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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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漆黒の目覚め

 一頻り泣いた後、ようやく落ち着いた杏は冷静になって事を見た。

 今まで犠牲になったのはまだ二人だ。そして今回三人目が加わり、桜の血が手に入ってしまった。

 どうやら桜の血は力ある者より更に紫苑を早く目覚めさせる鍵となっていたらしい。その鍵を渡してしまった以上、復活は免れられない。

 紫苑の力がどれ程強いのかは想像できない。だけど、漆黒の姫にさえ対抗する事がままならない状態では二人に勝てないことぐらい考えがつく。

 ――ああ、私にもう少し力があったのなら……!

 奥歯を噛み締め、自分の無力さを呪った。

 震える杏の手をそっと彰は優しく握った。掌から伝わる温かさが落ち着けと宥めている様だ。

 「今ならまだ間に合う。あの祠で漆黒の姫は紫苑を目覚めさせる用意をしているだろう」

 「……そうでしょうね」

 ふいに桜と胡蝶が姿を現す。

 「私達も黙ってはいられない状況ね。もうあれを託しておいた方が良さそうね、胡蝶」

 「俺もそう思ってた所だ」

 合点して二人は何処からともなく杖を取り出した。先に七色の宝玉が嵌めこまれた装飾の二本ある杖を杏と彰に手渡す。

 「これに札をかざせば力が三倍ぐらい強化されるわ。うまく使って何としても復活を阻止しましょう」

 黙ったまま杏が強く頷く。彰も続いて頷く。

 杖を持ってさあ行こうかと杏が前へ一歩踏み出した時。ふいに後ろ首を掴まれた。

 何だよと彰を睨むが、彰は怯むどころかそのまま箪笥の前まで引きずる。一体何なのだろうか。

 「だから焦るなっての。今自分がどんな格好しているのか分かってねえだろ」

 自分の衣服をまじまじ見つめた杏は寝間着を着ていた事にようやく気付いた。

 ――全く自覚って言うのがあまりにも無いよなこいつ……

 呆れ顔で彰が大きなため息を着いた。


 ある程度の身支度を手短に整えた二人は森の中へ足を踏み入れた。

 紫苑の祠に来た時の記憶が杏はあまり無い。ここで起こったことだけが霧に隠れているかのように浮かび上がってこない。

 きっと彰なら覚えているのだろうが、何も話そうとはしないという事に首を突っ込むつもりは無い。

 先頭に立って歩いているのも危険から出来るだけ杏を遠ざけるためだろう。さりげないその優しさが杏の胸を痛ませる。

 ようやく祠へと辿り着いた二人は、とある異変に気が付いた。祠の鍵が粉々に砕け散っていたのだ。つまり、中身は既に持ち去られた後だと言う事だ。

 「まずいな、とはいえここにはもう居ないようだし」

 「これ以上の手掛かりは見込めなさそうね」

 周囲を見渡しても漆黒の姫の姿は見えない。ここに何者かが居た気配さえも残されていない。

 完全に二人は行き場を失ってしまったに久しい。

 ――どうしよう、早くしないと美鈴が……!

 はたとまた焦っている自分に気付いて、心を落ち着かせる。今焦っても事が好転する訳でも無い。

 ゆっくり目を閉じ、呪術の基本となる『気を読む』事に集中する。次第に周りの音が遠くなり、目の前に真っ暗な空間が広がっていく。

 と、前の方から波動を感じた杏は目を開けそこを確認する。

 そこはどう見てもただの剥き出しになった岩肌にしか思えないのだが。

 「一旦戻ったら手掛かりが見つかるかもしれない」

 彼の方こそ、慌てているのか波動には気付いていないようだ。この場を立ち去ろうと踵を返す。

 引き止めようと杏は手を伸ばしたが、途中で留めた。確信の無いこの情報を当てには出来ない。ただ岩の隙間から流れるせせらぎである可能性だって考えられる。

 不審に思いつつ、杏も踵を返そうと思った時。突然意識が途切れた。

 また桜が杏の体を支配したのだ。どうやら何かを感じたらしい。

 「ちょっと」

 口調で桜だと悟った彰は弾かれるように振り向いた。

 桜は先程杏が波動を感知した岩肌を指差し、告げる。

 「あそこの岩、あれは単なる幻よ。あれの裏には狭いけど空間があるわ。そこに息を潜めているのよ」

 「何だって」

 見たところ何の変哲も無い岩肌。

 しかし彰がそれに手を伸ばすと、透き通るように手が岩肌を貫通した。どうやら、桜の言う通りらしい。

 それだけ告げて桜は引っ込み、変わりに杏の意識が戻った。急激に今日は二回も入れ替わっているせいか、感覚がついていけない。

 ふらふらするのを堪え、杏は精一杯威厳のある声音で言った。

 「行きましょう」

 この先に何が待ち構えているかは大体予想は出来る。だからこそ、怖さが杏を苛む。それは彰も同じようだった。

 瞬時躊躇い、顔を見合わせ――気付けば自然とお互いに手を握っていた。

 決して照れる事もせず、二人はただ軽く微笑んで幻想の奥へと足を踏み入れた。

 仕掛けにばれてしまい、漆黒の姫はたじろぐ。この先には非常口も何も無い。つまり行き止まりだ。

 魂だけの紫苑はこの周辺から抜け出すことが出来ない。転移する事も叶わないのだ。もどかしさに姫は舌打ちする。

 気を失って動かない少女。果たして、これを器として使えるのだろうか。

 ――百聞は一見にしかず。どうせ器なんてこの世を彷徨えば幾らでもある訳だ。試してみるのもいいだろう。

 彼らが迫っている事を承知で漆黒の姫は背を向け、美鈴へ呪術を掛け始める。

 その光景を見た二人が血相を変えて駆け寄ってくる。

 「美鈴!」

 「邪魔はさせない!」

 強大な悪の波動に弾き飛ばされ、二人は空洞に突き出ている岩肌に激突し咽る。

 僅かに与えられた隙を姫が逃すはずも無く、呪術が発動される。黒い光が美鈴を包み込もうとする。

 ――目の前に居るのに……間に合わない!

 もう駄目だと深い絶望感が襲う。美鈴も凛と同じように目の前で犠牲になってしまう。私はまた一人、守りきることが出来ない――。

 そう思った時、幻想をすり抜けて一つの影が風の様に駆け抜けた。そして美鈴の前に辿り着いた影に呪術の黒い光が包み込む。

 「うわあっ……ああ!」

 よくよく目を凝らすと、それは織だった。

 何故。どうして彼がここに。疑問をぶつけようとしたが、声が出なかった。

 もはや声にならない言葉を織が紡ぐ。ごめん、杏……。

 織の首ががくっと力無く垂れた。しかしそれは一瞬、再び織の首は元に戻る。しかし、それはもう織ではなかった。

 氷のような冷たい瞳を持つ別人。だが、その瞳は何故か眠たそうに見える。

 「ああ、ようやく目覚めたのね……我が愛しき人よ」

 漆黒の目覚めを二人はようやく悟った。それも、織を器としての目覚めだと。

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