31~40
【ガス灯の点灯夫】31
絶滅したと考えられているガス灯の点灯夫。
彼曰く、街灯の中には時折ガス灯が紛れている。
その火を灯すのが、彼の役目。
「付喪神というのがあるでしょ。大方それです。物も消えたくはないのです」
よくガス灯が移動しているので、点灯夫はガス灯を訪ねて夜中探し歩く。
【髪の毛のだま職人】32
髪の長い女性は、寝ている間に、一本の髪が結ばれて、だまになっていることがあるだろう。
妖怪の如く、こっそりそれをする彼女は、髪の毛のだま職人。
髪が傷んだ合図を出す。
ちなみに、彼女は昔メデューサと呼ばれていた。
【しゃぼん玉保存修復家】33
弾けて消えるには勿体ない人造美事をしゃぼん玉保存修復家は守るのだという。
透明で、丸くて、虹色を帯びて光り、ふわふわ浮かぶもの。
儚さも繊細さもそのままに、保存し、破れそうなものは修復してまた飛ばす。
曰く「あれは悲しい魂なのです」。
【嵐を呼ぶ男】34
嵐を呼ぶ男。
有名な映画があるが、幻想職業事典としては無名の彼を紹介したい。
彼が手にするのはドラム・・・いやでんでん太鼓。
振りまくって轟かし、文字通り、嵐を呼ぶ。
黒雲は龍の如し、風は槍の如し、雨は礫の如し。
嵐を呼ぶべきところにはどこへでも、グローバルに活動する。
一見可愛らしいが、ご用心。
【ハロー警報係】35
ハロー警報係は、激しい浪の上でもすいすい歩けるブーツを履いて、海から「ハロー」と必死に報知して回る。
「ハロー警報は危険なのです!
わたくしのハローが聞こえたら絶対に海に近づいてはいけません」
仕事を始めてこの方自分の勘違いには気付かないが、いい奴。
【ボタン蒐集家】36
真珠に貝、木にプラスチック、象牙に金。
四つ穴、二つ穴、足つき。
何でもあります、とボタン蒐集家は袋の中を見せる。
とはいえ、これは全て拾ったもの。
あるべき場所に戻るべきです。
と、ボタンが落ちていた場所や時間などを克明に記した帳簿を持って、落し主を探している。
【列車の追っ手】37
走行中の列車の横を、『走って』ついてゆく列車の追っ手。
列車の邪魔にならない程度に柵、土手、家々、草むら、橋、川などを飛び越え、可能な限りついてゆく。
彼曰く、これは挑戦。
どんな場所も自らの足で全力疾走する驚異の身体能力を身につける。
【月からの逃亡者】38
夜空を見上げると月が輝き、車で移動しようと列車に乗ろうとどこまでもついてくる。
月からの逃亡者は、月から逃げる試みを続けている。
ついてくる月を振り切ろうと夜を徹して走る。
夜の長い冬は命がけ。
いつも夜明けに勝負を持ち越されてしまう。
【赤い糸の結び手】39
糸を紡ぎ、染めて、多くの人々のえにしを結ぶのが、赤い糸の結び手。
運命の赤い糸が有名だが、実は百様の色の糸を取り扱っている。
赤い糸の存在は世間に気付かれてしまったが、他の色の糸が何を司るのか、秘密に伏すという。
糸を頼りに生きては、えにしに縛られてしまう。
縛られるものではないのだと、静かに語る。
【電線渡り】40
とあるサーカスの綱渡りは、どこにゆくにも綱渡りで赴きたいと考えるようになった。
思いついたのは電線渡り。
網目の如く全国津々浦々に広がる電線こそ、綱渡りで移動できる手段。
慎重なる綱渡り、電流伝わり、自分の命も綱渡り。
だが何故か嵌ってしまって、サーカスそっちのけで電線渡り専家になった。
「人生は綱渡りです!」