レオンの決意と加速する誤解、そしてローブの秘密
中ボスは友人の父親でした、という感じのお話。
当主室、それはアンティーク感溢れた調度品が備え付けられたステキな執務室。
名のある画家に描かせた壁掛けの絵画を初めとして値の張る物ばかりが置かれている。
しかし当主の趣向が凝らされ、嫌みが感じられない優雅さを醸し出している。
成金風情ではない、本物の貴族に相応しい趣あふれる執務部屋だった。
そこで向き合っているのは一組の親子。
この家の当主である男性と、彼の一人息子であるレオンバルト。
「ボクを次期当主から外せないという父様の意向は理解できました。なら猶予をください、友人と共に世界を見て廻り見聞を広げたいんです。これはボクが次期当主に相応しい人物になるための修行の一環だとお考えください」
理路整然としたレオンの言葉に彼の父親は渋い顔をしている。
レオンの父親はブドウや茶葉を始めとする様々な農産物に恵まれた領地を持つ大貴族の現当主だ。
そんな彼は丁寧に整えられた顎髭をさすりながら厳しい視線をレオンへと向けた。
「ならぬ、お前はこの家の大切な跡継ぎなのだぞ。もはや頼りになるのはお前だけなのだ」
レオンが「うん、やっぱりね」と小さく呟いた。
父親がそういう答えを返してくるであろうことは想定済みだ。
父親が言葉を続ける。
「それというのも、本来の跡継ぎであるお前の姉が魔法都市の騎士団に所属したまま帰ってこないのだ。まったくあのバカ娘は一体何をしておるのやら」
「あ、ボクはちょくちょく連絡取ってますから安心してください。キリの修行方法について色々と助言してもらいました」
「……………え?」
一瞬の沈黙、現当主は唖然と口を半開きにしたまま固まった。
そして少し間をおいて、ゆっくりとレオンに問いかける。
「私はそんな連絡があったとは聴いていないぞ。この数年間、我が家とアヤツは音信不通だったはずだ」
「父上にはウザイから知らせないで、と言われていたので」
ガクンと、現当主は赤い絨毯の敷かれた床へと膝をついた。
娘にウザい呼ばわりされたのは父親としてショックが大きかったらしい。
そしてレオンもレオンで、言葉に一切の容赦がない。
「……ぉぉ、胸が痛い。少し泣いてもいいか?」
「ボクに許しを与えてからなら、お一人でいくらでもどうぞ。キリが待っているので早くしてください」
「ぐわぁぁぁぁあ!?」
レオン印の絶対零度の豪速球がハートに突き刺さる。
効果は抜群だ。
非情な口撃にレオン父は胸を押さえてよろめいたが、何とか耐え切った。
早くもすでに精神力は崖っぷちだ。
「お、お前を旅に出すのは駄目だ! そもそもハーフといえど、あの小娘が人間に心を開くはずがない。お前は都合よく利用されているだけだ、奴らは我々のことなど羽虫程度にしか見なしてはおらぬ! お前は世界を知らなさ過ぎるのだ!!」
今までのダメージもあり、八つ当たりも少量だけ込められた吐き捨てるような父親の言葉。
レオンはそれを聞いて、今まで顔に貼り付けていた温和な笑みを初めて崩した。
表情を無くしたレオンに湧き上がって来たもの、それは怒りだった。
「"ハーフ"というのが何の話かは分かりません。でも世界がどうであれ、ボクらの間だけでは違うと否定します。キリとボクは友人です、そしてボクはキリのことが好きだ! この思い(友情的な意味で)を邪魔するなら、ボクにも覚悟があります」
レオンは上着の内側に隠していた魔法杖を取り出した。
その鈍色の杖を向けるのは自分の父親だ。
レオンは内心で驚いていた、キリを悪く言われたことに自分がここまで強い怒りを覚えたことにだ。
これが"友達"になるということなんだね、とレオンは怒りの中に不思議な温かみを感じた。
「ぬう!? レオン、お前はそんなにもあの小娘のことを想って(恋愛的な意味で)いるのか!?」
「はい、当然です」
