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夢見の塔、二人のハーフエルフ

間が空いてしまいましたが、更新しました。

再びこの作品を読みに来てくれた心優しき方々に精一杯の感謝を!

まずは前回にちょこっと登場した新キャラの過去話から始まり、主人公キリへとの出会いへと続きます。

あと今回も後書きにオマケをつけてありますので、お時間あれば覗いてみてくださいね。

 30年前、大量の魔物たちが雪崩をうって人間の国々を襲った事件が発生した。それまでも比較的小さな国家がモンスターによる被害で衰退することはあった。しかしこの時ばかりは異常だった。

 次々と襲い来る新種の魔物たち。特に厄介だったのが、長い時間をかけて人間社会の中枢に入り込み内部から人間世界を瓦解させた人型の怪物だった。世界は『吸血姫』に代表されるこの種の暗躍により次々と国が倒れるという異常事態へと発展する。


 そして決定的だったのが人間世界で第二の国力を誇っていた王国の首都が陥落したことである。このことは後の世に『王都陥落』と伝えられ、キリのような辺境の地に住む田舎者でも知るほど有名な話となる。

 ただしキリの場合は昼食のサンドイッテ片手に、レオンによって語ってもらっただけなのでうろ覚えである。


 当時この事件が各国に与えた影響は計り知りえず、それまで人間同士で勢力争いを繰り広げていた国々は一斉に争いを止め事態の対処に当たろうとした。しかし滅亡への時計の針を止めるには遅すぎた。

 そして追い詰められた人類がとった一か八かの作戦は、残存する戦力の全てを持ってこの惨劇の元凶である魔物の王の城を強襲するというものだった。詳しい話は省くことになるが、とにかくこの作戦は成功し、魔物の王は『五勇士』と語り継がれることになる五人の冒険者に討ち取られ統率者を亡くし弱体化した魔物たちは、雪辱に燃える『王国の守護者』を中心とした精鋭によって徹底的に無力化されることになった。レオンの言うところの守護者かいぶつ達にとって弱体化した魔物など大した脅威でなかったのである。

 この時の光景は「どっちがモンスターかわからない」「あの光景は永遠のトラウマ」とレオンの祖父が日記に書き残している、ちなみにこの日記を偶然発見したレオンは守護者を少しだけ恐れるようになった。



 かくして、この世界に平和が戻る。それまで様々な理由でいがみ合っていた人々は共に魔物を撃退したという一体感から対立を軟化させ、世界には暫しの平和と復興の時が訪れた。その平穏は何度か乱されはしたものの、現代まで脈々と続いている。

 これがキリも知っている『魔物侵攻』と『王都陥落』、そして『五勇士』の物語。


 しかし、魔物の王が討ち果たされたことで本当に全ての人が幸せになっただろうか?




 30年前のその日、魔物の王の討伐の知らせに王都セレスニルは沸いていた。凶悪な魔物に震えていた人々は今度は恐怖から解放された喜びに震えながら連日にわたり祝杯を挙げていた。酒と料理の匂いの中で満面の笑みをこぼす群衆たち、誰もが勝利の美酒に酔いしれて輝く明日を夢見ていた。そんな彼らをかき分けて、一人のシスター服の少女が王都の郊外へヨロヨロとおぼつか無い足取りで消えていくのを気に留める者は誰一人としていなかった。


 そして少女は王都郊外のとある場所にたどり着いた。むき出しの大きな岩が転がっている元住宅街、魔物との戦いにより今や見る影もない。ここは今、墓地として利用されていた。


 「ごめんなさい」


 鉛色の空から降り続ける雨の中、蒼髪の少女が最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。所々が引き裂かれた純白のシスター服から見え隠れするのは、血の滲みきった包帯に覆われた肌。痛々しい傷跡が雨に濡れて激痛を発するのも厭わずに、ただただ少女は謝罪の言葉を口にした。


 少女の名前はマリベル・ソプノ、神託都市アストロギアの守護者の若き日の(とはいえ、全く見た目は変わらないが)姿である。各国の連合軍が魔物の王の居住地だった『毒の大地』に攻めいったのは僅かに数日前、待ち伏せていた魔物たちとの戦いで負った傷が壮絶な戦場を物語っていた。

 そんな痛みに耐えながらマリベルは言葉を紡ぐ。


 「貴女が旅に出るきっかけを作ったのは、私の予言なんです。私の予言に貴女は巻き込まれて冒険者になって旅をして、魔物と戦って、貴方達は世界を救った。でも、貴女自身はその戦いで…………何が『五勇士』なんでしょうね? 帰ってこれたのは四人なのに」


