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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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操り人形

血などの残酷描写が含まれていますのでご注意下さい

 彰は男のくせして料理が上手い。

 彼が作ったあつあつのグラタンを頬張りながら杏は彰を羨ましく思った。何でも出来る彼に比べて自分は……。

 「杏?どうしたんだよ?せっかくお前が好きなグラタン作ったのに美味く無いのか?」

 ぼうっとしていた杏に彰が声を掛ける。杏は慌ててかぶりを振って黙々とグラタンを食べ続けた。

 今日の食卓は人数が多いのに静かだ。いつもなら美鈴がお喋りで楽しませてくれるのに彼女は目の前の人物を警戒して何も喋らない。

 その視線の先には織が居る。織は冷静に黙々と食事を続ける。何も話そうとは思わないらしい。重苦しい空気が辺りを包み込む。

 「……ご馳走様。洗い物は流しに置いておくよ」

 「あ、はい。お願いします」

 早々に織は席を立った。彼が居なくなった途端、張り詰めていた空気が緩み、三人は大きくため息を着いた。

 一体何があったのかは知らないがあそこまで機嫌が悪い人が居ると、空気が悪くて疲れる。同じ事を美鈴も彰も思っていたみたいだ。

 「あのお兄ちゃん、嫌だ」

 ぼそりと美鈴が呟いた。決して子供の我儘ではなく、霊感的に何かを感じたような言い方だった。

 「そうね。あの織があれだけ無口なのは本気で怒っている時だけだからね」

 「もしかして、無断で幼馴染みの家に泊まるのが癪に障ったんじゃない?」

 墓穴を掘った彰の発言に、杏は頬を赤らめた。

 言われてみれば、男の家に何も警戒心無く泊まるなんて軽々しいにも程がある。もしかするとそれで織は怒っているのかも知れない。

 理由が分かれば後は何とか出来る。

 杏はグラタンを食べ終わり、勢い良く立ち上がった。何事かと言わんばかりに彰が目を丸くする。

 「私、織とちょっと話してくるね。ちゃんと向き合って話せば分かってくれるだろうから」

 「それがいいさ。行って来い」

 踵を返して織の元へ向かおうとした時、服の袖をふいに引っ張られた。振り向けば美鈴が力いっぱい握り締めている。

 手が小刻みに震えているのが伝わってくる。恐れを抱いているらしい。

 「行っては駄目」

 「駄目って言われても、別に織は危険人物じゃ無いんだから」

 「危ない人だよ!あんなに黒いオーラを持っているのに杏だって気が付かない訳無いでしょ!」

 「確かにオーラは黒いけど、不機嫌なだけだし……」

 ゆっくり美鈴の手を振りほどき、杏は美鈴の目線にしゃがんだ。今にも泣き出しそうな彼女の瞳を真っ直ぐに捉えて言った。

 「織は織だよ。他の誰でも無いんだから」

 もう美鈴は杏を止めようとはしなかった。ただ不安そうに杏の後姿を見つめているだけだった。

 しかし突然美鈴の前に白い衣を纏った精霊が姿を現した。全てを見透かしたような目で美鈴同様杏の後姿を眺めて言った。

 「彼女が危ない。呪術師よ、下手をすれば彼女の命は……」

 その言葉を聞き、居ても立っても居られず彰は杏の後を追った。

 廊下の床板が伝える振動で、杏は振り返った。見ると血相を変えた彰がこちらへ走ってくる。その後ろには美鈴と精霊の姿も見られた。

 力強く彰が杏の手を掴んだ。その力の強さに腕が痛みを訴える。だけど、振りほどく事が出来なかった。

 「行くな、杏」

 「……皆どうして織の事を危険視するの?織の事が嫌いなの?」

 「違う、今の織はいつもの織じゃない。何かこう、今にも襲い掛かられるようなオーラを持っている。だから不用意に近づくべきではないと思うんだ。精霊も賛同するから間違いねえよ」

 と、騒ぎを察して織が部屋から顔を覗かせた。

 「何してるんだ、全く。じゃれ合うのもいい加減にしたらどうだ。もう子供じゃ無いんだから」

 「そうね」

 冷たく言い放ち、杏は振り払う勢いで彰の手を解いた。そして織の部屋へと一人入っていった。


 蝋燭の灯だけで照らされた暗い部屋に織と杏は向かい合って正座した。紅花家の伝統的なしきたりの一つだ。

 まるで獲物を捕らえたかのような目で杏を見つめる織に杏は戸惑いを隠せなかった。

 ――更に油を注いじゃったのかしら

 先程の騒動を見られたのだ。不機嫌に不機嫌が重なって気分は最低に違いない。

 なのでどう話をすればいいのか杏は必死で考えを巡らせていた。何事も無かったように軽く受け流してこの場を去るのか、それとも織に怒っている理由がその事なのかを正直に問うのか。

 何て迷っている内に織の方から口を開いた。

 「あの事件から君達はずっといがみ合っていた。それなのに今は一緒に居るなんてどういう風の吹き回しなんだ?」

 その一言で、ああと杏は真意を察した。

 つまり今の状態になっている経緯が知りたかったのだ。あまりの変わりように織も不自然さを抱いていたのだろう。

 「実はここ最近漆黒の姫と言う影がこの近くで動いていて、この森に眠る影の復活を目論んでいるのよ」

 「知ってる」

 「やっぱりさすがは分家よね。きっと動向ももうほとんど把握しているのでしょ?」

 「ああ、今彼女が欲しがっている血も知っている」

 「えっ」

 急に織が杏の襟首を掴んだ。黒い目が闇を凝縮する。

 「力ある呪術師の一族の血だよ」

 何が何だか状況を読めずに居た杏は織に抵抗する事が出来なかった。

 彼は片手で懐から鋭い短剣を取り出した。さすがにその行動で身の危険を感じた杏は織から逃れ、後ろへ飛び退く。

 不気味な笑みを浮かべ、織は短剣を振りかざす。とにかく杏は身を翻して避けながら叫ぶ。

 「どうしたの織!そんな物を私に向けるなんて嘘でしょ!」

 「全ては漆黒の姫様のため。そのためならお前も切り裂ける」

 棘のある言葉に杏は絶句し、動きを止めた。その瞬間を見逃さずに織が短剣を突き出す。


 ザシュッ


 鈍い音が静かに響いた。

 腹部に突き刺さった短剣。血のシミが服に広がっていく。

 織は躊躇無く短剣を引き抜いた。その場に杏は膝をつく。血が畳にポタポタと零れ落ちる。

 「姫様曰く、杏の血は特効薬となるだろうとの事だ。その血が全ての鍵を握るとも言える」

 それが何を意味するのか。

 ――そう、桜の血が欲しかったのね。そしてそれを奪うために今度は身内を操ってまで……

 なおも流れる血を見て、貧血を起こした杏はその場で意識を失った。

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