めたかのように紫苑の視線が姫から外れる。

 すぐ側でしゃがんでいる男女の呪術師を見つめる。だが、紫苑は一目で杏の正体が分かってしまったらしい。目が見開かれる。

 「桜……」

 さっと彰が杏を庇うように身構える。しかし紫苑の目線は杏から離れない。

 一歩一歩確実に近づいてくる。

 姫ももはや止められない。

 「ちくしょうっ!」

 呪符を紫苑目掛けて投げる。しかし力によって呪符は簡単にぼろぼろと崩れ、土に還る。

 とうとう彰の目の前に紫苑がやって来た。

 「そこを退け」

 「退くものか。こいつは桜じゃなくて、杏だ。俺が守るべき大切な人だ」

 「邪魔だ」

 その途端、激しい闇の衝撃波に彰が弾き飛ばされた。岩肌に強く背中を打った彰は姫の横に蹲る。

 ――彰!

 駆け出そうとした杏の目の前に紫苑が立ち塞がった。その表情は和んでいる。

 そっと紫苑は杏の頬に触れた。恐怖でびくりと杏は震えた。

 「私の……愛する桜」

 彼の顔が近づいてくる。

 どんなに足掻こうとしても体に力が入らなかった。それは紫苑の術のせいか、それとも桜の記憶が影響しているせいかは分からない。

 目の淵に涙が溜まってくる。

 違う、私は貴方が愛している存在とは違う。そして、私が愛しているのは……

 「あき、ら」

 搾り出すような掠れ声で彼の名を呼んだ。

 もうすぐ唇が触れ合うと思った瞬間、紫苑が横へ吹っ飛んだ。

 擦り傷や切り傷だらけの彰が息を切らして紫苑を睨みつけていた。突然頬を殴られた紫苑は殴られた頬を押さえ、忌々しげに彰を見た。

 「言っておくけどな」

 突然上方向へと引っ張られた杏はバランスを取れず、そのまま後ろへ傾いだ。

 だが倒れないように彰が肩を支え、礼を言おうと顔を上げると――

 強く口付けられた。

 呆然とそれを見ていた姫と、開いた口が閉じない紫苑。

 唇を離し、彰はその二人を嘲笑うかのような笑みを浮かべた。

 「過去の事に縛られるんじゃねえよ。既に時は過ぎた。杏は確かに桜の生まれ変わりかも知れない。でも杏そのものは桜とは違うんだよ。いい加減別人を重ねるのはやめろ!」

 あまりにも響く声だったので、五月蝿かったのか美鈴が目を覚ました。自分の置かれている状況を瞬時に判断出来たのか慌てて飛び起き、杏にしがみついた。

 今やり取りされている事は美鈴には関係無い。だから安心させるように杏はただ美鈴の頭を撫でた。

 戸惑いを隠せず、おろおろする姫。

 ――まさかそんな淡々と言われてしまうとは。もし彼の精神が壊れてしまえば……

 恐ろしい事が起こってしまう。

 そんな心配を余所に紫苑は俯いたままふふふと笑い出した。

 「……そうかそうか、桜はもう居ないのか」

 狂ったかのように笑う紫苑は涙を流していた。はっと杏は息を呑む。

 そうだ。真実を知れば紫苑がどうなってしまうのか全然考えていなかった。いくら邪悪な存在とはいえ、心を傷つける事は許されない行為だ。

 禁断のゾーンへ足を踏み入れてしまったような感覚があった。

 「桜よ……私の元へ来い!桜、桜ぁ!」

 紫苑中心に強大な闇のエネルギーが収束していく。

 危険を感じた彰と杏は美鈴を庇いながらその場に佇む。漆黒の姫が何かを悟ったのか声を荒げた。

 と、収縮されたエネルギーが一気に放たれた。強烈な突風と熱が周辺を襲う。

 残った呪符と美鈴の精霊の力を使い、結界を張る。しかしあまりにも強大な力のため結界はあまり効果が無かった。

 息苦しさを必死で堪えながら、早く力が収まるのを待った。

 しばらくしてきつく閉じていた目を開けると、空洞だけではなく、岩山その物が消え去っていた。外にあった祠も跡形も無く消え去っている。

 上を見れば、いつもなら澄み渡っている空が黒く染まっていた。

 周囲がどんな状況なのか詳しく見るために杏は風の呪術を使って空高く飛び上がった。

 眼下に広がる光景に杏は目を疑った。

 まずは誰一人人の気配がしない事。そして町中のあちこちに体が黒いオーラに包み込まれ、のたうち回る人々。動物も同じだ。

 「一体何がどうなっているの……」

 「紫苑……」

 下で声がした。

 見ると、服もぼろぼろになってしまい、あちこちに傷をつけた姫の姿があった。その瞳には涙が浮かんでいた。

 「誰か、止めて。精神を失い、この世の全てを破壊尽くそうとする彼を」

 彼女はもはや漆黒の姫ではなく、千年前の梓と成り変っていた。

 本来なら敵である以上、それは罠かもしれないと疑いべきなのだろうが。

 「言われなくても、やるわ」

 杏はきっぱりと即答した。

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