 そっと、墓石を撫でつける。そこに記されているのは親友とその家族の名前だ。

 魔物の王との戦いで自分たちはあまりに多くのものを失った、そのせいだろうか代わりに手に入れた平和がちっぽけに見える。

果たして自分たちは本当に勝ったのだろうか。傷口がじくじく痛む。


 「危険な魔物の殆どは私たちが倒したから、これからは魔物に苦しめられる人々は減ると思う。だから私は『守護者』として喜ぶべきなんだって王様が言ってたんだ、褒賞金も沢山くれて自由だって認めてくれるって………でもね、親友が死んじゃったのに笑顔になんてなれるわけないよ。あんなに欲しかった自由もこんなんじゃ全然嬉しくないっ 」


普段から心掛けている丁寧な口調も崩れ、涙ながらにマリベルは訴える。


 「何で死んじゃったの、何で私が助けに行くまで待ってくれなかったの? 約束したよね、私が自由になったら一緒に世界を旅しようって、塔の中に閉じ込められていた私が知らないことをいっぱい教えてくれるって!」


 ゾワリ、と空気がざわめく。マリベルを中心とした地面がドス黒い影に汚染され、紫色に変色した草木が根元から腐り始めた。雨にも関わらず、キイキイと鳥たちが鳴く。

 この時のマリベルは精神的にも幼く完全に自分の力を制御できていなかった、故に感情が高ぶれば呪いが暴発することすらあった。


 強烈な呪詛に当てられた木々は腐り、清水を猛毒へと変化させ、日の光を殺傷性の魔光へと堕落させる。明確な死に彩られた世界の中心にたたずむ蒼髪の少女、その姿は誰から見てもまさに怪物そのものだった。 そんな化け物を『友』と呼んでくれた人間の女の子、その存在こそがマリベルの心の支えだったのだ。そして今、その存在の消失にマリベルの心は悲鳴をあげていた。

 見る見る内に旧住宅街は呪詛に飲み込まれて命なき魔界と変貌していく、宴会ムードだった王都の住人たちも呪いが到達していないにも関わらず不穏な気配を感じて怯え始める。


 「………っ?! しまった!?」


 それに気づいたマリベルはハッとした様子で気持ちを落ち着かせる。途端に呪詛はその気配を無くし、ざわついた王都は落ち着きを取り戻す。マリベルはキョロキョロと辺りを見回して呪いによる人的被害が出ていないことにホッと安心する。


 「もう……これだから私は駄目なんですね。考えてみればいつもいつも私は自分の力すら上手く使えずに貴女方に迷惑をかけてばかりでした。こんな姿ばかり見せていたら、また貴女に怒られてしまいます」


 「でも今回は貴女が約束を破ったのが原因なのだから先に私が怒りますけど」とマリベルはペシペシと墓石を叩く。その顔にもう涙はない。


 「何だか泣いて怒ったらスッキリしました。アナスタシア様が待っているので今日はもう帰ります、貴女へのお説教は今度にします。だからまた聴いてくださいね………それでは」


 包帯だらけの身体を庇いながらマリベルは親友の墓地を跡にした。それから先、マリベルは王国内の魔物退治や他国との争いに協力を求められ、多忙な日々を過ごすことになる。

 その過程で少ないながらも友人や仲間を得て、出会いと別れを繰り返しマリベルは精神的に成長していった。戦いに拘束される生き方に不満はある、それでも多くの人々を護ってきた自分の道に後悔はない。国王には内緒だが時々、別世界から境界線を越えて流れ着いてくる品々を回収して修理する趣味も気に入っている。


 だが、時々思うのだ。

もし彼女が生きていて自分が守護者を辞すことが許されていたのなら、と。

街を、広い王国を、果てしない世界を旅することも出来たのだろうかと。

それは守護者の責務と比べるなら無意味で、無責任で、無駄な生き方なのかもしれない。

でもきっと、それはーーー。



楽しかっただろうな、と思うのだ。



それは30年前も昔の物語 。

キリとマリベルが出会う前の物語。



◇◇◇◇


 そして時間は再び現代へと逆行する、場所は神託都市アストロギアの中心『夢見の塔』。


 コトコトコト、と金属製のヒーターに熱せられた蒸留水が音を立てている。この世界では非常に珍しいコーヒーメーカー装置の上部からはラファ地方産の上質なコーヒー豆が芳醇な香りを周囲に広げている。

 ドリップ式と呼ばれる、ろ過しながらコーヒーを抽出する方式により直接にカップへと注がれていく熱々のコーヒーを空色の瞳がわくわくとした光を湛えながら見守っている。


 これは別世界から『境界線』を越えて流れ着き、スクラップ同然だったのをマリベルが自ら修復してどうにか使用に耐える形にしたという逸品だ。内部構造を解析魔法で調べ上げ、損傷個所をチマチマと修復する作業を地道に二ヶ月。稼働させるのに必要なエネルギーの種類及び必要量を把握、判明した電力を安定的に補給できる魔法道具を揃えるのにさらに一ヶ月。

 まともに機能させるまでに三ヶ月近くの時間を必要としたが、それだけの価値のある品物だったとマリベルは無い胸を張る。


 一人で淹れるには少しばかり手間のかかるコーヒーを自動で抽出してくれるおかげで書物の整理に集中することができる、何より部下を呼び出す必要がないことは他人との交流が苦手なマリベルには本気で嬉しい拾いものだった。「コーヒーぐらい魔法で淹れればいいじゃん」という言葉はこれを直したマリベルの労力を知る人間の間では禁句である。


