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【合わせ鏡の住人】81
「元々は悪魔を追っていたんです」と、合わせ鏡の住人は語る。
どこまでも世界を繰り返す入れ子の中を自由に行き来する。
「僕にはここが合うみたいです。
だけど常人にはお薦めしません。
全てがまやかしですから」
時折迷い込む人間を外に案内したり、悪魔とチェスをしたりする日々。
【ドッペルゲンガー】82
世の中にはそっくりな人間が三人いる。
出会うと忽ち死んでしまう。
ドッペルゲンガーといわれる彼、いや彼女は、あなたとそっくりな姿形をして現れる。
あなたの側を通り、振り向かせる。
まさかと思わせる瞬間を作るのが、彼女、いや彼の仕事。
彼、いや彼女も実は三人いるとかいないとか・・・
【打出の小槌の守人】83
振れば宝の山がザックザク。願い事だって叶えてくれる。
ご存知、打出の小槌は取り扱いに慎重を要するため、守人はひやひやしながら守っている。
「ありか?だめだめ!絶対言わない!鬼にだって言わない!」
かつて鬼に奪われ、一寸法師とやらの手に渡って、延々交渉して取り返した苦労を忘れていない。
【階段決定主任】84
気付かぬ間に、予告もなく、上るべき階段は目の前に迫っているものである。
進級、恋愛、スキルアップ。
階段決定主任はそっと、そのタイミングをあなたに差し出している。
上るべき階段は何か。
階段を上った末に見える景色はどんなものか。
人生の局面を階段決定主任は見守っている。
【砂浜分類学者】85
砂浜は堆積物の山である。
玄武岩や花崗岩の粒子、波に研磨された硝子や骨の破片、死んだ珊瑚や貝殻など。
そんな砂浜にしゃがみこみ、ピンセットで砂粒を摘まみ上げルーペで観察するのは砂浜分類学者。
幾億もの砂粒を、全て解析して分類しようと試みる。
「統計学で全てが本当に分かりますか?」
【月報売り】86
月報売りが売る月報は、全集についてるアレではない。
『moon・news』、すなわち月の新報である。
瓦版のような体裁をしており、毎月一回月から送られてくる。
「人気があるのはかぐや姫のエッセイですかね。
月兎の餅屋の割引券もついてます」
月の住人との通信方法は、企業秘密。
【虚言遂行業者】87
虚言遂行業者は文字通り、嘘を真にするお仕事。
空が飛べるとかお化けがいるとかでも、何かしらの形で実現させる。
例えば「お前なんか死んでしまえ」と口にする韜晦を、瓦解させ後悔の雨霰を降らす、『真』という毒の提供者。
運命の糸すら操っても気にせぬ、実に性格の悪い職業である。
【生け贄回収係】88
古来から人間を生け贄にして天に哀願する儀式があった。
麗しき乙女を泉に沈め氾濫を鎮める、選ばれし少年を怪物に食わせて山を宥める。
そうした者を回収し、二度と既知の人々と顔を合わせないで済む場所に渡したのが生け贄回収係。
生け贄の行く末は、一説によると異世界。
【灯籠見届け人】89
暗い川面にゆらりと浮かび、波を照らす鎮魂の灯籠。
海まで旅する火の行く末を、見守るのは灯籠見届け人。
灯籠を舟で追う。
波に飲み込まれ雨に打たれ、灯籠は次々と海に沈んでゆくが。
「時に陸地が見えることがあります」
鎮魂の旅が、どこかに行き着くこともあると見届ける。
【色彩の魔術師】90
あの人のイメージは情熱的な赤。
そんなイメージの中の色彩を、操るのは色彩の魔術師。
あなたのイメージの中に遍在する色彩をコーディネイトする。
イメージは百人百様、同じ色を使ったり、違う色を使ったりと、凝りに凝って魔術師は着色する。
「皆作為に気付かないものです」




