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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
12/21

優しい口付け

血などの表現が一部含まれるのでご注意下さい

 鈍い音を耳にし、悪寒がして彰は後ろを振り返った。襖の先には杏と織が居るはずだ。

 ――まさか、な

 織が杏を襲う訳が無い。そう思った時、何かがバタリと畳の上に倒れる音がした。

 頭で考えるよりも早く、身体が先に動いていた。襖を勢い良く開ける。

 目の前に広がる光景に彰は自分の目を疑った。そこには横たわる杏と畳に広がる赤いシミ。

 口の端を持ち上げてにやりと笑う織の表情がふいに歪み、こちらを睨む。その形相はまるで鬼のようだ。

 「……邪魔が入ってしまったか」

 乱暴に織は意識を失った杏を引き寄せた。絶える事無く流れる血を瓶に注いでいく。

 「しかし、桜の血は漆黒の姫様の元に必ず持っていく。根こそぎな」

 平気で淡々と話す織に血が上った彰が飛び掛った。バランスを崩した織は瓶を手放す。杏はその場に倒れる。転がった瓶から血が零れる。

 馬乗りになった彰は織の襟首を掴んだ。

 「お前、分家の身して何故漆黒の姫に手を貸す!呪術一族の恥だと思わないのか!おまけに血の繋がりのある杏を平気で傷つけて!」

 「今の俺には感情など無い。既にそんな物は全て漆黒の姫様に捧げた」

 凄い勢いで彰を突き飛ばした織は杏を抱きかかえた。そのまま外へと向かって歩き出す。

 そうはさせまいと彰が呪符を投げる。見事に呪符は織に命中し、彼は呻きながらその場に膝をつく。

 出来た隙を逃さず、彰は織の前に立つ。

 「杏は連れて行かせない。俺の命に代えてもな!」

 胡蝶の魂が光の弓を形取る。それを手にした彰は迷う事無く織を射た。光の矢が織の胴を容赦なく貫く。

 雄たけびにも似た叫び声を上げ、ふらふらと織は森へと歩き出す。

 そんな彼を阻むように美鈴が立ちはだかる。そして両手を翳し、呪文を詠唱した。

 「悪しき呪に捕らわれし、魂よ。今ここに光の下へ解放せよ!」

 次の瞬間、織を包んでいた黒いオーラが弾け飛んだ。元の蒼い瞳に光が宿る。

 頭を抱えその場に崩れた織に美鈴は同じようにしゃがみ、背中に手を添わせた。

 その光景をぼんやりと眺めていた彰は自分の手にヌルッとした感触がした事で視線を落とした。

 腹部が真っ赤になってしまった衣服。目を閉じたまま動かない杏。そして彰の手を濡らしているのは赤い血。

 今にも吐き気がしそうだ。

 信じたくない。

 守りきれなかった。

 ちゃんと守りきって見せると誓ったのに。

 「何しているんだ、我が生まれ変わりよ」

 凛と澄んだ声に顔を上げると、胡蝶の姿があった。美鈴と織が胡蝶の姿を見て驚いている。自縛霊でもなく、自らの意思でここに残っている霊は珍しいからだろう。それだけでなく、服からして紺水の先祖だと理解できたからだろう。