「報われぬ想いに捕らわれたか…若いな、我が息子よ。そして愚かしいにもほどがある」
「愚かかどうかは、これから世界中を巡りながら判断することにします」
歯車が微妙に噛み合っていないことに両者は気づかない。
しかしレオンにはもはや語ることはない。レオンには父親を納得させるだけの交渉材料がないのだ。
よって会話はここで終了する、勘違いが訂正される可能性もゼロだった。
そしてレオンは静かに決意した。
今は力ずくでこの場を乗り越える、そして魔法都市にいる姉に父の妨害をはねのけるための援助を要請するのだ。
レオンの姉ならば父親を(物理的に)沈黙させてくれるだろう。
友人と冒険の旅を繰り広げたいならば、それしかない。
ならば先手必勝、レオンが呪文を高らかに唱え上げる。
「父上、お覚悟を! 『地』と『地』の召還魔法、アイアンゴー……」
唱えたのは二色を使用する複合召喚魔法、自立型の使い魔を精製するレオンの得意魔法だ。
この使い魔で父の動きを封じ込め脱出、転移魔法陣でキリの村へ跳んだ後に追跡を封じるため魔法陣を解体する。
以上がレオンの計画だった。
一番の懸念は魔法陣の解体だった、父が追いかけてくるまでの時間との勝負だからだ。
しかしレオンには誤算があった。
それは他ならぬ今このとき、戦いにおいての父親との経験差だ。
「愚か者っ、『理』の単色魔法、スロウムーヴ!」
「しまった!?」
わずかな時間差で繰り出された父の魔法がレオンの動きを封じ込めた。
レオンの唱えようとした複合魔法は強力だが、単色魔法と比べて発動が遅い。
複合魔法で確実に決めようとしたのが裏目にでたのだ。
そしてレオンの最大の誤算は父の詠唱速度と対応力だった。
父にとっての地雷である姉をネタにして精神的ダメージを散々に加えた後だったというのに、対応スピードの低下は見られなかった。
レオンは、打たれ強い父親の精神力に感心した。
カチリと、レオンの動きが完全に止まる。魔法の発動も中断された。
父親は杖を持ってすらいなかった。それでこの効力を発揮するとは流石、あの姉の親なだけはあるな、とレオンはぼんやりと思い浮かべた。
動きを止められたレオン、そして悠々(ゆうゆう)と歩み寄った父親に杖を没収された。
嘆かわしいといった表情で父がレオンを見下ろしている。
「まさかお前がここまであの娘に骨抜きにされるとはな。仕方ない、お前を幽閉する。半年ばかり頭を冷やすがいい」
「…………っ!!」
半年の謹慎処分、当主に杖を向けたなら当然の罰だろう。レオンの身体は動かない。
レオンは思う。
きっとキリになら、レオンがいなくても素晴らしい仲間が集まるだろう。
可愛らしく魅力的な外見、慣習に捕らわれず自由で風のように清々しい気質、きっとそんなキリに惹かれて集まる人間は少なくない。
頼りになる仲間を得たキリにレオンは必要なくなるだろう。
「それは、嫌だな」
「む? 何か言ったか、レオン?」
あの女の子の隣にいるのは自分だ、ずっと一緒にいるのが叶わない夢だというのなら、せめて彼女の旅の始まりは自分が勤めたい。
なぜならーー。
「ボクはキリのことが好き、だからね」
「……あの小娘が私の領土から出て行くならば好都合。何度となく母国に引き取りを要請してもハーフを理由に断れて、対処に窮しておったからな。諦めよレオン、アヤツは共にいる者に災厄しか運んではこぬぞ」
「だったらボクが、キリと力を合わせてその災厄を打ち払ってやります。それだけの話です」
「っ! 何に対しても冷めた態度を崩さなかったお前が、そこまで……」
レオンの揺るがない決意に父が呻いた。
冷めた性格だと思っていた息子が初めて見せた反抗だったからだ。
父は言葉を失い再び沈黙する。
レオンは動かない身体を縛る魔法を何とかしようと考えを巡らせる。
状況は父の圧倒的優位で今一度の膠着を迎えたかに見えた。
ーーーーーーッ!!
