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【秒針の指揮者】61
世の中の時計は悉皆、同じ時間を示してはいても、秒針の位置が異なる。
そうお思いの方が多いだろうが、秒針の指揮者は、微妙にタイミングを外しながらカチリカチリと等間隔に響く機械音を、指揮棒振ってピタリと斉唱成す。
輪唱を奏でる秒針たちも、忽ち見つけるという。
【天使の梯子かけ】62
雲の隙間から光が真っ直ぐ伸びている。
時に天使の梯子といわれるそれを架けるのが、天使の梯子かけ。
暗い雲の絶え間を探し、裂け目に向かって金色に輝く長ーい梯子をひょいとかける。
天使の、とは言いつつも、誰が昇り降りするのか彼は分からないし知らない。
だが、美しい仕事だと満足げ。
【海獣の涙収集家】63
「海の海獣は、目が乾くということがありません。
だから海中の海獣が流す涙は、純粋なる悲しみなのです。
私はそんな悲しみを集めているのです。」
いわば悲しみコレクター、海獣の涙収集家は語る。
彼の特殊な硝子瓶は、海中に流れた海獣の涙を逃さない。
「悲しみは美しい心。美しい心こそ、至宝なのです」
【靴下迷子相談員】64
靴下迷子相談員の仕事は迷子になった片っぽ靴下の保護あるいは捜索である。
「もっと利用してくれたら嬉しいんですけどね」
大体の場合、もう片っぽの靴下が靴下迷子相談員のもとに届けられることで事件は終息する。
揃った一足の靴下は、綺麗に洗われて、新しい靴下生の一歩を踏み出すという。
【風船看取り師】65
子供が手を離した隙に飛んでいった孤独な旅。
イベントの演出で大量に放出された渡り鳥のような群。
あの風船たちはどこへ行くのか。
風船の行く末を追い、萎んで終わるまでを看取るのが風船看取り師の仕事である。
人が皆異なる死に方をするように、風船の終わりも各々だと語る。
【ジャックオーランタン醸成所所長】66
ハロウィンを過ぎ、不要になったジャックオーランタンを集めるのはジャックオーランタン醸成所所長。
彼はオレンジ色のジャックオーランタンに火を灯し、安置し、由緒あるカボチャお化けになるまで醸成する。
秘密の醸成所には、薄闇中に火をゆらめかせニヤリと笑うカボチャがずらりと並んでいるという。
【元クリスマスツリーの森の守番】67
12月25日が過ぎ、飾りが取り払われたクリスマスツリーは役目を終える。
そんな樅の木を集め、土に挿し根を生やさせ、生命のある木に戻して森を作るのが、元クリスマスツリーの森の守番。
復活した元クリスマスツリーは幾万もの木々は、12月が近付くと再びクリスマスツリーとして送り出す。
【初詣探偵】68
初詣の願い事を叶えるに値するか。
神様方の手が足りないので、初詣探偵がその調査に乗り出す。
数多の初詣客を追跡、行跡を上へ報告。
探偵は必ずトレンチコートを着、帽子を目深に被る。
どこの誰についている探偵もそっくり、探偵の実態は複数のようでもあり、単独のようでもある。
【毒見屋】69
自然界に毒のある魚類植物類は数多。
しからば、調理方法は毒見屋にご一任あれ。
どの部位に毒があるのか、また毒を取り除くにはどうすればよいのか、研究し尽くして調理する。
毒見屋というからには、毒見をしているのか?
「そりゃもう。あらゆる毒を味見しています」
と飄々たる笑顔。
【星屑売り】70
星屑売りは、何のことはない、金平糖を売っているのである。
赤、白、黄、緑、スカイブルーなど、色とりどりの星のような砂糖菓子。
薄荷風味から肉桂風味まで、〝星屑〟と称して売る。
ただ、口の中に入れるときはお気を付けよ、時々隕石の欠片や、ペリドットの粒が混じっているから。