 コーヒーに投入するミルクと砂糖を大量に用意したら準備は完了だ。幼い状態で成長が止まっているせいかマリベルは味覚がお子様のままなのはハーフエルフであることのデメリットかもしれない。三人が座れるように席が用意されたテーブルでマリベルと客人は向かい合う。


 「どうぞ、貴女の分も用意していますので召し上がってください。積もる話はそれからでも遅くはないはずです、それとも突然の招待にまだ怒っておられますかキリエルさん?」


 「キリエルか、そういえばそんな立派な名前だったな………別に怒ってはいない、というより驚きが怒りとかその他の感情を上回っている状況ですね。あと、その名前は慣れていないのでキリと呼んでもらえると助かります」


 陶器製の白テーブルには香ばしい焼き菓子と可愛らしいアプリコット柄のコーヒーカップが三人分置かれ、ここ夢見の塔の最上階エリアの主であるマリベルは小さな椅子にちょこんと腰かけている。

 一方で誘拐……もとい招かれた客人である黒髪少女キリは魔導書を膝の上で開けたまま戦闘態勢を崩さない。マリベルが守護者の一人であり、自分と同じハーフエルフであると明かしたことで幾分か警戒は緩んだようだが未だにピリピリとした雰囲気を纏っている。そっと、焼きたてクッキーに手を伸ばそうとしては引っ込めるを繰り返していることは残念ながらマリベルに気づかれて微笑まれた。

「どうぞ」と焼き菓子の乗った食器をキリの方に寄せながらマリベルは話を続ける。


 「警戒するのは当然でしょう、魔導書を開いたままで結構です。それでも不足だと感じるなら風魔法で私を拘束してもらっても、武器を隠し持っていないか確かめるために私の服を剥いでも構いません………ですから少しだけお話をしませんか?」


 「なにそれエロい……じゃなくって! そこまでしなくていいですっ、そこまで女の子にさせられませんから! 話をするんですよね、しましょう是非!!」


 真っ赤な顔で手をぱたぱたと振るキリ。キリの中身が男人格だと知らない者から見れば同性同士ですら肌を見ることを恥ずかしがる初心な少女に見えただろう。誠に残念ながら真実は違うのだが。


 そんなキリに対するマリベルの印象は、どこか不思議な女の子というものだった。というのはキリの行動の落差が激しいのが原因だ。今は隙だらけなキリだが、コネクトワープで転移してきた後に初めて声を掛けた時の対応は中々だった。即座に武器である魔導書を構えたかと思えば、エルフに備わる魔力感知能力でマリベルが只者ではないことを看破する。特にキリを安心させようとマリベルが放り出した杖から警戒して距離を取った判断は見事だった。一部の魔法使いは自身の杖に魔法術式を仕込んで奇襲に使うことを知っていたのか、本能的に感じ取ったのかはマリベルにはわからないが戦闘に対する才能は持ち合わせているようだった。とはいえ、今はクッキーをサクサクと頬張っている可愛らしい少女にしか見えない。

 一方でマリベルはそんなキリが食事を続けている間にどうやって自分を信用してもらえるかについて考えを纏めていた。さすがに言葉だけで味方だと信じてもらうのは難しいだろうなと思っていた時、不意にキリが視線を上げた。


 「このクッキー、焼きたて……ということは私が街に設置されたコネクトワープの魔法陣を踏むタイミングまで折り込み済みだったということ? なるほどあなたが予言者の街の守護者なのは本当のことのようですね、マリベル 」


 思っていたよりも話が早く進みそうかな、マリベルはそう思った。







『マリベル・ソプノ』

王都セレスニル出身で『聖なる呪術師』の通称を持つ蒼髪の心優しい少女。

神託都市アストロギアの守護者として30年前の魔物侵攻及び、その後の大陸戦争を戦い抜いた王国の切り札の1人である。冷遇されがちなハーフエルフであることと本人の性格から表舞台に姿を現すことは殆どないため素性が一般に知られていない。そもそも呪術が専門であり直接戦闘よりも遠距離からジワジワと敵を追い詰めるタイプなので姿を見せる必要もなかったりする。その代わりに敵はエンドレスな毒沼状態に陥り体力を無限に削られるため地獄を見る。

余談であるが、彼女以外の守護者は人格に何らかの欠陥を抱えており国王や議会によるコントロールが不可能である。そのため実質上、彼女が王国の最高戦力と考えられているため余程のことがない限りは神託都市から離れることが許されていない。マリベル本人はこのことを迷惑そうにしているらしい。


扱う属性は『光』と『闇』

クラスは『呪術師(カースメイカー)

趣味は『別世界の物品集め』

好物は『砂糖多めのコーヒー』

好きな花は『ジニア(別れた友を想う)』

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