そんな時、屋敷内部で雷撃音が響き渡った。
何事だ、とレオンと父が思った瞬間だった。
「『雷』の単色魔法、サンダーレイ! ついでだから五発くらい食らいなさい!」
「「「ギャアアアッ、痺れるうっ!?」」」
部屋の外、廊下から聴こえたのはこの館の警備兵が発した悲鳴だった。
バアンッ、ほぼ同時に勢いよくドアが開く。
転がり込むように入ってきたのは黒髪の少女。
「迎えに来ましたよ、レオン!」
「キリ!!」
それはレオンの友達の女の子、キリだった。
キリは肩で息をして大量の汗を掻いていた、随分疲弊しているように見える。
それは当然だろう、この館には数十人の警備兵がいた。方向音痴のキリは屋敷を散々さまよい、彼ら全員とエンカウントした挙げ句に全員を伸してここまで来たのだ。
傍迷惑な少女である。
「アナタがレオンを閉じ込めた悪徳オヤジですね、覚悟していただきます」
「何を言っているのだ、私がレオンを閉じ込めただと?」
「その通りです、レオンはこんなところでくすぶっているべきではないし私の大切な人です(友人的な意味で)。だから奪い返しに来ました」
「私からレオンを奪うか、いい度胸だ。ハーフとはいえ子供だと思い、今まで見逃して来たが、もはや我慢ならぬ。私が直々に追放してやろう」
レオンの父は複合魔法を使いこなす一流の魔法使いだ。
筋が良いとはいえ、見習い魔法使いのキリが勝てる相手ではない。
おまけにキリは消耗しているのだ。
「駄目だ、逃げてキリ!」
「お断りしますっ! 私が必ずここからレオンを連れ出しますから信じてください!」
ここから逃げろ、というレオンの言葉と判断は正しかった。
キリが魔導書のページを開き魔法を発動させるより早く、レオンの父が拘束用の魔法を完成させた。
「控えよ無礼者がっ、『風』の単色魔法、エアロバインド!」
「は、早い!?」
父から放たれた風属性の拘束魔法は、透明な蛇のようにキリの華奢な身体へと絡みついた。
深緑色のローブの上からキリの両手両足を絡め取り動きを封じ込めていく。
万事休す、レオンが思わず歯噛みをした。
「くっ、放せぇ! どうせなら私じゃなくてアイツを縛りなさい!」
身体を拘束する風にジタバタと抗いながら、キリが支離滅裂な言葉を放つ。
誰が見てもそれは敗者の戯れ言だったろう。
次の瞬間に起きた運命のイタズラがなければだ。
『あーあ、見てらんない。仕方ないから力を貸してやるわ、倍返しを覚悟しなさい。この天然フラグ娘』
「へ?」
どこからか聴こえた透き通るような声にキリが間抜けな反応を返した瞬間、キリの身体に纏わりついた風が向きを反転させた。
「な、何だとぉ!?」
拘束魔法がレオンの父に襲いかかった。魔法のコントロールが根こそぎ奪われたのだ。
風魔法は挙げ句に威力を増し、レオンの父を締め上げて拘束していく。
「ぐうぉぉおっ! 何故私の呪文が……バカなっ!? 」
突然の事態に驚いていたレオンの父は、キリに視線を向けてもう一度だけ驚愕の声を上げた。
彼の目に映ったのは、小さな姿。
その小さな姿の主が深緑色のローブを着た少女の肩に座り、王族のようにふんぞり返っていた。
それは半透明な羽の生えた小人だった。
そして、その姿は風魔法を扱う者なら見間違うはずもない。
『こっち見んな、顎髭貴族。吹き飛ばすわよ』
「し、風精霊だと? まさかそのローブは!」
「何だか知りませんが、チャンスですね。吹き飛びなさい! 『風』の単色魔法、エアブレイク!」
「ぶっ、ぐわあああ!?」
