アーナの結末
目の前に絵にかいたような王子様が膝をついてあたくしの手をとっている。
「さあ、年貢の納め時だ。覚悟はできてるな?」
明らかに顔面真っ青なあたくしは、頷くしかなかった。
結婚!?あたくしは結婚なんてしたくないのよ!?
※※※※
あたくしの家は、侯爵家だった。過去形でとらないでくださいませ?現在進行形で侯爵家で、兄が二人いるものの一人娘であるあたくしは、王妃にさえなれる娘なのよ。
……なる気なんてさらさらありませんケド。
本来ならば侯爵家の娘が20にもなって独り身でいるなんてことはまずあり得ないこと。
嫁き遅れにもほどがあるわ。あるのだけどね。
婚約者はいるのよ?婚約者は。ただ、あたくしも相手の方もまだまだ遊びたい盛りなだけで。嫁になんて行きたくない。「奥様」と呼ばれてかしづかれて暮らすなんて嫌なの。
両親も兄達もこの家に居てくれていいって言ってくださるし。お家の中でお茶をしていると近くの伯爵家や子爵家のご子息、たまに婚約者の第三王子までいらしてくれて、あたくしの知らないこと、遠いところでなにが起こっているかを教えてくださるの。本とかも持って帰ってくれるのよ。
王子と結婚しても同じじゃないって?甘いわぁ?
王宮には伯爵や子爵の子息方は入れないのよ。面白い話を持ってきてくださる方がいませんわ。信じれない。あたくしは、侯爵家にいるの。ずっとここにいて、面白い話をきくのよ。
基本的に侯爵領から出ないあたくしは、社交界もよっぽどのことがないと王都に入らない。いや、毎年遅れて入都してはやく帰領するの。
そして女性のみのお茶会は出席しないし、夜会にはいつもの取り巻きをハーレムのように率いて出席するわ。どれもこれも父と兄達の指示ね。男女関係なく取り巻きがいないところで近寄らせるなとのこと。
お陰様で。いやーな感じの侯爵令嬢の出来上がりでございました。
常に男性の、しかも話によると最近力を付けだした伯爵、子爵のご子息……中には当主になったかたもいらっしゃるのよ……をきっちり独り占めして、あまつさえ、第三王子まであたくしの傍から離れない徹底ぶり。
聞こえますわよー『あの女がいない夜会がどれだけ楽しいか』って。
「ねえぇ、殿下。あたくし、夜会は好きではないのよ」
「知ってる。欲しいものがあったら言え。すぐに見繕ってきてやる」
「そうやってあたくしの意思を無視する……」
「来て時間が経ってないんだ、色々なやつと話をして見聞を広げればよいだろ」
「んもぅ……では、あの扉のところに立っているウェイターを一人」
「わかった」
あたくしの隣に座っていた殿下が立ち上がろうとすると、殿下の後ろに座っていたシェルド伯爵令息が殿下の肩を軽く抑え、メイブル子爵と共に指定したウェイターの元へ行く。
だれも理由はきかないのね。
あたくしが所望したものはすべてあたくしの元に届けられるわ。時間がかかっても必ず。
でもね?
あたくしは、存在しないものを欲しがってるわけではないのよ?ただ、気候や条件的にありそうだなーって思ったものを欲しがっただけで、なければ無い理由が知りたかったのよ。
どうしてできないの?っていう答えがほしかったの。
まさか、自力で鉱山探して採りにいくとか、家庭菜園作って試しにつくってみるとか、領内を旅してくるとか、そんなこと望んだわけじゃないの。
そしてその努力が報われ、どれもこれも特産になったみたいだけど、これじゃあたくし悪女みたいじゃない。
「つれてきましたよ、アーナ」
ジェルド伯爵令息があたくしの耳元に顔を寄せる。
「アーナ、あれアーノルド気づいてないみたいだけど……」
「最後まで言わなくてもいいわ」
あたくしも小声で返してすくっと立ち上がった。
「こちらではなんですから、奥のあたくしの部屋までいらして?ねえぇ、殿下。もう下がってもよろしいでしょう?」
「構わんよ、おれたちがついていくなら」
「ふふふ。エーリテ伯爵、エスコートしてくださる?」
「珍しいな、しかし、私でよろしければ」
逃がさなくてよ、アーノルド・エーリテ伯爵。ふふふとあたくしは、微笑んだ。
※※※※
ウェイターの正体が自分の二年目になる妻だと知ったエーリテ伯爵の表情ったらなかった。
とにかく、唇を震わせて顔色は赤と青を行き来しているし周りの殿方は、一同お腹を抱えて笑っていた。殿下も例外ではない。
「本当に気づかなかったのか、お前!」
「気づくわけなかろうが!周りなんか見てなかったわ!リーシェ、なんで君もここにいるんだ!」
しかもそんな格好で!と夫人に怒鳴るエーリテ伯爵。
エーリテ伯爵婦人は顔を真っ青にして……可哀想に。
「そうやって怒鳴らないで、エーリテ伯爵。女性に怒鳴り付けるなんて紳士の風上にもおけませんわよ。改めて初めまして、伯爵夫人。アリアナ・うぃ……アリアナですわ。どうぞゆっくりなさって」
「アーナ……まだファミリーネームを覚えれないのですか」
「お黙りなさい」
エーリテ伯爵を黙らせて夫人に積を勧める。夫人も非礼を詫びてからソファに腰をかけた。
あたくしに用意された休憩室に、あたくしの取り巻きたちが全員思い思いの場所を陣取っているのだけど。当然、エーリテ伯爵は夫人の後ろに。
座りなさいよ、あなた!