 胡蝶は杏の頬を愛おしそうに撫でた。

 「まだこの娘は事切れていない。助かる命を黙って見過ごす訳では無かろうな」

 半ば諦めかけていた彰の心に光が射した。

 そうだ、まだここで何もかもを放り出すわけにはいかない。彼女の鼓動が止まらぬ限り、この誓いは果たす事が可能だ。

 強く頷いた彰に胡蝶は赤い珠を手渡した。

 「これは我が呪術で生気を封じ込めた珠だ。これを飲ませれば回復するだろう」

 「そうか、有難う」

 珠を飲まそうと杏の口の中にそれを入れたが、意識が無いため口から先に入っていかない。

 仕方なく、彰は珠を取り出し自分の口の中に入れた。そしてそのまま杏の口元に唇を近づける。

 「あっ」

 見ていた美鈴が小さく声を漏らした。

 その瞬間、二人の唇が重なっていた。口移しで杏の喉に珠が入っていく。

 彼は口付けながら、強く願った。どうか彼女の命が助かるように。これ以上傷つけないように。

 今まで言えなかった熱い思い。しかしこの思いはまだ彼女に届いていない。これを言わないまま死なせてたまるものか。

 ――俺は、お前の事が……ずっと好きだったんだ

 唇を離し、祈るように天を仰ぐ。

 願いが届いたかのように空が光を増した。それに呼応するようにゆっくり杏の目が開く。

 「杏!」

 「あれ……?彰?私は一体……」

 体を起こそうとした杏だったが、上手く力が入らず表情を歪めた。慌てて彰が杏を抱き起こす。

 助けを借りなければならないほど衰弱している自分の体に杏は驚きつつも、服の赤いシミで先程起こったはずの出来事が蘇る。

 そう、織に刺された傷だ。しかしもう痛みは無い。

 おまけに彼は美鈴と一緒に呆然としている。先程までの黒いオーラも無くなっている。

 気を失っているうちに何があったのか。

 「織、今までの事覚えているか」

 「え、あ、実は何も……。いつの間にかここに来てたんだ。杏が倒れていて、彰が必死で……」

 「そうなのか。じゃあここに来る前の最後の記憶はどんな所だ」

 「えっと……急に目の前に女性が出てきた所だ。そこから何も覚えていない」

 女性、と言う言葉に二人は反応し互いに目を合わせた。確信を得るべく更に杏が質問を投げかける。

 「その人って黒髪に黒の瞳してなかった?」

 「ああ、してたよ」

 間違いない。それは恐らく漆黒の姫だ。彼女が彼を操って桜の血を奪わせようとしたのだ。

 全く意地汚いやり方に杏は奥歯を噛み締めた。身内であれば殺しあう事など出来ない。一歩間違えれば部族間の争いにまで発展するような事だった。彼女はそれを外で弄びながら楽しんでいるのだ。

 彰に自分の体重を預けたままだった事に気が付いて、杏は振り払うように彰から離れた。もう彼に頼りっぱなしではいけない。自分がしっかりしなくては。

 心配そうに表情を歪める彰に杏は大丈夫と微笑んだ。

 「彰が助けてくれたんでしょう?有難う」

 「あ、おう」

 「でも私って本当に馬鹿よね。結局彰達の言うとおりだったんじゃない。織は漆黒の姫に操られ、隙を狙っていたのに私は呑気に彼の部屋に入って。無謀にも程があるわ」

 情けない自分を貶し、杏は深くため息を着いた。

 二人にした方がいいと判断したのか、織は美鈴を連れて屋敷の奥へと姿を消した。

 その場に残された二人は互いに俯き、黙り込んでいた。

 ――そうよね、私は足手まとい。彰の実力を踏み躙っているのは私。最低よね。だからきっと彰も呆れているんだわ……

 今まで嫌われるような事をしておいて、悲しみが込みあがってきた。素直じゃない態度を取って傷つけて、ずっと自分は彰の邪魔をしていただけなのだ。そんな存在、彰が必要な訳無い。

 涙が目の淵に溜まる。

 「杏」

 何の反応も出来ず、ただただ俯いていた杏。だが彰は話し続けた。

 「俺はお前が負傷したのを見た時、目の前が真っ暗になった。幼い頃から一緒に居た存在が砕け散ってしまう事がとても怖かった。幼馴染みとはまた別の感情があると痛感させられた」

 涙が今にも零れそうな目で杏は彰を見つめた。彰はそっと杏の頬に触れる。

 「俺はずっと、昔からお前の事が……好きだ」

 とうとう涙が溢れて零れ落ちた。目を閉じた瞬間、杏と彰の唇が静かに重なった。

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