目を見開いたまま派手に空中を舞ったレオンの父親。
そんな彼は天井まで吹き飛ばされバウンドした後、頭から床に激突した。
「さあレオン、脱出しますよ」
父親が宙を舞ったあたりから呆然と突っ立っていたレオンはキリに手を引かれて我に返った。
「キリ、その」
「無駄話は後です、増援が来るかもしれませんから急いで脱出します」
「いや、多分もう一人もいないと思うよ?」
「油断は禁物です、貴族はどんな汚い手を使ってくるか分からない種族ですから」
「あ、うん。キリがどうしてボクのところに駆けつけたのか、何となくだけど分かったよ」
どうやら自分の友人はまた何らかの思い違いをしているらしい、とレオンは事情を大まかに理解した。
多分、貴族が関係する人攫い集団にレオンが誘拐されていたと思い込んでいるのだろう。
正直なところ、何をどう考えたらその結論を出せるのかと少しだけ友人の思考回路が心配になった。
とはいえ、その結果としてレオンは助かったわけなので苦言を呈するのは自重することにした。
そんなレオンの手を引きながらキリは廊下へ飛び出した。
キリが身に着けているのは、深い森を映し込んだかのような深緑色の上質な魔法使い用ローブ。
使用されているのはモンスターの素材ではなく、精霊の加護を与えられた魔法布。
高い魔法抵抗力を持ち、モノによっては精霊そのものが宿ることがある。
そしてその証拠として、キリの左肩には手のひらサイズの小人が座っていた。
「レオン、ここからどうやって逃げましょう?」
「あー、それじゃあボクの馬車を使おうか。念のために最低限の装備を積み込んでおいたからさ。ところでこの屋敷には"2人"で乗り込んで来たの?」
「いえ、私1人ですよ? 私、レオンの他に友達いませんし」
「うん、知ってた。ボクもキリだけが友達だよ」
レオンはやはり抜かりのない少年であった。
それとなく確認したのだ、キリが精霊を"視認"できているのかを。
レオンの読みは正しく、やはりレベルの低いキリには精霊は見えていないようだ。
レオンはキリに手を引かれて廊下を走りながら、こっそりとキリの肩に座っている精霊に話しかける。
「キミって風精霊なのかな…?」
『私が見えるのね小獅子? 今は機嫌が悪いんだけど、仕方ないから教えてあげる。如何にも私は風精霊よ』
羽の生えた小人は不機嫌そうにそう答えた。
その姿は魔導書に描かれていた通りだった。
若草色の長髪を風になびかせ、白いワンピースのような衣を身に付けた少女の姿をした精霊。
その名は『風』を司る精霊シルフ。
可憐な外見とは裏腹に、精霊中最も気まぐれで扱いにくく、時にはそよ風、時には暴風を引き起こし契約者を翻弄する暴れ馬。
そんなシルフは『自由』を体現する精霊でもある。
「精霊が宿った魔法使い用のローブをどうしてキリが装備しているかは分からないけど……まあ、自由な風の象徴はキリにぴったりかもね」
『冗談じゃないわ、精霊の姿も視認できないへっぽこが新しい契約者なんて悪夢よ。しかもハーフとか最悪、目も当てられないわ』
「ウチの兵士たちと戦ったのに、キリが無傷なのはキミのおかげだね?」
『…何のことかしら、確かに魔力をこの小娘から少し拝借したけどね』
どうやらキリとは違って素直ではない性格らしい。
おそらくは、この精霊が兵士の物理攻撃を風の障壁で防いでいたのだ。
おかげでキリは無傷だったが、いつもより大量の魔力を消費してしまい疲弊状態でレオンの元にたどり着いたのだろう。
