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黄昏の誓い  作者: 鈴蘭
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始まりの闇

 そこは人目の付かない森。とある言い伝えにより、近辺に住む住民でさえ近づかないこの森に人影があった。

 ふいに、雲が晴れて月明かりが差し込む。人影もその光に照らされ、その姿を露にする。

 腰まである長い茶髪に、紅の瞳を持った高校生くらいの少女だった。着ている服は洋服ではなく、いかにも忍者のような着物を着ている。しかし、忍者には定番の武器は何処にも見当たらない。

 彼女は懐から一枚の縦長の紙を出した。それには墨で何やら漢字が書かれているが、古典の専門家ではない限り解読は難しい。

 「風よ刃となりこの木に傷をつけろ 風華招刃」

 呪文のように言葉が紡がれた次の瞬間、風が猛威を奮って彼女の真正面にあった木に傷をつけた。鋭く、深く。

 まるで鋭い爪を持つ熊が木に引っ掻き傷でもつけたかのような跡が残った。しかし、それで彼女は満足していないらしく、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 すると、彼女の後ろの茂みが音を立てた。振り返りもせず、冷静に彼女は茂みに向かって言った。

 「人の修行を覗くなんてあんたの度も落ちたもんだね」

 「誰が覗くかっての。俺はただ無理して周りにとんでもない危害を加えてんじゃないのかって心配だっただけ」

 「余計なお世話よ!」

 凄い勢いで彼女は振り返り、茂みから姿を現した少年を睨みつけた。少年も彼女と同じくらいの年頃で、身長が少し高く、紺の髪に濃紫の瞳をしていた。着ている着物も彼女とそっくりだ。

 もちろん、少年も片手には先程彼女が使っていたような紙が握られていた。

 彼らは闇の住人からずっと平和を守ってきた呪術一族の末裔だった。この森に封じられている悪しき力が復活せぬよう代々一族は見守ってきたのだ。

 とは言っても彼女と少年の家系は全くの別なのだが、代々協力して仲の良い関係を保ってきた。

 だが、どう見ても二人は仲良しには到底思えない。彼女は敵対心が剥き出し、少年は悪びれもせず挑発する。まさに、犬猿の仲とでも言ったところだ。

 「俺達一応幼馴染みの、呪術一族末裔なのにな〜」

 「何よ、私はあんたみたいなエリートでへらへらした奴が嫌いなの!」

 「昔はお前の事を杏、杏て呼んでたのに今じゃお前とあんただしな」

 そう、昔は仲が良かった。まだ、こんな能力の差が示されていなかった頃は。

 突然過去の話を持ち出す少年に、紅花杏は何も言わずに俯いた。

 「ま、俺は嫌われても全然痛くも痒くも無いからいいんだけどな。どうせ最後に泣くのはお前だし」

 「それどういう事よ!私は絶対あんたなんかに負けないわ!絶対勝って見せるから!」

 踵を返し、杏は森の奥深くへ消えようとした。だが立ち止まり、少年を振り返って言った。

 「もうあの頃のように彰って呼ばないからあんたも杏って呼ばないで」

 冷たく言い放たれ、紺水彰は言葉を失った。

 それをいい機に杏は森の奥深くへと走り去った。彰は追いかけようとしたが、今の杏には何を言っても無駄だとその場に踏み止まった。


 ――いつから私はあんなにあいつを毛嫌いするようになったのだろう?

 高い木々が柱のように聳え立っている森の中で、ふと杏はそんな事を考えた。

 小さい頃から呪術一族の末裔同士として一緒に遊んだり、勉強したりしていた。あれ程仲が良かったのに、いつからこんな関係になってしまったのだろうか。

 思い出せば、それは中学校に入ってすぐの事だった。相変わらず一緒に修行をしていた二人はつまらなさに退屈して、禁断の領域に入ってしまった。そこには恐ろしい怪物達が閉じ込めてあると聞いていて、絶対に近づいてはならないと言われていたのだが、それを無視して二人は入ったのだ。

 しばらく二人でうろついていると、黒い狼達に囲まれてしまった。怖くて逃げ出したくても逃げ出せなかった。

 とりあえず習いたての呪術を使って追い払おうと杏は呪術を使ったのだ。しかし、まだ未完成で狼達にダメージを与える事は出来なかった。とうとう狼達が牙を剥いて襲い掛かってきてもう駄目だと思った時、彰は禁断の呪術を使った。その呪術のおかげで狼達は逃げていったが、彰は代償に大熱を出して寝込んでしまった。

 あの時、私に力があればと何度も何度も悔やんだ。そして思ったのだ。彰よりも強い呪術師になれば誰も傷つけなくて済む、と。

 どんどん腕が上達している彰と比べ、杏はまだまだ呪術を使いこなせていない。おまけに杏と比べて彰は明らかに修行時間が短いのにも関わらず、実力は彰の方が上なのだ。更に余計な事まで言ってくる。正直言って邪魔者なのだ。

 ――それが悔しくて悔しくて、いつの間にか敵対心を持っちゃったのよね……

 今更素直になるなんて、プライドが許さない。だからこそ、何とか彰を上回るために日々修行を重ねているのだ。

 時々、見せる彰の悲しそうな表情には気付いていた。本当は昔のように仲良くしたいと思っているのだろう。確かにその方が一族にとってもいい。だけど、どうしても彰を認めることが出来ないのだ。自分の遥か先へ行く彼の背中が見えない程の実力の差を認めたくなくて。

 一人静かに杏はその場に立ち、月を眺めてそんな事を考えているとふいに妙な風が吹いた。何とも生温い風だった。

 嫌な予感がし、走って杏は自分の家へと戻った。家は神社を兼ねていて社の奥にひっそりと佇んでいる。彰の家はその反対側へと回り込めばいい。

 家に居るはずの使いたちが居なかった。更に悪寒が増し、杏は家の戸を乱暴に開けた。

 靴も揃えずに脱ぎ捨てて杏は病気で寝ている母が居る寝室の襖を勢い良く開けた。そこからさっきの生温い風が強く吹いた。

 見てはならない気がしたが、杏は暗闇の中に眠る母の姿に目を凝らした。暗くてよく見えないが、布団に黒いシミがある。それが血だと認識するには少し時間がかかった。認識した後は何も考えず、母の元へと駆け寄った。

 「お母様!」

 抱きかかえると、体が氷のように冷たかった。目は虚ろに開いたままになっていたので、杏は静かに瞼を閉じさせた。

 ――誰が……誰がこんな事を!

 ふと、後ろに気配を感じて杏は振り向いた。そこには月を背景に浮かぶ黒い影があった。

 影は面白そうにクスクスと笑った。それが挑発であると分かっていても怒りは抑え切れなかった。

 「貴様がお母様を殺したのか!貴様は一体何者だ!」

 「我は漆黒の姫なり。我の力を覚醒させるためには力あるものの血が必要なのだ。その女はかなり弱っていたようじゃの。血を吸うのは簡単じゃったよ」

 そう告げると踊るように漆黒の姫は闇の中に溶けて消えた。

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