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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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分家

 「あ、美鈴から手紙だ」

 「えっ、あの泣き虫っ子の美鈴から?」 

 郵便受けに入っていた手紙の差出人を見て驚く杏と彰。

 差出人である美鈴とは彰の従兄妹にあたり、今は地方にある紺水分家の方に住んでいる。

 分家とは本家の血筋が分かれて出来た家で、一族の端くれ一家と言ってもいいだろう。もちろん特殊な力は備わっている。呪術師として分家も活動している。

 本家と違う所は伝統的な呪術を習得出来ない事。そう言う書は全て本家が管理しており、分家の者は決して見れない決まりとなっている。そのため、オリジナリティのある呪術が特徴だ。

 中でも美鈴は札を使わずに呪術を使う事が出来る天才児だった。

 指で空中に印さえ描けばその術が発動する。本家が一番欲しがった技術だ。杏や彰にはそんな技術は備わっていない。伝統通りの札を使った呪術しか使えないのだ。

 そんな彼女が訳あってこっちへ向かっているのだと言う。

 「恐らくまた分家で言い争いがあったんだろうな。あいつ、結構あっちでは苦しい思いをさせられているみたいだし」

 「まだ七歳なのに分家を継がせるって大騒ぎなんでしょ?別に美鈴は権力とかそんなの興味無いし、むしろ呪術は遊びって感じでいいよね」

 「呪術を仕事にすると苦痛だろうしな」

 しみじみと二人は過去の思い出を思い出しながら語る。

 最後に会ったのは今から一年とちょっと前位だ。彼女の持つ才能は計り知れないが、本家とは違う特殊な力が宿っている事は二人も実感させられていた。

 目の前で風の精霊を呼び出したのだ。それも目に見えるように人間の姿をして。

 「あれは驚かされたわ。何てったって精霊よ。普段見えないはずなのにどうして人間の姿となって呼び出せたのかしら?」

 「それが分家の力ってやつじゃねえの?本家は精霊の力を借りるって感じで彼らを崇めている訳では無いからな」

 未だに分家の力は謎に包まれている。

 だからこそ漆黒の姫が居る今、ここに来るのは危険だ。何せ呪術で対抗できない相手なのだから。

 はっと忘れていた問題を思い出して二人は黙り込んだ。

 漆黒の姫を封印する方法。それは桜の生まれ変わりである杏の身体に秘められた力を解禁する事。そうすれば杏の命は助からないのだと言う。彰はそんな方法を使いたくないらしい。頑なに否定する。それは幼馴染みとしてなのか、それとも他の何かとしての考えなのかは分からない。でも失いたくないと思ってくれるだけでそれで十分だ。

 思い切って杏は息を吸った。そして彰に言おうとしたその時。

 「杏〜彰〜!久しぶり!」

 元気な声が耳に届き、勢い余った杏は首を下に振った。お約束的なタイミングがわざとではないかと思える位だ。

 すぐさま二人は玄関に走った。

 玄関に立っていたのは深い紺色の髪を二つくくりにし、青い目で輝かしく二人を見つめる女の子だった。この子こそ、美鈴だ。

 何事も無くここに来れた事で、杏はほっと安堵のため息を着いた。彰も心配したんだぞと言わんばかりに美鈴の頭をくしゃくしゃ撫でた。もちろん姫の存在を知らない美鈴は過保護なんだからと文句をぶつぶつ呟いた。

 旅行用の鞄に詰められた荷物の量はかなりのものだった。衣類は十日分ある位、その他一般的に必需品な物もしっかり入っていた。

 「何なのこの荷物。引越しみたいな物も混じってるけど……」

 「当たり前!あたし今日からしばらくここに住むもん!」

 「……はい?」

 きっぱり言い放たれた言葉に二人は目を見開いた。本人は当然と言わんばかりな態度をしている。

 「あたし、もう分家の人間じゃないから!あんな親とはもう一緒に居たくないもん。だから二人と一緒に暮らすから!」

 「急に言われても、ね」

 「でも帰れって言っても帰らないんだろう?」

 「もちろん!何を言われようが帰らないもん。あんな居心地の悪い家」

 そう言ってずかずかと家の中に入った美鈴。明らかに家で何かあった事が分かる。

 ――まさかそれって……家出?

 もし推測が正しければと杏は美鈴の肩を掴み、問いただす。

 「ねえ、もしかしてここに来る事を両親や分家の人達に言ってないとか言わないよね?」

 「言ってないに決まってるじゃん!ばれたらすぐ呼び戻されるんだから!」

 杏の手を振りほどいて美鈴は泣き叫ぶような声で言った。

 思わず出た本音に自分でも驚いた美鈴は慌てて客人用の部屋に閉じ篭もった。

 しばらく突っ立ったまま顔を見合わせていた二人はもうどうしようもないと深くため息を着いた。美鈴はまだ子供だ。なかなか説得するのは難しい。ましてや保護者でも無いただの親戚の場合は。

 ――もし美鈴がここで襲われる様な事が起こったら、私は……

 「……今日はお前もこっち泊まれ。どうせ隣の家なんだしいいだろ」

 「あ、うん」

 明るく杏は答えた。

 察せられてはならない。この考えは絶対に。

 告げられぬ思いにもどかしさを覚えながらも杏は必死で堪えていた。

 だが。

 突然彰は何を思ったのか杏の髪に触れた。身体がビクリと反応する。心臓がドクドク脈打つ。

 最近良く見せるようになったいつに無く真剣な眼差しを向け、彰が口を開いた。

 「杏、ずっと言いたかったんだけど、俺は……」

 言葉が途切れる。彰は俯き、表情が分からない。

 杏は逃げ出したい衝動に駆られていた。ここから先は聞いたら何かが崩れてしまいそうな気がしたから。

 「俺は……」

 顔を上げ、意を決したかのように言った。

 「俺はお前の事が」

 ガラッ

 またまたお約束なタイミングで玄関の扉が開いた。先程の杏同様、彰も勢い余ってこける。

 誰かと杏が入ってきた人物を見た時、思わず小さな悲鳴を上げた。

 人影の正体は、亜麻色の無造作な髪に黒の瞳をした少年――杏の従兄妹にあたる織だった。

 悲鳴を上げた理由は驚いた事もあったが、一番は彼が殺気だったオーラを漂わせていた事だ。あれだけ殺意を持った彼を見た事が無い。

 優しい目も、今日は睨むように細くきつさを増している。

 「ひ、久しぶり」

 戸惑いを必死で隠しながら杏が声を掛ける。

 「杏は自分の家よりここが気に入ってるみたいだね」

 嫌みったらしいその口調に杏は言葉を失った。まるで別人のようだ。

 さすがの彰もむっときたらしい。杏を背中に庇うように立ち、織に反発する。

 「ちょっとそんな言い方無いんじゃないか?いつもより苛立って見えるけど、どうかしたのか?」

 「……別に。俺もあがらせてもらうぞ」

 丁重に断って織も彰の家にあがった。

 ――何だろう、織からとても……とても危険を感じる。とてつもない事が起こりそう……

 恐ろしさに杏は身震いした。

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