「何をぶつぶつ言っているんですか? もう出口ですよ、レオン」
そうこうしている間に一階にたどり着いた。
そのまま館に停めていた馬車に乗り込んだ2人と一羽(?)。
馬を操る乗車台に乗り込んだレオンはキリにある頼みをすることを思いついた。
「うん、ちょうどいいや。あの門をキリの魔法で吹き飛ばして」
「……え゛?」
レオンの提案にキリがうめき声を上げる。
あの門とは、この敷地と外を隔てる鋼鉄の門。
大貴族の屋敷を守り通すために極めて重厚に作られており、並みの魔法ではビクともしないだろう、つまりレオンが言いたいことは。
『小獅子アンタ、いい性格してるわね』
「さあっ、行くよ!」
風精霊の非難の眼差しをスルーしてレオンは二頭の馬にムチ打ち、馬車を走らせ始める。
「「ブフォォォオ!!」」
たくましい雄叫びを上げながら加速する馬二頭
風切る速さで進む馬車に恐ろしい体感速度で迫ってくる巨大な鉄門。
「あわわわっ」
キリは真っ青な顔で初めて見るくらい混乱している。
あの門がキリ手持ちの単色魔法では壊せないことは明らかだからだ。
「キリ! 属性変換は『火』を中心で構わない、あとは"任せて"あげればいいよ!」
「ていうか、馬車を止めてくださいよっ。だけどレオンが言うなら信じます、やってやります!」
キリは残る魔力の大部分を解放した。荒れ狂う2つの魔力属性が互いに反発して魔法発動を妨害する。
目前まで迫った鉄門に、やっぱり駄目かもとキリが諦めかけた瞬間、風精霊が不機嫌そうに溜め息をついた。
『はぁー、補助はしてあげるからしっかりやりなさい。私の声はアンタには聴こえないけどね、ハーフ娘』
「………あれ?」
カチリと、時計の針が合ったように、天秤が水平を取り戻したようにキリの魔力が安定した。
風精霊の補助は絶大だった、指を少し振っただけで風の魔力を統率し発動条件を整えた。
何も知らないキリは、それでもタイミングを逃さずに「今だ」とばかりに"複合魔法"を発動させた。
「ーーっ! 発動しなさいっ、『風』と『火』の複合魔法、エアロフレイム!!」
吹き抜ける風に乗る紅色の炎、宙を駆ける炎を風の力が目標に導きつつ威力を何倍にも増幅する。
限界まで高まった炎が鋼鉄の門に着弾した瞬間、限界にまで高まった炎と風の魔力が破裂した。
立ち上がる爆炎、重厚な鉄門はまるで紙切れのごとく宙を舞った。
『複合魔法』、2つ以上の属性を合わせて発動させる中級〜上級魔法。
その威力は属性同士の単純な足し算ではなく、属性同士の特性を爆発的に高める掛け算だ。
故に絶大な威力を誇る。
「ーーどうですレオン。私はやるときはやるおと、女ですよ」
「ご苦労様、キリ」
そしてレオンが「キミもね、精霊さん」と小さく呟いた。
『小獅子、アンタ純粋そうな見た目に反して腹黒いわね。まあいいわ、私はしばらく眠るから。その娘がレベル20くらいになったら声ぐらいはちゃんと聴こえるようになるだろうから、そしたら起きることにするわ』
シルフはそう言い残し、キリのローブに溶け込むように消え去った。
レオンはそんな精霊を見送った後、未だに興奮冷め止まぬ様子のキリに話しかけた。
「お疲れ様、キリ。本当にキミと一緒にいると退屈しないよ。だからボクはキリのことが好きなんだ」
「?」
レオンの言葉にキリは不思議そうな顔をした。
◇
門を突破した馬車が走り抜けていく。
レオンたちが去った執務室ではキリから与えられた魔法ダメージから回復した兵士たちが当主、レオンの父親を助け起こしていた。