「御用向きを伺いますわ。あたくしに御用がおありなのでしょう」
あたくしが水を向けると、夫人はハッとしたような顔ををしてそれから何かを決心したかのような表情をする。あたくしは、つまらない風にひじ掛けに肘をついて頭を支えておく。
「アーノルド……エーリテ伯爵と私は政略結婚ですの、ウィレント侯爵令嬢」
「アーナよ。リーシェさま」
「結婚前に伯爵さまから『ウィレント伯爵令嬢だけは特別だから優先させることを許してほしい』と言われましたわ」
「最低な男ねぇ」
「アーナさま。私は伯爵さまから離縁されてでもはっきり申し上げたいのです」
「許しましょう。なんでもはっきり仰いませ」
この流れだ。もう言ったも同然。それならば仰いませ。
「アーノルドさまの妻は私です。返してくださいませ」
勇気が言っただろうと思うわ。他の女のもとにいる旦那の目の前で。
伯爵が目を瞬かせて絶句してるわね。反省するといいわ。
「ねえぇ、リーシェさま」
あたくしの呼び掛けにリーシェさまはなんでしょうと短く答える。
「あなたとエーリテ伯爵の結婚はそんなに政略的な結び付きに重要度なものはなくてよ。切っておしまいになったらいかが?」
「……なっ」
「なんてことを言ってるんだ、アーナ!」
侮辱されたと思ったらしい夫人は顔を真っ赤に、逆に伯爵の顔は真っ青になった。ああ、そうだったわ。
「そんなことしたらエーリテ伯爵の苦労が水の泡になるんでしたっけ。夜会で一目惚れして、自分に惚れさせることができないから政略的に画策して苦労して結婚にこぎつけたんですものねぇ」
あのときのそんな苦労を知らない夫人が目を点にしている。伯爵は、その後ろであたあたしてるのが面白いわね。
「あ……あ、アーナそれは言ってはいけないだろう」
「それ?それってなんのことかしら。結婚が決まったときにこちらまで来て大宴会開いたあげく、国一番のウエディングドレス作れる店はどこだって恐れ多くも殿下に詰め寄ったこと?それとも、最近ずっと口開いたらリーシェさまに似た子供を授かるにはどうしたらいいか詰め寄ってくること?あらおかしいわね……あたくしそんなこと口にしてないわ」
「あぁぁぁああなあああぁぁっ」
ダッシュでこっちに伯爵がかけよってくるも、途中で力尽きるエーリテ伯爵。
そこにジェルド伯爵令息がくくくって笑って
「数打ちゃあたるだよ」
「うるっさいわ!リーシェのからだが持たんわ!リーシェはあんなにも健気で儚いんだ無理なんかさせられるか!効率!効率!」
あらやだ、下ネタに走りそうね。でも……
「方法はなくはないんだけどね、効率のよい方法」
「アーナ!!」
「でも、エーリテ伯爵?夫人が目を丸くして固まってらっしゃるわ。これには夫人の協力がいるのよ、落ち着かせてあげてちょうだい」
伯爵は、急いで夫人のもとに戻り果実水をのませてあげている。いいわね。
「伯爵、今度から夫人をつれてきてさしあげて。……と、ねえ、殿下」
未だに顔を背けて笑い続けてる殿下に声をかける。そうねえ。
「ねえ、まだ好い人できないのかしら」
「ええ?」
「あたくし、あなたのややさまが見たいわ。いい加減、どうにかなさいよ」
あたくしは、完全に失念していた。
あたくしが殿下の婚約者だということに。
思い出した時にはもう遅かった。優雅にあたくしの前に立ちあがって膝を折った。
目の前に絵にかいたような王子様が膝をついてあたくしの手をとっている。
「さあ、年貢の納め時だ。覚悟はできてるな?」
明らかに顔面真っ青なあたくしは、頷くしかなかった。
結婚!?あたくしは結婚なんてしたくないのよ!?
違うの!違うのよぉぉぉ!!