「大丈夫ですか当主様! くそっ、あの小娘! こっちが甘くみてやれば調子に乗りやがって……すぐに追っ手を手配いたします、日の沈む前に必ずや捕らえ…」
「よい、行かせてやれ」
怒りに震える兵士をレオンの父は静かに制した。
そして言った、追っ手は必要ないと。
「な、何を仰います! 御身の跡継ぎが連れ去らたのですよ!?」
顔を真っ赤にして抗議する兵士に対して、レオンの父は穏やかな微笑を浮かべていた。
「違うな、息子は世界を見に行ったのだ。次期当主に相応しき男になるためにな。そうそう、大切な人と一緒に旅をするとも言っていた……分かるな、そういうことなのだ」
穏やかな口調の後に続いた針刺すような鋭い言葉。
その迫力に青ざめた兵士は理解した、当主は先ほどの騒動をなかったことにするつもりだと。
「何を突っ立っている、早く屋敷の修繕に取りかかれ。理由は不明だが、数々の物品が壊れてしまっているからな」
「は、はいっ!」
蛇に睨まれたカエルのように走り去っていく兵士を横目に、レオンの父は息子が旅立った外の世界に思いを馳せる。
レオンは猶予が欲しいといっていた、いずれはここに帰ってくるつもりなのだろう。
あの息子は家のことを蔑ろにしているわけではない。
ならば咎める必要はない、資金援助くらいはしてやろう。
そしてキリというハーフエルフの少女、まさかエルフが人間に心を開くとは小さな奇跡だ。
エルフたちは人間を下等種として見下しているのだ、ハーフエルフであってもそれは変わらない。
いや、むしろ更に酷い。純血のエルフ達から見下されたハーフエルフ達はその鬱憤を自分たちより更に魔力・寿命で劣る種族である人間達にぶつけてしまうからだ。
人間の血を引くが故にエルフ達からは拒絶され、エルフの血を引くが故に人間達とは相容れない、そんな悲しい宿命をハーフエルフは背負っている。
だが、あの黒髪の少女は違った。
自分に対する敵意とレオンへの想いが宿った瞳、人間を想うハーフエルフもいるのだと初めて知った。
そんな女の子を見つけ出した息子の目は確かだったようだ。
「はははっ、人生の青春を謳歌してくるがいい、愛する息子よ! そして息子を頼んだぞ、息子が愛する少女よ!」
王国屈指の大貴族の現当主は微笑んだ。
近頃味わったことのない、とても清々しい気分が胸の内から溢れてくる。
どこか冷めた少年だったレオンが初めて見せた譲れない想い、それが何よりも嬉しい。
「さて、レオンの見合い話を断っておかねばならんな。うむ、周辺の貴族にも働きかけておくとしよう」
そして誠に残念ながら、ここからレオンとキリがばらまいた相互不理解という地雷が爆発する。
「ハーフエルフと人間が結ばれるには困難が伴うであろうからな。しかし、レオンとその未来の花嫁よ、お(義)父さんに任せておくがよい! 2人の障害は私が一つ残らず粉砕してみせよう!!」
レオン父(48)は間違った方向へと渾身の力で踏み出した。
ひょっとしたら頭を打ったのかもしれない。
この様子だとキリとレオンが帰って来る頃には外堀という外堀は埋め尽くされていることだろう。
そんなことは露知らず、2人の冒険は始まった。
レベル差をひっくり返す勝利は大好きです。
シルフはキリがローブを受け取った時からいましたが、キリ視点には姿を見ることができません。
全てはレベル3なのが悪いわけです。
たまに声が聴こえても空耳だと思うのが、アホの子キリのスタイル。
いよいよ冒険の旅が始まりました、何故か馬車です。




